横釜駅内の果物屋の前で、「ほんとうの恋がしたいの」と言って、相手の男に抱きつく女を見た。思わずその背中を蹴りたくなったがここは常識人。ぐっとその衝動を押し殺し、家路に着く。
(心の中)ぬぅあーにがホントウノコイガシタイノー、だ!公衆の面前でよくもぬけしゃあしゃあと言えたもんだのすったもんだ。タラちゃんみたいな口調で一生言ってろっつんだ!こんちくしょう。そもそも「本当の恋」って何なんだよ?「普通の恋」とは何が違うわけ?よく愛は真心、恋は下心っていうけど、じゃあなんだ「本当の恋」ってのは「本当の下心」ってわけか。ただの助平じゃねえか。ああそうか、ソレがしたいわけか、それだけか。だったらもっと率直に言えってんだ。ん、今自分の中の常識の府、いわば参議院から「なに他人の行為に関してグチグチ述べてんだ、益荒男らしからぬこの僻み男。」と、鋭角からのご指摘。心はしぼむ。
男が気障でいられる時代はとうに終わりを告げ、男のやせ我慢が粋に見えた時代も過ぎ去り、障害だらけの情熱的でカタルシスな愛やら恋する覚悟は片隅でうずくまる。
友人の沖谷君は「恋なんてしたいやつがすればいい。恋する覚悟のあるやつがな。」と言う。
こんなことを考えながら今夜も一人、床に着く。つけっぱなしのビデオ、画面には二枚の肉片が、小麦粉の上で踊っていた。
[終]