「あー、モシモシけいじ?いつものところで飲もう」
携帯の留守電から流れる声を聞いてオレはすぐに着替えた。
電話の相手は慎吾。オレの小学校からの親友だ。
高校は別々だったが、近所だったせいもあってよく会って遊んだり飲んだりしていた。
オレたちは社会人の1年生。
とは言ってもオレはエレベーターのメンテナンスをする現場の仕事。
つなぎをいつも着て油まみれになって、図面の読み方を徐々に覚えている状態だ。
結構な重労働でときどき休日に緊急のメンテナンスもあるが、これはこれで楽しい。
会社の先輩も優しい人ばっかで、居心地も悪くない。
まさに、天職と呼べる職場だった。
大学をでてこんな仕事をよくやってるな、なんて言われるが、オレにはたぶん向いていない。そんな風に最近思えてきた。
「もう7:00じゃん」
オレは慌てて家を飛び出す。
天気予報では曇りから雨になる、と言っていたのをオレは知っていたが、わざわざ取りに戻るのもめんどくさくなってあきらめた。
「いつもはオレから慎吾を誘うのにあいつからなんて珍しいな」
そんな独り言をつぶやきながら、駅前のビルに着いた。
駅前のビルは振興のために市が建てた大きなビルだ。
大きいと言ってもあくまでも相対的なもので、田舎に5Fがあれば誰だって大きいと錯覚してしまう。
オレはエレベーターに乗り込み「4」のボタンを連打した。
子供っぽいとよく言われるが、昔からの癖である。しょうがない。
4階のエレベーターを降りて左に行ったところに留守電のいつものところがある。
「明日からでは遅すぎる」という居酒屋だ。
オレがもともと面白いスポットを探していると、ネーミングでここの虜になってしまった。
赤地に白い文字の看板もなかなかのインパクトがある。
内装もレトロな感じで、慎吾と飲むときは最近はほとんどココだ。
「いらっしゃいませ」
入り口で待ち構えていた店員に捕まる。
もうすっかり常連なので慣れたように入っていって、慎吾の姿を探す。
すると、店の人が前に立ちふさがって
「失礼ですが、身分証をお見せしていただけますか」
と言った。
「はぁ?」
思わずオレはつぶやいてしまった。
何回来ても顔パスにはならないようだ。
仕方なく、免許書をしぶしぶ見せた。
「あ、これは失礼しました。いやぁ、ファッションが若者っぽいかんじなのでつい・・・・ブーツインだなんてカッコイイですね」
作り笑いで、必死のフォローをいれてなんとかこの場をやりきろうと若い店員は頑張っている。
「ホントに失礼だよ」
と言いそうになるのをグットこらえた。
ファッションのことを褒めてくれてなかったら帰っていたかもしれない。
どうやら、慎吾はまだ来ていないようだった。
「何名様でしょう?」
マニュアルどおりの言葉が発せられる。
「二名なんですけど、連れがまだ来ていないみたいなんです」
「わかりました。こちらのほうのお席へどうぞ」
窓側の夜景が一望できる席へ通された。
「これが慎吾とじゃなくて、女の子とだったらな」
そんなふうに思ってしまうほどもったいない景色だ。
とりあえず、注文は慎吾が来てからで夜景に耽っていた。
しばらくすると、お待ちかねの慎吾がやってきた。
「おお、相変わらずスーツが似合うダンディー!」
オレが冷やかしを入れると、
「ダンディー、ダンディー?・・・」
阿吽の呼吸で二人同時に腕を前に出して、親指と人差し指を立てて
「ゲッツ」
「おい、恥ずかしいよ」
慎吾が店内の視線を気にして、すぐに席に着く。
「そうか?振ったのは慎吾のほうだろ、それに楽しそうだったぞ」
いつも慎吾とはこんな感じだ。
堅物のイメージがある慎吾だか、遊びになるとハメがはずれてこんなノリになってしまう。
慎吾は一流と言われる自動車会社でバリバリ働いている。スーツを着ているのはこのためだ。
そもそもオレと慎吾は頭の出来が違う。
アイツはいつもトップ。オレは中の下。
傍から見たら少年とエリート若手サラリーマンなのだろう。
高校は県内でトップの高校へ。大学は誰もが名前を知っている超一流の国公立大学。
だから、いまここでこうしていること事態不思議なことなのだ。
「おまえから誘ってくるなんてめずらしいな。なにかあったのか」
「ああ」
ちょっとため息交じりの返事がいつもの慎吾らしくない、そうオレは感じていた。
「なんだよ。話してみろよ。俺でよければ聞くからさ」
「・・・・」
こんなことは初めてだ。
「まぁ一杯飲めよ。会社か?それともこれか?」
オレは小指を立てて聞いてみた。
「両方だよ」
そのトーンの低さにオレは驚いてしまった。
いつもオレは強い慎吾しか見たことがなかった。
エリートなやつは固いやつだと思っていたが、慎吾は例外だと思ったいたからだ。
『♪チャラララララ』
いきなり慎吾の携帯が鳴り始めた。
『世界に一つだけの華』
彼女からの電話の合図だ。
「わりぃ、ちょっと失礼」
そう言ってトイレの方へ行った。
心なしか慎吾の顔が曇っていた。
「はいよ、デレデレしてきな」
5分ぐらい経っただろうか?10分?それほど時間が経っていなかったかもしれないし、そうでないかもしれない。
メールの返事に夢中になっていたオレもちょっと気になってトイレのほうに行った。
そこには
赤い目をした慎吾がしゃがみ込んでいた。
「おい大丈夫か?」
「ああ」
頼りない返事がまた返ってきた。
「立てるか?とりあえず席に戻ろう。スーツが皺になるぞ」
なんとか慎吾を席まで連れて行った。
席についた慎吾は俯いたままだった。
「いったいどうしたんだよ。おまえなんかヘンだぞ」
「・・・」
「黙ってちゃわからねぇよ」
オレは慎吾の顔を見ようとした。
「まぁ、飲めよ。話したくなったら話せばいいからさ」
オレはそう言って夜景を見た。
夜景はさっきと同じで何も変わっていない。
けど、細々とした人や車はさっきとは違うはずだ。
慎吾もスーツの鎧で固めても、心の中はちょっと昔の慎吾とは変ってしまったのかもしれない。
ビールが、泡が無くなってただの麦ジュースになったころ、慎吾の顔が起き上がった。
「聞いて笑うなよ」
落ち着きを取り戻した慎吾が言った。
「ああ、笑うわけないだろ」
「実はさ、オレの彼女の愛、知ってるだろ?」
「もちろんだよ。あんなかわいい子めったにいないよ。純粋という言葉がぴったしな、目がクリッとしたところもいいしな・・・あ」
いまさら褒めても未練が残ることを知った時には遅かった。
「実はさ・・男だったんだよね」
「・・・・・・・(爆)」
思わず笑ってしまった。
「笑うなって言っただろ。オレは凹んでるんだから」
「わりー、で別れたから泣いてたの?」
笑いを必死にこらえて聞いた。
「ああ、ショックだよ」
「女なんて夜景みたいに明かりの数ほどいるって。・・・でもアイツは男か」
「もう諦めたよ。よーし、今夜は飲むぞ!」
「そのノリだよ!待ってました!」
こうして『明日からでは遅すぎる』の店は賑わっていった。
[終]