「明日の見えぬ僕たち」
著者:創作集団NoNames



−6−

 ピピピッ、ピピピッ…。
 時計のアラーム音が部屋中に響いていた。
 一撃のもとに時計を黙らせ、布団から起き上がる。
「眠い……」
 なにか変な夢を見ていたような気がするが、どうにも思い出せなかった。
 まだ頭は覚醒しきっていないが、体はいつもの作業を着実にこなしていく。
 焼きたてのトーストをあっという間に平らげ、身なりを整えて家を出た。
 ――――何か、忘れている。
 サラリーマンたちが一杯につまった電車に乗り、目的地に到着するのをじっと待つ。
 駅に着くと出入り口付近の人たちを押し分け、ホームへと降り立った。
 強い日差しの中、黙々と大学へ向けて足を進める。誠一の周りにいる人たちも、同じ場所を目指しているのだろう。
 大学に着いた誠一はそのまま研究室に直行した。
 中に入ろうとドアノブを回すが、ガチャガチャと音を立てるだけで開く気配は一向にない。
「あれ?教授はまだ来てないのか?」
 ……普段は誰よりも早く来ている教授が、まだ来ていないなんて珍し…………。
 意識が完全に覚醒した。
 そして思い出す。自分の身に起こっていた異常な出来事。
 誠一は全速力で図書館へ走り出した。

「…………」
 誠一は目の前に広げた新聞を睨みつけたまま、黙り込んでいた。
 何度見てもその文字は変わることなく、主張を続けている。
「七月………二十二日」
 不意にいらだちが沸いてくる。何かに向けてではなく、ただ怒りが存在する。
 ……クソッ!
 新聞を元の位置に戻し、誠一は図書館を後にした。
 意識していたわけではないのに、気が付けば食堂にたどり着いていた。
 とりあえず何か飲もうと財布を取り出そうとしたとき、背中に何かがぶつかった。
「誠一!」
 ぶつかってきたものは誠一の名を呼んだ。
 振り向くとそこにいたのは澪だった。ただ、顔は青白くなっており、唇はかすかに震えている。
「今日は二十三日だよね!?」
 肯定以外は許さないといった勢いで、誠一に問いかける。
「昨日は二十二日だった。だから今日は試験があるはずなんだ。そうだよね?」
 澪は完全に取り乱しており、手のつけようがない。
 誠一がどうしようかと悩んでいると、澪は突然抱きついてきた。
 ……震えてる?
 いつも気丈に振舞っている彼女が、今はとても小さく儚げに見えた。
 事情なんて聞かなくても分かる。澪も自分と同じ状況になったのだ。
 とりあえずここでは人の目が気になるので、誠一は澪を連れて食堂を出ることにした。
 着いたのはそれなりの広さのある中庭。ここなら校舎から見られたとしても、それが誰なのかまではわからないだろう。
 さすがに澪の姿は人目を引きすぎる。彼女が落ち着くまではしばらくここにいたほうがいいだろう。
 ベンチに二人並んで座り、言葉を交わすこともなくただ時間が過ぎた。
「……ごめんね」
 誠一が眠気に襲われ始めたころ、澪がボソリと呟いた。
「別に気にするな」
 もしあそこまで取り乱した澪の姿を見なかったら、同じようになっていたのは誠一のほうだっただろう。そういう意味では、誠一も澪に助けられたのだ。
 だからといって、この状況が好転するわけではないのだが。
「どうして、こんなことに?」
 今までに聞いたことがないような、澪の気弱な声。
 その質問に答えるすべを持たない誠一は、ただ黙るしかなかった。
 ……一体どうしろってんだ。
 途方にくれかけたその時、校舎から誠一たちにほうへと誰かが走ってくるのが見えた。
 中ほどまで近づいたところで、それが誰なのか判別が出来た。
「吉田さん?」
 走っているのは吉田だった。暑い日差しを気にも留めず、まっすぐに誠一に向かって走ってくる。
 誠一の元にたどり着くころには、汗をびっしょりとかいて息も切れ切れになっていた。
 ゆっくりと息を整えて、誠一に向き合う。
「鳳、くん……」
 よく見ると吉田の目が潤んでいた。
 誠一の背中に、再び氷の針が刺さる感触が走る。
 ……まさか。
 吉田が、口を開く。

「今日は、二十三日ですよね?」


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