「菜の花畑に」
著者:創作集団NoNames



第四章 探していたモノ

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 どこからともなく、セミの鳴き声が聞こえていた。夏の日差しは加減を忘れたかのように降り注いでくる。
 自然が多い、というよりはほとんど手つかず山の川べりには今、二人の人間がいた。
 先日の大雨で水かさを増している川には、濁った水が勢いよく流れている。
「今日はそろそろ帰らないか?」
 川のそばに立つ少女の背中に向けて、少し離れたところにいる少年が声を掛けた。
「平気だってば、まだ大丈夫」
 少女は振り向きもせずに答えた。
「向こうも探してみようよ、啓」
 そう言って少女は小さな林のあるほうへと走り出した。
「おい睦葉、ちょっと待てよ」
 啓と呼ばれた少年は、自分が睦葉と呼んだ少女の後を慌てて追いかけた。
 その小さな林の中は、太陽の光もあまり届かず薄暗くなっていた。
(ここは…違うな、これじゃ暗すぎる)
 睦葉を追いかけながら、啓はそんな事を考えていた。
「啓、遅いよ。早く〜」
 大きな木の根元に座っていた睦葉からそんな声がかかる。
 啓がその木にたどり着くと、睦葉が軽く睨みながら言った。
「せっかく私が手伝ってあげてるんだから、あんまり待たせないでよね」
 不機嫌そうな口調だが、口元には薄く笑みが浮かんでいる。
「悪いな」
(そっちが勝手に行ったくせになぁ。それに手伝ってくれって頼んだ覚えもないし)
 苦笑しながら啓は心の中で呟いた。
 確かに啓は睦葉に手伝いを頼んではいない。しかし、この少女が勝手について来るであろうことは予想していたし、それを自分が止めなかった事も事実ではあるが。
「さ〜てと。それじゃあどんどん行きますか」
 勢いよく立ち上がった睦葉は、先程と同じように一人で歩き出した。
「だから待てってば、一人で行くな」
 待てと言われて待つような相手ではない。しかたなく啓も勝手に進む睦葉についていった。
 足元がぬかるんで苦戦している啓を尻目に、睦葉はどんどん先へ進んでいく。
「あっ!」
 啓が4度目に足を滑らせていた時、前方の睦葉が何かに気づいた。
「啓〜。見て見て、早く!」
 やっとの思いでその場所まで着てみると、啓もせかされた事に納得した。
「うわ、これは…」
 まるで木々がそこだけ空を覆うのを避けているように、光がさしていた。
 そして啓が驚いた理由、それは花だった。急な下り坂になっているその場所に、まるで絨毯のようにたくさんの花が咲いていたのだ。
「きれい…」
 誘われるかのように、ゆっくりと睦葉が近づいていく。
 その時、いきなりの突風が睦葉を襲った。
「え?きゃあ!」
「睦葉!」
 突然の事でバランスを崩し、睦葉がよろけた。
 とっさに啓が睦葉の腕をつかみ、何とか支えようとするが踏ん張りが利かず、二人そろって坂を転げ落ちた。
(やばい、この下は)
 啓の予想どおり、坂の下にそれはあった。水位を増し、激しく流れる川が…




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