「通り魔」
著者:雨守



『何故もっと早くに気が付かなかったのだろう…。
 答えは至ってシンプルで、かつ目の前にあったのに…』

 
 ここ数週間の間に、都心の外れのとある横断歩道で連続通り魔事件が発生している。
 すでに被害者は5人、共通点は一切見当たらない。
 事件発生時はいずれも、人通りの多い昼間の時間帯で歩道ではたくさんの人間が通行していた。
 にも関わらず、どの事件でも目撃者は一人もいない。 
 目撃証言は一切なく、凶器の特定も出来ていない。
   
「この人通りの多い時間帯に、誰にも見られずに通り魔を実行する方法…か」 
 刑事課の竹内は現場の歩道を見渡しながら、目を細める。
「現場に凶器が残されていないところを見ると、犯人は凶器を持ち去った。この歩道で血まみれの刃物を
持ち去るだけでもかなり目立つと思うんですがねぇ」
 相棒の刑事、まだ駆け出しの鳥山も隣で真似る様に目を細めた。  
「全ての事件がこの横断歩道のど真ん中で起こっている。大勢の人の波の中で犯行を行い、なお
誰にも見られずに凶器を持って現場を去る方法、か。それがこの事件を解く鍵になりそうだな」
「竹内さんはこの事件、無差別犯の犯行だと思っていますか?」
「何とも言えんな。が、これだけ洗っても被害者の共通点が見えてこない所を見ると、無差別の可能性が
高いんじゃないかな」 
 5人の被害者の共通点は、ここ数週間の捜査の中で何度も調査の対象にあがった。
 しかし、収穫はゼロ…
 手がかりが少なすぎる事が、この事件を迷宮入りさせている最も大きな理由だった。
「やれやれ、操作は足を使えってのが基本だが、こうも手がかりが無いと埒が明かんな」
「ここ数週間、操作の進展はほとんど見られていませんからね」
 二人は少し気を落とし、俯いた。
「竹内さん、とりあえずこの横断歩道を横断してみましょうか」
「ん?」
 ふとした鳥山の提案に竹内が首を傾げる。
「犯人の歩いたと思われる道筋を辿る事で何か違った物が見えてくるんじゃないかな〜と」
「まぁ、そんな事は何度も実験済みだが…」
 他にする事もないから、と言わんばかりに竹内はしぶしぶ頷いた。
 そして信号が青に変わるタイミングを見計らって、竹内は横断歩道を歩き出し、鳥山もその後に続く。

 横断歩道を歩きながら眺めの良い周囲を見渡した時、
「ん?」
 ふと竹内は違和感を覚えた。
『そういえばこの辺って、会社のオフィスとかそういった類の建物がほとんど無いな』
 歩道を渡る人々を改めて観察してみると
『それなのに、スーツを着ている人がこんなに多い…』
 それに気付き、竹内は自分の思考の中に違和感がいることに気が付いた。

『何かが現実とズレている気がする…』

 次の瞬間…

「え…?」
 突然竹内は自分の腹部が激しく熱を持っている事に気付く。
 下を見下ろしてみると、スーツの上の腹部の辺りに背中から突き抜けてきた何かが突起している
様に見えた。同時にその突起物のあたりから激しく赤い物が流れ続け、止まらない。
 ようやく竹内が現状を把握した頃には、腹部は激しい痛みに襲われていた。
「鳥…山…」
 苦痛をこらえ後ろを振り向くと、今度はハッキリと見えた。
 ゆるやかな嘲笑を浮かべ、竹内の背中にナイフを突き立てている嬉しそうな鳥山の姿が。
「竹内さん、まだわからないんですか?」
 鳥山はまるで子供の様に嬉しそうに囁く。
 背中を刺されながらも、鳥山の言葉の意味を掴むべく、竹内は再度周囲を見渡した。
「!?」
 ようやく全ての謎が一本に繋がった。
 と同時に、竹内は横断歩道の真ん中で崩れ落ちた。


 『何故もっと早くに気が付かなかったのだろう…。
 答えは至ってシンプルで、かつ目の前にあったのに…』
 薄れ行く意識の中、竹内は通りを行く人々を眺めた。
 その表情には一辺の感情も見られない。
 まるで、今ここで刺されて倒れている自分が視界に入っていないかの様だ。

 近年、インターネット上のサイトなどの利用による、集団犯罪は多発しつつある。

 人通りの多い横断歩道の真ん中で目撃者を一人も出さずに通り魔を行う方法…
 それは…

 『通りを行く人々全員が通り魔であれば良い…』 





[終]