「壁」
著者:ポリープ袴田



 ただでさえ寒いのにニュータウンのコンクリートに囲まれた道々は、より一層家路に着く足取りを速くする。ベッドタウンは本当に家に帰るために造られたのだなと、つくづく思う(待っている人はいないけれど)。添え物のように生えさせられている木々は冬ゆえに一段と生気が無い。つまらなく、やみくもに寒いこの道を歩くぐらいなら「高層マンション建設反対!!景観を守れ」と書かれたポスターが貼られた家々のある道を歩いているほうがまだましである(景観を壊しているのはそのポスターだけれども)。そんなことを考えながらいつもの道を歩く。すると、向かいの歩道に初老と思われる男性が椅子を置いて壁側に向かって座っている。私はその道の真ん中でそのような行動をとっている不自然さに不可思議さ感じるとともに、それがあたかも当然かのようにも感じられた。つまりその姿が絵になっているのである。人一倍の好奇心を持っているわけではない私の好奇の心が寒さに打ち克ち、先に見える信号を渡り、その男性のいる歩道に渡り、近づいた。すると膝にスケッチブックを置いて夢中で何かを書いている。それは「壁」だった。ただの壁である。この男性はまさしく「壁」を描いているのである。紙一面に…
 壁はコンクリートが露出している。冷たい。寒い。しかし、「壁」は暖かい。やさしい。広き寛容さまで感じる。
 この男性はなぜ壁をこのような「壁」として見ることができるのだろうか。況や別の何かを見ているのだろうか。私は一言尋ねた。
「何を描いているんですか?」
「いや、壁にぶち当たっているだけですよ」
 と、目線はキャンパスに向けたまま男性は答えた。私は
 「はぁ」
 と、応えたばかりである。そして一瞥し、その場を離れた。私には云わんとしている意味は分からない。ただ家路に着くばかり。
「いや、壁にぶち当たっているだけですよ」
 誰か教えて欲しいものである。




[終]