「木」
著者:雨守



 ふと花屋の前で友人のYを見かけた。
 彼は両手に大き目のビニール袋を1つずつ持っている。
「やあ、Y君」
「ああ、W君か」
 Yは袋を持ったまま僕に笑顔を見せた。
「花屋で何か買ってたの?」
「ああ、ちょっと土を…ね」
 土?
 花屋から出てきたので、僕はてっきり何らかの花を購入したものと
 思っていた。
 少し意外な顔で、僕は再度質問をする。
「土?Y君は園芸の趣味でもあるの??」
「そうなんだよ」
 Yは活き活きした顔で答える。
「今家で何種類かの野菜を育てていてね。あと花とかも」
「へぇ」
 人は見かけによらないもんだ、と言いたかったがやめた。
 彼に土をいじる趣味があったとは…正直意外だった。
「で、今回は何を育てるの?」
 僕が聞くと
「うん。何かの木を植えたいんだけど…、まだ決まっていないんだよね」
 Yが答える。
 こんなに活き活きした表情のYを見たのは初めてかも知れない。
 そして、特に意味があったわけではないが、『木』という単語が妙に彼に
 似合っている気がした。
「木か〜。そういえば君ってなんか『木』みたいだもんな〜」
「へ?」 
 Yは物静かでどっしりとしている。
 晴れの日はよく散歩をしていて、いつも太陽の下にいるイメージがある。
 そういう意味でジョークを込めて言ってみた。
 すると
「そうか…、それも面白いね…」
 Yの顔つきが少し変わった。
「え?何が?」
「ううん。ありがとう!」
 急にYはすがすがしい表情になると、僕に背を向け、一直線に走り出した。
 ほんの数秒もすると彼の後姿も見えなくなった。
「なんだ…今のは?」
 僕は彼の態度にどうも疑問が残った。
 でも考えて見れば、もともと彼は変わり者だ。
 考え方が常人とは一線を置いているところがある。
 そう無理やり納得して、その日は特に気にせず僕も家に帰った。

 
 数日後、Yの母親から連絡がきた。
「うちの子、ここ数日土の中に肩まですっぽり埋まったまま出てこないのよ」
 と嘆く母親。 
 聞くところによると彼は土に埋まったまま、「水をくれ」とか「肥料くれ」
 とか時折ぼやくらしい。
 何でも彼はこう言ってるとか。
「僕は世界一立派な『木』になるんだ」

 やはり彼は変わり者だ。
 





[終]