「雨神ファイル3 〜奇妙な暗号文の謎〜 <前編>」
著者:雨守



 PM5:00。

「雨神さん」
 助手の泉川真央がだるそうに言う。
「ん?」
「今日はもう帰って良いですか?」
「書類の整理は?」
 真央は一瞬止まる。
「もう終わってますよ」
「どれどれ…」
 雨神探偵は真央のデスクの上に乱雑に積まれた書類を覗き込む。
「って全然整理出来てないだろ!?」
「はい」
「一体何が終わってるって言うんだ!?」
「この事務所です」
 一瞬二人の間の時間が止まる。
「あ、なるほど、うまい」
「でしょう?」
「…」

 バキ!

 痛恨の一撃に、真央はぐったりとする。
「早く終わらしてから帰れ」
「…」
 真央は何やらブツブツ言いながら、書類の整理を再開する。  
 そして、丁度その時…

 カラン。

 一日一回開くか開かないかという扉が開いた。
「ごめんください」
 扉を開けて中に入ってきたのは、白い帽子を被った二十歳くらいの女性。
「こちら、雨神探偵事務所ですよね?」
 一瞬にして営業モードに切り替わった、雨神探偵事務所アシスタントの真央が
爽やかな笑顔で来客の女性に応える。
「大変もうしわけございません。本日の営業は閉店…」
 と、その瞬間

 
 バキ!

 
 後から勢いよく飛んで来た国語辞典が、真央の後頭部を直撃する。
 見事に床に崩れ落ちた真央に替わり、今度は雨神探偵自らが女性を迎える。
「はい、私が雨神ですよ。どのようなご用件で?」
 相手が若い女性なのもあり、少し気取った感じの口調だ。
「私…大学二年生の夏川花という者ですけど…」
 夏川という女性が少しうつむく。
「今朝、こんな手紙がポストに…」 
 雨神探偵は、夏川から受け取った手紙を読む。

『バラバラなのは、なす。
 ちりぢりなのは、泣き声
 神様に聞く、でもわからない。
 現実逃避、回りすぎてさよなら。

 あなたはいなくなる…
背後の翼を残して…

 私はそれを拾い集め、捧げる』


「何だ、これは?」
 雨神探偵は奇妙な怪文書に思わず首を傾げる。
「変わったラブレターですね」
 横から真央。
「これのどこがラブレターだ!」
 雨神探偵が即座につっこむ。
「私、何だか気味が悪くて…」
 夏川は深刻な表情だ。
「確かにね…。全く意味のわからない文章だな」 
 雨神探偵は手に持った紙を眺め、何度も読み返す。
「何かの暗号…、それとも脅迫…」
「あの…私どうしたら…」
 困った表情で夏川は言う。
「うーん…では、とりあえずこれは私の方でお預かりしましょう」
「大丈夫ですよ!ただのラブレター…」
 
 バキ!

 言いかけた真央に雨神探偵の裏拳が降り注ぐ。 
「何かわかったらこちらから連絡しますよ」
「はい…よろしくお願いします…」
 そう言い残すと、夏川はそそくさと立ち去る。   

 カラン

 夏川が去った後の揺れ動くドアを長めながら、雨神探偵はひとつため息をついた。
「さて…ね」  




[ 後編へ続く ]