「Wacky Pirates!!」
著者:創作集団NoNames



 第一章

   −1−

 ゴゴーゥゥゥゥン………。
 巨大なエンジン音が、徐々にその音を増して行き、ゆっくりとその巨大な鉄の塊が滑走路を動き出す。
 次第に加速を増したその不恰好な形の貨物機は宙を離れ、少年の視界の中央でついに夏の遙か大空へとふわりと浮き上がった。そのバックには、誰もが暑さを逃れるように事務所の建物の方へ引き上げて行くのが見える。
「…………」
 その機影が少々薄目にかかった雲に消えて行くのを見終えて、午後便に乗るはずのコンテナの上へ座っていた小柄な少年は、滑走路へ飛び降りた。ボロボロになった作業着がめくれあがって、汗をかいた腹が風を受ける。
「よっ」
 軽快な小猫を思わせる動作ですたりと着地すると、真夏の炎天下を十分に実感させる汗が地面に飛び散った。
「ふぅ」
 実際、コンテナがためこんだ熱だけでもかなりのものだったから、今まで座り込んでいた尻が逆に涼しいくらいだった。
「おーい、ヘクトー!メシだぞー!」
 遠くから、同じ灰色の作業着の男が手を振りながら少年を呼んでいた。ただ彼の場合は薄汚れたランニングシャツすら既にその用をなしておらず、午後は仕事で鍛え上げられた上半身が裸体で働いていそうだった。
「んなこと、言われなくても分かってるよ!」
 その場から、ヘクトと呼ばれた少年が同じように大声で返した。一瞬酸欠で頭がくらくらしたが、もろともせずに彼のほうへ歩き出す。
「やっと午前が終わったな」
「やってらんないよ、朝からこんな感じだもんな」
 額を滝のように流れ落ちる汗を拭いながら、ヘクトが言った。
「風もねえし」
「そうそう」
 ようやく影のある場所までたどり着いた二人は事務所の側にある水道で顔と頭を濡らしてから、事務所内に入った。
「うお……」
 むわっと室内を淀む空気に男の方がうめき声を漏らした。
 クーラーなど、現場にありはしない。
 この中で昼を食べるのは、ガマン大会参加程度に等しいと思われた。
「どうするの?………ジュールは」
 入り口の所で突っ立ったまま、被った水がもう汗に変わり始めたヘクトは隣の男に訊いた。
「俺は、外で食うことにするよ。お前はどうするんだ?」
 言ってしまってから、ヘクトが言葉を繋げる前にジュールが続けた。
「って、言うだけ無駄だったか」
「そういうこと。こりゃ、自殺行為だな」
 きっぱりと言って、ガマン大会へ参加意欲を見せたヘクトはいたづらっぽく眉を軽く上げた。
「ここの激ヤバメニューか」
 食堂がこの中にあることはあるのだが、そのバカみたいな安さの裏側にはきっと何かあるに違いないと社内ではもっぱらの噂だ。味もまあまあで、苦情も誉めもないのが食堂を切り盛りする「おばあ」への唯一の礼儀だ。
「それじゃ、どうぞごゆっくり」
「してたら午後はジュール一人だよ」
 軽く冗談を交わしあって、ヘクトはジュールと別れて食堂へ向かった。


 二十四世紀も末になって、光通信がもはや前時代の代物に置き換わろうとしている今、輸送機で物質を輸送する航空輸送会社は珍しいと言ってもいい。
 航空運輸会社「カプトース」も、その一つだ。
 本社のロンドンを始めとして、日本では名古屋支部を拠点に六つの支部を持つ航空輸送会社では一級の大手である。
 物質の転送技術が可能になったため一時は日本支部も壊滅寸前に追い込まれたが、十年ほど前に終結した戦争の後釜景気のおかげで、技術云々よりも物質第一の世界が復興し、格安のコストパフォーマンスを展開した業界は今の所盛り返している。
 特にここ、横浜支部は日本では名古屋と肩を並べる大所帯だ。
 元々一五〇年ほど前の首都機能分割政策で《七都市》の一つの名の元、商業都市として完全な改革を遂げたので、それも伴っているのかも知れない。

