「マニアック」
著者:雨守



 カクテルバーのカウンターには今日も二人の男が腰掛けている。

 男Aがグラスにゆっくりと口をつける。
 二人のカクテルグラスの中には同じ透き通った青色のカクテルが入っている。
 カクテル『トライアングル』。
 男Aと男Bが二人でこのバーに来た時、注文するのは決まってこれだ。
 酒の肴はいつものスモークチーズ。
 ゆっくりとしたペースでちびちびと飲みながら、会話を楽しむのが二人の決まりだった。

「あの、何と言うか、こう、ボディラインがねぇ…」
 男Aが少し酔った口調で話す。
 しまりの無い笑顔を作り、妄想の中のボディラインを手でなぞっている。
「そうそう、たまらないよねぇ。あのボディラインが」
 男Bも合わせて同意する。
 恐らく、男Bも男Aと同じボディラインを妄想しているに違いない。 
「こう、シュッときて、キュンッと締まるんだよね」
「そうそう、細い部分とか最高だよね」
 今日も二人の男はカクテルをちびちび飲みながら、妄想と会話を楽しんでいる。

 やがて時刻は深夜を回る。
「あとさぁ。角度も大事だよ、角度も」
 男Bが念を押す様に語る。
 どうやら彼なりの強いこだわりがあるらしい。
「そうそう。見る角度によって全然違ったボディの美しさが見えるんだよね」
 男Aもそれに同意すると、二人の男の波長がいっそう同調する。
「斜め45度から見るのが、俺は一番美しいと思うけどなぁ」
「俺は、こう、上目遣いにさ、こう、端から端までゆっくりと舐める様に見て楽しむのが…」
 二人の会話の内容は徐々にディープな方向に走っていく。

 さらに時間が過ぎると、気付けば店内の客は二人だけとなっていた。
 しかし、二人の会話は終わるどころか、その熱は上がる一方だった。
「あと、やっぱりさ、あの透き通った肌がいいんだよね」
 男Aが残り少なくなったカクテルグラスを揺すりながら言う。
 その目はいっそう輝き出していた。
「そう!それよ、それ。あの透明感とツヤ」
 このポイントが男Bのツボを捕らえたらしい。
 いっそう火がつき、男Bの声は裏返りそうな勢いで高くなる。 
「もう一日中眺めてても飽きないよね」
「俺なんかさ、昨日さ、5時間も眺めちゃっててさ。気付いたら日が沈んじゃってたよ」  
「お前、それはまたすげえなぁ…」
「何か眺めてたら吸い込まれそうになっちゃって…」
 気分が良くなって、男Bは右手のグラスを飲み干す。
 つられて男Aも飲み干す。
 そして、すぐさま二人はカウンター越しのマスターに二杯目を注文した。
 もちろん、二杯目もカクテル『トライアングル』だ。
 

 それぞれ手渡されたグラスを、カチャリと音を立てて合わせる。
 一口つけると少し落ち着きを取り戻し、二人はまた静かに語り始めた。
「そうそう、昨日さ、ショップで新しいコをみつけたんだよ」
 ふと、男Aが切り出すと
「おお、ホントに?どんなタイプの?」
 すかさず男Bが食いつく。
「体系は少しスリムで、それでいて滑らかな感じ」
「うんうん」
 男Aが愛しそうにその姿を思い出しながら話す。
 それが男Bの想像をかきたて、興奮を高めた。  
「で、かなりツンと尖った感じでさ、もう触れると怪我しちゃいそうなんだよね」
「おお、いいねぇ〜」
 静かな店内に二人の声だけが響く。
「俺さ、優しいだけじゃもの足りないんだよ」
 男Aはグラスを置くと、いつしか語りながら熱い気持ちを覚える。
「やっぱこうさ、スパッて鋭く尖ってて、なんていうか、こう…」
 男Aは酔いが回って来たのか、言葉の表現に詰まる。
「刺激?」
「そう、刺激!」
 男Bのフォローにより、熱もさらに高まる。。
「刺激がないと駄目なんだよね」
「わかるわかる」 
 まさに二人のテンションは最高潮。
「ツーンとクールでミステリアスで…」
「ちょっと尖ってて、触れると指先にチクっとくる刺激的な感じ…」
  
「やっぱり、いいね」
「うん、いいね」





「『三角定規』は」




 声を揃えて、二人は今日何度目かの乾杯をする。

 今日も二人の『三角定規』フェチの会話は明け方まで続きそうだ。




[終]