「WHITE」
著者:MRI



「もう嫌だー!」
 少年はダダをこねる子供のような口調で叫んだ。だが決してそこまで子供じゃない。
 その声は誰も聞くことはなかった。耳に入ったとしても、それはほんの一瞬で過ぎ去っていく。
 少年の周りを皆軽快に過ぎ去っていく。
「うううーーー」
 悔しそうに唸る。少年は再び起き上がり、過ぎていく人たちを追おうと滑り出した。

 サーージャシュッ!

 さすがに半日も同じ事を繰り返していれば多少は順調に滑り出した。

 ガッ!!

「グワェッ…」
 エッジを引っ掛け転倒、それも正面、顔面コース。もはやヒキガエルだ。
 この繰り返しが少年を不満にさせた。
 友人はもはや普通に滑っている。同じ初心者だったのに…気がついたら置いてかれた…
「なんで俺だけ…」
 少年は悔しさのあまりに泣き出しそうなのを下唇を噛み締めて堪えた。
「………」
 自分が落ち着くの待つようにじっとしていた。少年は少々感情が爆発しそうな自分を抑えるのに必死になっていた。
「…すぅ…ふぅー」
 深呼吸をして整える。
「…すぅ…ふぅー」
 繰り返し、そして落ち着いたのを確認した。
 皆は自分とは違う世界を生きてるように感じた。

そこに行きたい

やがてもう一度立ち上がり、そして滑り始めた。
 そして繰り返す…幾度も…幾度も…
 やがて、リフトの乗り場に辿り着いた。
 手袋は溶けた雪を吸って手の感覚を奪っていた。
「…やっと着いた、これで止められる…」
 少年はここに辿り着くまでに、もはや疲れ果てていた。

  それでいいのか?

 どこか胸の内で聞こえてくる。

 ガコン‥ガコン‥

 リフトが並んで待っている少年の耳に届き始める。
 周りの人にはどこか笑顔が浮かんでいるように見えた。

  うらやましい?

「………」
 周りの会話の声をただ受け流すように黙ってリフトに乗った。
 リフトにはどこか怪しい雰囲気のボーダーと同席になった。
 年は30前後、体格は小太り。ちょっと見はスポーツよりもアニメのほうが好きそうなオーラを放っていた。
 が、もはや少年には興味の対象外だった。
「…少年?なんか退屈そうな顔してるな…楽しんでないのか?」
 男が親しげに聞いてきた。厚かましいほどに
「別に…おじさんには関係ないよ」
 少年は面倒くさそうに答えてむこうを向いた。
「おーい、そんなふてくされないでくれよ」
 男は困った表情をしながら話を続けようとした。
「スノーボードは楽しくなかったかい?」
「滑れないからつまらない。だいたい滑れたって何なのさ?どうせ滑るだけじゃん!」
 少年はこの男に嫌気がさしていた。いちいち構うな。
「つまらない。滑れないから‥滑れても楽しくない?ハハハッ」
 男は少年の言葉に楽しそうに反応した。
「何が面白いんだよ!!」
 少年は男の言葉にふくれる。
「いやなに、昔読んだものの本の内容を思い出したもんでね。君はうらやましいんだよ」
「?」
「皆がうまく滑っていることに対して―」
「ハッ!別にうらやましくなんかないよ。別に楽しくないんだから」
 少年は男の話の途中で答えた。
「―それじゃぁ、皆が楽しそうにしていることがうらやましいわけだ」
「……別に…」
 男の言葉に少年は言葉に詰まった。そして再びそっぽを向いた。
「図星、君は正直じゃないが素直だね」
 男が笑顔で話す。
「うるさいな、だから何なんだよ!」
 少年は男の嬉しそうな表情が嫌だった。
何より自分の事を笑われていることが特に嫌だった。
「君は人と距離を置いて接してきた。それが君自身を守っているようで、足枷になっているんだ」
 男は少年の怒りを受け流すように続けた。
「もう少し皆に自分をさらけ出したっていいんだよ。君は才能があるんだよ」
「才能?なんの?」
 少年は脈絡のない単語に動揺した。
「それはもう少ししたら分かるようになるよ。さぁ、もうすぐ着くよ」
 男はリフトが頂上に来たことに気がついて降車準備に入った。
「だから、どういうことなんです!?」
 少年も言葉の意味を聞きたいと思いながら降車する準備をした。
 そして降りる直前。
「何事も素直になるんだよ。じゃぁね」
 男はその一言を言うと颯爽とリフトから降りて、あっという間に斜面へと降りていった。
「はぁ、何者だよ?あの中年…」
 おぼつかない滑り出しでリフトを降りてホッとしながら疑問に思った。
 男の動きは明らかに上級者の動きだった。それしか今の少年には分からなかった。
「…素直、何事も…?」
 少年の頭は疑問符で溢れていた。

