「鍵付きの日記帳」
著者:そば



 お父さんの手はゴツゴツしていて、大きくて力強い。お母さんの手はハンドクリームのいい匂いがして、温かくて優しい感じ。
 本当はパパとママだったんだけど、ママに今日からお父さんとお母さんって呼ぶように言われたから、お父さんとお母さんなんだ。
 2人と手をつないで、たまに1、2のジャンプしながら歩いた。
 お父さんはヤクショって所で働いている。友達にそういったら「スゲェ」って言ってたから、たぶんすごいんだと思う。お母さんはたっくんのおばさんよりは美人じゃないけれど、優しいから好き。
 南沢幼稚園は歩いてすぐだったけど、南沢小学校は少し遠いよ、ってお母さんは言った。
「すぐじゃなかったら『すぐすぐ』くらい?」
「そうだな。『すぐすぐのすぐ』くらいかな」
 ぼくが聞いて、お父さんが答えた。お母さんが笑った。僕も何だか楽しかった。
 僕が生まれたのは日本にディズニーランドができた日のちょうど1年後だった。誕生日が同じ月組のアヤちゃんが言ってたから、間違いない。
 その他はロサンゼルスって所でオリンピックをやってたらしいけど、もちろん僕は覚えていない。
 僕が知っているのはソウルのオリンピックだけど、コレも失格になった人の名前が「便所ンソン」で、大笑いしたことしか覚えていない(コレを言うとお母さんが怒るから、内緒だけど)。
 去年はオリンピックより弟ができたことの方が大ニュースだった。弟はプニプニして、小さくて、コロコロしててかわいかった。
  
 入学式が始まると知らない子達と一緒に行進をして、自分の名前が呼ばれたら大きな声で返事をして、(何が偉いか知らないけど)偉い人の話を聞いて、あぁ、なんかワクワクしてきた。
 友達100人できるかな?
 今日は大忙し。だって入学式の後は誕生日がある。
 僕らが帰るとおばあちゃんとおじいちゃんがいて、お祝いしてくれた。
 うちの家はお父さんのおばあちゃんの家だから、いるのは当たり前なんだけど、一緒にご飯を食べるのは珍しいんだ。
「ピザとお寿司とどっちがいい?」
「お寿司がいい」
 ピザを待っていると、おばあちゃんが笑顔で手招きしているのが見えた。僕はピンときて飛んでいく。
「これで毎日日記を書くといいよ」
 お父さんの方のおばあちゃんがそう言って日記帳をくれた。表紙に男のウサギの絵が描いてある、小さい鍵がついた日記帳だ。
「うわぁ、やったぁ」
「こら、お礼言いなさい」
「うん、おばあちゃんありがとう」
「どういたしまして」
「おじいちゃんにも言うのよ」
「どうして?」
「プレゼントはおじいちゃんとおばあちゃんの2人からなのよ」
「おじいちゃんもありがとう」
「ん…」
 一発で気に入った。色もいいし、鍵を開けるのがなんか楽しい。
 その後はピザを食べて、ケーキが出てきて、歌を歌って、火を吹き消して、ケーキを食べた。
 食べ終わるとすぐに手帳の鍵を開けたり閉めたりした。その後、自分の手帳だから大切にしようと思って机の引き出しの一番奥にしまった。
 だけどお母さんに、せっかく色々あったから、今日書いたら、って言われたから、早速引き出しを開けて鍵を開けたんだ。


タイトル:たんじょうびをしたこと
きょうおばあちゃんからにっきをもらったそしてぼくはにっきをかくことにした
きょうはみなみさわしょうがっこうのにゅうがくした
そのあとぼくのたんじょうびでぼくとぱぱとおじいちゃんとおばあちゃんとおかあさんでぴざをたべた
いっぱいたべておいしかった
そのあとたんじょうびのうたをうたった
おかあさんがうたっていいよというのでぼくもうたった
とてもとてもたのしかった
そのあとけーきをたべた
おいしかった
ぼくはまいにちぴざとけーきをたべたいとおもう
1ねん1くみ しらさきだいち


 これが俺が生まれてから覚えているうち、最初の記憶だ。当時は携帯も無くて、アルバムに残る写真は運動会や遠足のものがせいぜいだった。だからこそ…いや、たとえこまめに写真を撮っていたとしたって、コレには敵わないんじゃないかと思う。
 古ぼけた日記帳は今でも使っている。1ページめくるとまた思い出の再発見と感動、そして時に恥ずかしさや後悔なんかもある。そういう俺の大切な宝物の一つだ。



[終]