「さて、と」
 階段を登り、二階にたどり着くと、いつものように入り口のボロい食券自販機に小銭を入れ、まよわず一つだけランプの点灯したボタンを叩いた。
 錆びかかったようなやかましい音がして、食券が一枚取出口に滑り込む。
 それを取ると、彼はカウンターへ向かっていつもの一言を吐いた。
「おばぁー!いつものーッ!」
「あいよーっ!」
 いつもの食堂の「おばあ」のダミ声が返ってくる。
 辺りを見回すと、やはりこの夏一番の暑さからだろうかいつもに増して人影はまばらだった。全ての窓は開け放たれていたが、吹いてくるのは熱風なので、さしたる効果はない。
「………それにしても」
「あちぃねえ」
 涼しい声がどこからか返ってきた。
 振り向きざま、頬に何かが突き刺さった。
「…………」
「………」
「芸が古い」
「ひっかかるお前もな」
 そう言って、人差指をヘクトの頬に突きつけたままの男は涼しい顔をして言った。
 指を払いのけてむっとした顔のまま、ヘクトは言い返す。
「で、なんの用だよ?キリバール」
「おばぁー!いつものーッ!」
「あいよーっ!」
 どこかで聞いたやりとりだった。
「社員が食堂を利用するのになにか不都合がおありかな?ヘクト君」
「…………」
 場所が場所であるだけに、深く突っ込めないヘクトだった。
 このキリバールと言う男はヘクトよりも2、3歳しか年齢が違わない癖に、やたらとヘクトよりも大人っぽく、よくバカにされる。ジュールは単にヘクトが年にしては子供っぽいだけだと言っていたが、あながちそれも反論できなかった。
 生まれつき緑色に『変色させられた』といわれている髪をかきあげて、キリバールはこの場には不適な笑みを浮かべてヘクトを見た。
「………なんだよ」
「いや。どうせここであったのもなんだし、お昼でも一緒にどうかな、と思って」
「あいよーっ!かけそばいっちょーっ!」
 汁が飛び散らせながら、かけそばがカウンターに飛んできた。
 これもいつものことなので、ヘクトは特になんにも言わずにそれをその辺に積んであったトレーに載せた。
 目の前の男が、答えを待っていた。
「別にいいけど」
 その瞬間、キリバールの目が意地悪く光った。
 何か企んでいるのは明白だった。
「………なにを企んでるんだ?」
「なにが?」
「暑いんだから、妙なことされたら手加減できないぞ」
「いやぁ、別に。大したことじゃないよ」
 そういって笑うキリバールだったが、裏を取れば「何かする」ということになる。
「ったく」
 小さく舌打ちをしている間に、彼の分の冷やし中華が届いた。
「それじゃ、行きましょうか、ヘクト君」
「………なんで冷たい方が高いんだよ」
 うだるような暑さにヘクトは吐き捨てた。
「こっちのほうが具が多いからだよ」
 涼しげな声でキリバール。
「具なくていいから、安くならないかな」
「………」
 キリバールがありあり見えるため息を吐いた。
「相変わらずそっちも貧乏暮らしだね」
 適当に窓際の席に座りながら、キリバールが言った。
「にしては、なんでお前は冷やし中華なんだ」
 ちなみに掛け蕎麦と冷やし中華は値段に約二倍程度の差がある。
「これからちょっとした収入があるからだよ」
「別のバイトでもしてんのか?」
「いやいや」
 互いに割箸を割って、すすり始める。
「まあ、お互い『魔力持ち』は辛いわな」
「おいおい。そりゃ今は死語だぜ」
 『魔力持ち』。
 十年前に終結した大戦において、実践投入された「魔術師」と呼ばれる異能力者達は差別対象として稀にそう呼ばれることがある。現在は表向き人権問題の扱いで死語になってはいるが、依然として魔力持ちが雇用で差別されている例は多い。
 しかも魔術師が第一線で戦えたのは実際のところごく小数であり、実験体としてロクな能力も付与されなかった「魔術師もどき」の方が圧倒的に多い。
 一応ヘクトもキリバールも魔術師もどきだが、ロクな能力も与えられず差別対象としての日々を生きてきた。雇用でも表向き『年少者』と言われて実際のところ『魔力持ち』という理由から、ヘクトはここ以外のまともな仕事につけた試しがない。
「差別されてる俺達が使ってなんの不具合があるんだよ」
 半ば吐き捨てるようにヘクトは箸をキリバールへと向けた。
「はしたないよ」
「………あ、そうだ。んなことより、何か話があるんじゃないのか?」
「ああ、そうそう。買ってもらいたいものがあるんだよ」
「…………まさか。その冷やし中華は」
 少し、熱気の中に沈黙が宿る。
「代価はかけそば一杯で構わないよ」