  あるがままに

 少年はとりあえずロッジで休もうと、あたりを見回した。
「…あれ?もしかしてリフト間違えた?」
 少年の考えは当たっていた。
少年の乗ったリフトはロッジや休憩所のある中腹行きではなく、頂上行きのリフトに乗っていた。
「つまり上級者コース?」
 少年の脳裏に恐怖と危険が渦巻く。
 とりあえず斜面を覗くことにした。
「……滑る?転がる?這う?…」
 何にせよ前途多難か大恥か

  何事も素直に、流れに身を任せて

「…やるしかない…か!」
 少年は勢い良く飛び出した。もはや覚悟を通り越して玉砕の精神だった。

 ザーーガガガ!!

 板が大きく震え、次第に大きな悲鳴を立てる。

 ジャシュッ!ガガッガ!

 減速の為にエッジをかける。
「怖い!速い!」
 少しでも失敗すれば簡単に吹っ飛ぶ、それほど斜面は急で加速は桁外れに速かった。

 ガシュッ!ザザザー

 板に巻き上げられ、雪が巻き上がる。まるで霧のように細かい白い空間が立ち上がる。
「すげぇ!滑れてる!?」
 今までとは違う感覚。明らかに怖いはずの速度、こければどうなるかを、思えばより恐ろしい。
 それ以上に何か胸の内から高揚感が溢れてくる。白い世界に自分だけが今ここにいる。
 少年はさっきまでとは違う感覚に酔っていた。

  楽しい…今なら分かる?

「なんか分かる。皆がなんで楽しそうなのか、これだ!こういうことなんだ」
 少年は過ぎていく景色を見ながら笑っていた。
 少年は恐怖を忘れていた。
このコースは本来今日始めて滑る初心者が滑れるほど簡単なものじゃなかった。
「もう終わり?さっきはあんなに長かったのに…」
 少年はスキー場のふもとのリフト乗り場が見えてきたことに驚いていた。
 さっきはこけてばかりで進まず何分も足止めをされていたために長く感じただけなのだが。
「もう…一回頂上まで…」
 少年がそう呟きながら頂上行きのリフトに並ぼうと最後列に向かった。
「おーい!!どこ行くんだよ?」
 中腹行きのリフトに並んでいる人の中から少年に向かって声が聞こえた。
 少年は一緒に来た友人たちであるのに気付くのは遅くなかった。
「そっちは上級者コースだぞ、俺たちには危なすぎるぞ」
 友人の一人が心配しながらちょっと笑っている。友人たちは皆楽しそうな顔をしている。

  皆楽しそう

「…そうか〜俺もそっち行くからちょっと待ってよ」
 少年はさっきの感覚をもう一度味わいたいと思ったが、友人たちと合流できたことをうれしく思った。
「どうよ?少しは滑れるようになったか?」
 友人の一人が少年に聞いてきた。
「あ、ああ、やっと楽しいって感覚が分かってきたよ」
 少年は戸惑いながらさっきの感覚を思い出していた。
「そっか、じゃぁちょっと全員でレースでもしようぜ!」
「お前が勝つに決まってるだろう」
 他の友人たちが話を進めていく。
「いいね、やろうよ!」
 少年が笑顔で答える。
「?本気か一番不利なんだぞ?」
「いいよ」
 少年はどこか心のゆとりが出来た気がした。
「よしやろう」
 経験者の友人がまとめる。
「そのかわり多少のハンデつけようぜ」
「出る順番くらいはあってもいいかもね」
 話は順調に進む。その中に少年はうれしそうに参加していた。

  これで皆との距離を縮まったのかな?

 少年は悩みながらも今のこの状態を素直に楽しいと思えた。
「着いた」
「それじゃぁ行くぞ!!」
 少年は声を高らかに叫んだ。

 スキー場の雪は白く、溶けることを知らないようにいつまでもその姿を保っていた。
 今まで一人で距離を置いて人と接していた少年は今日、皆との距離を近づける努力をしようと決めた。
 少年の心の雪解けはきっと近いのだろう。

 春は近い。




[終]