クランベリープリンセス
著者:創作集団NoNames



 第五章  駒と役者

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 森、光をわずかに木の幹に与えるほど葉は深く厚く生い茂っていた。そして、その茂る木々の中、切り倒されたばかりの木の幹に腰掛けている人影が二つある。
「…イルティンドルツ、具合はどうだ?」
 はじめに喋ったのは小柄な方、そして中性的な声は隣の切り株に座り込んでいる大柄な男に向けられた。
「………」
 大柄な男は首の骨をコキコキ鳴らしながら、ただうなずいた。
「そうか、では客人がやっと来たようだ。出迎えないと」
 小柄な方は軽やかに立ち上がった、その瞬間。少し離れたところで木々がざわめきを立てるのが聞こえてきた。
「おやおや、なかなかマナー知らずの客人だ」
 クスクスと笑い、言葉とは裏腹にどこか楽しそうな顔をしているのが大柄な男には察することができた。
 大柄な男は思う。自分は魔女の血統を引き継ぐことはなかった。この世界では異端の存在だった。蔑まれながら生きてきた。そんな中彼女だけは違って自分に優しく接し、共に歩んできた。男は誓った。一生付いていこうと――
 男は何も言わずに女の後ろからゆっくりとついて行った。


風が冷たく感じられる。まだ春を迎えるには早いようだ。ジンは顔面に凍てつく風を正面から受けている。それはピュアレアも一緒だった。
「ジンさ〜ん、寒いね〜オープンにしたのは失敗みたいだ〜ね」
 ピュアレアは乗り物のハンドルを握りながら隣に座っているジンに話しかける。
「…そうだな、これでは目的地にどんなに早く着いてもこれじゃあ辛すぎるな」
 ジンは軽く身震いをしながら返した。
 二人は現在箱根の森林地帯を目指してホバークラフトのような乗り物『空中移動機エメラダ』で滑るように建物や木々の上を移動していた。ちなみに『エメラダ』はピュアレアの昔振られた彼女の名前である。
「それで病院までは問題なく着けるけど、その後はどうするんだい?まさか死者の埋葬をしに行くわけでもないでしょう?」
「あまり横向いて喋らないほうがいいんじゃないか?事故って俺らが土の中には入りたくはなかろう」
 ジンは正面を見ながら軽く前を指刺した。ピュアレアがそれに反応して正面を見てみると建物の上を移動していたが、その建物郡の中では明らかに高いビルが立ちはだかっていた。
「ひゃぁ!ほ〜っと…ふぃ〜」
 間一髪でピュアレアはエメラダを垂直に立ちあげ見事にかわすことに成功した。
「十点十点……十点、合計百点でーす。おめでとう」
 ジンは感情無く褒め称える。
「ははは、ごめんごめん。そら、もうすぐ着くよー」
 その気の無い謝罪をしながら再び余所見をしながらしゃべり始めた。
 辺りは建物が少なくなり木々が多くたち込めてきた。遠目には海が見える。
「着いたか…あいつら無事なんだろうな。ミル…」
「またロリッけ出しちゃってあっぶないな〜」
 ピュアレアはジンの独り言を聞いて思わず口をついてしまった。次の瞬間には後頭部に激しい痛みを感じるはめになった。


「全く、穏やかではないのう」
 深緑のローブを羽織った男性。その顔には年季を刻むように幾数ものシワが見られた。老人の名前はラウゼン・ドルトリート、ミルの師にして「森の伝承者」「樹界の王」様々な異名を持つ偉大な『魔女』の血統者。
「多少のことは仕方あるまい。それよりもさっきの返事をまだ聞いていないのですが」
 ラウゼンと相対するように黒い、銀と赤の刺繍入りのローブを羽織った隻眼の女性。口調からはラウゼンと年は大差がなさそうだが、その姿は若く艶めかしく長くまっすぐな銀色の髪をなびかせながら語る。
「もはや戦力の差は歴然だろう。素直に我らの傘下に入ればお互いにいたい思いはしないですむぞ…」
 銀色の髪の魔女シルバリシア。彼女は悠然とそのまま口を閉ざし返答を待った。
「儂は言ったはずだ。この世界を我々の手で作り変えることは神への冒涜だと、そんな世界は決して続きはしないと」
 ラウゼンは険しい面持ちで応える。
「それはどうかな?なぜ私たちがあの石に執着するのかを考えれば少しは察しが出来るだろう――」
 シルバはラウゼンを嘲笑うように切り返す。
「この独裁者め!」
 声を荒立たせて返す姿には深い憤りを感じさせる。
「なんと言ってくれても構わんが…交渉決裂というわけでよろしいのかしら?」
「最初からお前たちの条件を呑むつもりなど一切無いわ!」
 ラウゼンの口調は次第に荒々しくなる。今にも臨戦態勢に入りそうだ。
「まぁ、そんなにお怒りにならないで、老体に毒ですよ」
 シルバはラウゼンの姿を見て言わずにはいられなかった。
「敵に心配される覚えはない!儂は戻る」
「それはそれは失礼致しました……道中お気をつけて」
 ラウゼンがスタスタとその場を去る姿を見てシルバは薄気味悪く笑った。




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