「俺が冷やし中華を食ったことになるんだな」
「まぁ、そういうことだね」
 急にヘクトは目の前のキリバールに軽い殺意を抱いた。
「俺が買わなかったらどうするんだ?」
「残念だけど他に回すよ。でも、行くところに行けばそれなりの価格で売れるはずさ」
 そういって、彼は後ろから小さな銀色のハコを冷やし中華の隣へ置いた。大きさはオルゴール位の直方体だが、取っ手はおろか継ぎ目すらも見当たらない。色は鈍い銀色の光沢を放っており、明らかに金属だった。
「………なんだ、これ」
「それがねぇ、眉唾ものなんだけどね」
 そう前置きをしてキリバールは続けた。
「中に、何か入ってるみたいなんだ。これを俺に回してくれたヤツの言うことには、どうやらフロッピーディスクらしいんだけど」
「フロッピーディスクだって?」
 24世紀末の現在、そんなローテクを極めてしまったようなものは今や情報系の博物館にだってそうは見当たらない。その手の方向に売ればかなりの美術品として取引されることになるだろう。
「でも、見たことあるのか、フロッピーって」
「うーん、実は俺も実物は知らないんだ。ただ、この中に何か入ってるのは確実なんだ」
 そういって、キリバールは銀のハコの中を揺らした。
 かたんかたんと、確かに何かがハコの中で音を立てている。
「……どうだ?」
「分からないことがある」
 すくえる程度の麺を食べ終わってから、ヘクトは彼の目を見て言った。
「一番気になるのはなんで俺に回したか、だ。行くところに行けば売れるんなら自分でいけばいい。二番目はなんで誰もそのハコを開けてないのか、だ」
「まず二つ目から答えようか。ハコは開けられる人物が限られている、と言うことだよ」
「………俺に開ける資格がある、と?」
「前にお前、箱根の伝説の攻撃………じゃなくて、なんか箱のパズル解いたろ」
「伝統工芸品ね………ヨセギザイクとか言うヤツだろ?」
 前に偶然、カプトースを辞めた先輩が開いた骨董屋にあったのを偶然解いたことがあった。そういえば、あの時は若手だけで言ったので連れられていった覚えがある。
「ああ、そうそう。それ。なんだか専門家に言わせるとそれに似てるらしいんだわ」
「………これが?」
 どう考えても、不恰好なオルゴールにしか見えない。
「これで、分かったろ?一つ目の理由は誰もその攻撃品のことなんか知らないんだよ。開けられないのさ」
「攻撃じゃなくて、工芸だって」
「とにかく、俺の回りでそのヨセギができるのはお前だけなんだよ」
「えーっ、こんなのコツをつかめば誰でもできるって」
 冷やし中華の横で激しい太陽を浴びる銀色の箱を手にとってみると、両手で包み込むようにして、力を入れる。
 カシンッ。
 木の時よりも簡単にスライドするような感じで、鋭い音が鳴った。
「………それで、どうする?」
「え、なにが?」
「その中身だよ。買うのか、買わないのかってこと」
「…………」
 確かに備蓄はあるが、こんな根も葉もないオイシイ話があったものかどうか。単純な噂に踊らされるほど、ヘクトには経済的余裕はない。
「………うーん。確証はないにしろ、何かしら入っているみたいだしなぁ」
「明日のかけそば一杯が冷やし中華に化けるかも知れないぞ」
 そこを突かれるのは、非常に痛い。
「分かった、かけそば一杯で買うよ」
 しばらく思案した後、好奇心と明日の冷やし中華に敗北したヘクトは競り折れた。
「まいど〜」
 うれしそうな声を上げて、キリバールはヘクトから小銭を受け取った。
「まぁ、それでお金が入ったらおごってくれよな」
「…………」
 ヘクトは真顔で返した。
「………冗談だよ」
 間を推測するに冗談とは思いがたかった。
「お互い、魔力持ちは辛いもんな」
「………そりゃ死語だろ?」
 言われたことをそっくり返されて、ヘクトは閉口する。
「ま。それで少しはまともなモンでも食べるんだな。夏もまだこれからだからねー」
「………さんきゅ」
 一応、年上として気遣ってくれたことに、ヘクトは普段滅多に言わない言葉を口にした。
「お前が倒れると休んだ分の仕分けが俺に回ってくるだろ?二倍働くのはごめんだからねー♪」
「…………」
 前言撤回。
 彼はこの暑い中でも、まだ涼しい顔のままで笑った。
「そいじゃ、午後も頑張ろうぜ。お先っ♪」
 キリバールはトレーと食器をゆっくり重ねて、ヘクトに押しつけるとそのまま脱兎のごとく食堂から出ていった。
「あの野郎………」
 今日も勝てなかった………ような気がするヘクトだった。




[第一章・第二節]