「利用した者、させた者」
著者:創作集団NoNames



 第四章 ヒカリとカゲ

   −1−

 剣のような鋭い光。
 漆黒の空に、まぶしいほど異様に輝く三日月の夜だった。
 今では残骸となった大きな部屋の中には、自分を育ててくれた人が最後に身に付けていた洋服の切れ端だけが風雨に曝されてボロボロになった椅子の背もたれに残されているだけで、後は、閑散としていた。
「………………」
 彼が死んだのは、本当に突然のことだった。
 置いていかれた自分や、似たような境遇の子を孫のように可愛がってくれた。
 血の繋がりなど、もはや少年は信じていない。あの人からは、あるのはぬくもりだけだと教わった。
 自分をこの世界へ落とした奴らのことなど知ろうともしなかったし、その残骸すら見つける手立てが少年にはなかった。
 …………この施設の人間が、地下の爆発で亡くなるまでは。
 この施設が建つ前の戦時、この一帯には爆弾製造の基地があったらしく、その不発弾が突如爆発し、頭上にあったこの孤児院を破壊した。
 表向きはそうなっているらしいが、デマもいろいろ流れていて今となっては何が真実なのかは分からない。少年はこの施設が無くなる既に三年も前に卒業していたから、直接的な影響はなかった。
 ただ、あの人と、同じときを過ごした自分よりも年下の子供たちが跡形もなく姿を消した事実だけが、どうしても彼の頭を重たくさせた。
 食堂になっていた大テーブルは半壊しており、最後には十個あったと思われる椅子も二つしかない。落書きや傷の増えた白い壁も、もはやほとんどが崩れ落ちて砂礫となっていた。
 少年は残ったもう一つの椅子の背もたれに触れた。
 同じ年だったの少年の物だった。無愛想だったが、感情を押し殺しているように見えて、なんだか可哀想な奴だったのを覚えている。
「……………」
 ポケットの中から、昨日届いた封書を取り出した。
 爆発で死ぬ前に、亡くなった少年の一人が投函したものと思われる封書。ただ、宛先が間違えており、事件後もずっと郵便局でホコリをかぶっていた未発送のものだった。気のいい郵便局員が孤児院の名簿を手に入れてその宛先をたどってくれなければ、焼却されていたはずだった。
 …………運命とは、皮肉だ。
 中身には、孤児院の院長が長い間封じていた、自分の本当の家族に関する記述があった。
紛れもない正式な書類を添えられては、少年は逃げ場がなかった。
 幼い頃に刻みつけられた深い傷を、もう一度えぐられるような感覚だった。
「……………」
 壁の向こう側には、丘陵になっている海を臨む町の明かりが見える。
 静かに、木々が風に揺れる音がする。

 いまさら、どうでもいいなどとは不思議なことに思わなかった。
 むしろ、初めて怒りの矛先を教えられたような感じだった。

 少年が心のうちに「復讐」の名を刻みつけたのは、この時が初めてだったのかもしれない。




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