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ピピピッ、ピピピッ…。
時計のアラーム音が部屋中に響いていた。
一撃のもとに時計を黙らせ、布団から起き上がる。
「眠い……」
なにか変な夢を見ていたような気がするが、どうにも思い出せなかった。
まだ頭は覚醒しきっていないが、体はいつもの作業を着実にこなしていく。
焼きたてのトーストをあっという間に平らげ、身なりを整えて家を出た。
――――何か、忘れている。
サラリーマンたちが一杯につまった電車に乗り、目的地に到着するのをじっと待つ。
駅に着くと出入り口付近の人たちを押し分け、ホームへと降り立った。
強い日差しの中、黙々と大学へ向けて足を進める。誠一の周りにいる人たちも、同じ場所を目指しているのだろう。
大学に着いた誠一はそのまま研究室に直行した。
中に入ろうとドアノブを回すが、ガチャガチャと音を立てるだけで開く気配は一向にない。
「あれ?教授はまだ来てないのか?」
……普段は誰よりも早く来ている教授が、まだ来ていないなんて珍し…………。
意識が完全に覚醒した。
そして思い出す。自分の身に起こっていた異常な出来事。
誠一は全速力で図書館へ走り出した。
「…………」
誠一は目の前に広げた新聞を睨みつけたまま、黙り込んでいた。
何度見てもその文字は変わることなく、主張を続けている。
「七月………二十二日」
不意にいらだちが沸いてくる。何かに向けてではなく、ただ怒りが存在する。
……クソッ!
新聞を元の位置に戻し、誠一は図書館を後にした。
意識していたわけではないのに、気が付けば食堂にたどり着いていた。
とりあえず何か飲もうと財布を取り出そうとしたとき、背中に何かがぶつかった。
「誠一!」
ぶつかってきたものは誠一の名を呼んだ。
振り向くとそこにいたのは澪だった。ただ、顔は青白くなっており、唇はかすかに震えている。
「今日は二十三日だよね!?」
肯定以外は許さないといった勢いで、誠一に問いかける。
「昨日は二十二日だった。だから今日は試験があるはずなんだ。そうだよね?」
澪は完全に取り乱しており、手のつけようがない。
誠一がどうしようかと悩んでいると、澪は突然抱きついてきた。
……震えてる?
いつも気丈に振舞っている彼女が、今はとても小さく儚げに見えた。
事情なんて聞かなくても分かる。澪も自分と同じ状況になったのだ。
とりあえずここでは人の目が気になるので、誠一は澪を連れて食堂を出ることにした。
着いたのはそれなりの広さのある中庭。ここなら校舎から見られたとしても、それが誰なのかまではわからないだろう。
さすがに澪の姿は人目を引きすぎる。彼女が落ち着くまではしばらくここにいたほうがいいだろう。
ベンチに二人並んで座り、言葉を交わすこともなくただ時間が過ぎた。
「……ごめんね」
誠一が眠気に襲われ始めたころ、澪がボソリと呟いた。
「別に気にするな」
もしあそこまで取り乱した澪の姿を見なかったら、同じようになっていたのは誠一のほうだっただろう。そういう意味では、誠一も澪に助けられたのだ。
だからといって、この状況が好転するわけではないのだが。
「どうして、こんなことに?」
今までに聞いたことがないような、澪の気弱な声。
その質問に答えるすべを持たない誠一は、ただ黙るしかなかった。
……一体どうしろってんだ。
途方にくれかけたその時、校舎から誠一たちにほうへと誰かが走ってくるのが見えた。
中ほどまで近づいたところで、それが誰なのか判別が出来た。
「吉田さん?」
走っているのは吉田だった。暑い日差しを気にも留めず、まっすぐに誠一に向かって走ってくる。
誠一の元にたどり着くころには、汗をびっしょりとかいて息も切れ切れになっていた。
ゆっくりと息を整えて、誠一に向き合う。
「鳳、くん……」
よく見ると吉田の目が潤んでいた。
誠一の背中に、再び氷の針が刺さる感触が走る。
……まさか。
吉田が、口を開く。
「今日は、二十三日ですよね?」
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