「円環」
著者:蓮夜崎凪音(にゃぎー)



 いける。

 渾身の斬撃が腕の骨肉をまとめて「へし斬った」衝撃が両腕を伝わる。
 切れ味を失った剣の先が、鮮血の合間にそぎ落ちた肉塊を地面へと叩き落す。
「おおおっ!」
 もう、何も考えない。
 間髪いれず、返り血を纏いすぎた剣を血の雨の中、喉元へ叩き込む。

 派手な撲音を筆頭にしたさまざまな音が遠く、高く耳を裂いた。

 切れ味の悪い剣は、もはや相手の喉を切り裂く役目を果たさない。首に食い込んだ打撃をそのまま受け止めて、腕のない男は回廊の壁に激突して崩れ落ち、白目をむいた。
 潰れかかった喉から、私の耳元へ微かに息を吸おうとする音が一度。
 決着はついていたが構えを直した私の前へ、ややあって、崩れ落ちた体が緊張を失って全身の痙攣をとめた。

「………」

 訪れる一瞬の空白が、異様なほどに大きく、空恐ろしい。
 静寂ではない。
 その間にも、削ぎ落とした腕の先からは音が止まず、そこかしこに血だまりを広げる。どぷり、どぷりと収束しつつある嫌な音を立てながら、足元が赤く染まった。
 落ちた腕が、水面の上からこちらへ手を差し出しているように見えた。

「………」

 静かに眼を閉じる。
 遠い場所では、まだ甲高い金属音が回廊を反射して私の耳へと届く。
 今まで、同じことをしていたのに、それが痛い。

 ……まだ、終わらない。

 大きく肩で一度息をついて、血だまりへと剣を一度軽く振った。
 ここまで、三人は切り伏せた。
 剣の刃はこぼれかけ、既に切れ味はただの鉄塊。
 斬撃の速度が速かったのが幸いして腕を落とせたが、あれは偶然だ。
 息が上がり始めた今となってはこれ以上の期待はできない。

 ……でも。

 私は一度、嘲笑に近い息をついた。

 よしんば、この円環に近い戦いが終結を迎えたとして。
 私が抱くこの意識は、消えることはないのだ。

 剣を、振り続けて。
 人を、殺し続けて。
 倒れた親友の分まで怒りと恨みを抱えて、意見を違える人を。
 違えた人を殺されたものがさらなる怒りと恨みを抱えて、さらに多くの人々を。
 時折、無関係な人々までをも巻き込んで。

 連鎖ではない、円環。
 たとえば死ぬことのない体なら、永久に続く感情を抱きながら。

「誰かいるぞっ!」

 響く声に、私は途方にくれていた体に構えと息を取り戻した。
 折れかけた剣を右手に。
 尽きかけた魔法を左手に。

 そして、多くの犠牲の上に立つ体を、前に。

「シェ、シェラ・マギスだ!」
 ひるんだ尖兵の元へ、少しかがんだ構えのまま、突進のように全力で駆け出す。
 今、迷ってはいけない。

「うおおおおおっ!」

 再び剣戟と怒号の巻き起こる円環の闇の中へ。
 光は、果てしなく遠い。




[終]