「Joy&Happiness」
著者:そば



「そうそう都合よくいく訳ないか。」
 つい口に出てしまった。
 そりゃそうだ。天気は人の都合なんて気になんかしない。
 谷(たに)さんにしたって、忙しい年末だからって、1日2回の餌を遠慮してくれる訳でも、かごの掃除を自主的にしてくれる訳でもない。今日が特別な日だとはしゃいでいるのは人間の、しかも、幸せな人達か、おめでたい奴らだけだ。
 テレビをつけても、こんな時間から面白い番組はやってない。大体さっきテレビ欄で確認したじゃないか。今日見たいのは夕方からのお笑い番組くらい。それなのに無駄にチャンネルを回して、僕はどんだけ暇なんだろう。
 窓を閉めて、またベッドにもぐりこむ。
 なんでこの時間からこんなに寒いんだ。
 そんな細かいことにいちいちイライラしてしまう。
(やっぱりこの間のことが…。)
 と、携帯が鳴ってビックリしてしまった。お前がかけないならこちらから、という勢いで、携帯に見透かされたみたいだ。
 けれど、相手を見てガクンとなる。なんで「今日」コイツからなんだ。
「オカケニナッタデンワバンゴウハ、ゲンザイツカワレテ…」
〈なーにやってるんですかー、拓(たく)さーん?〉
「迷惑電話対策。」
〈勘弁してくださいよー。〉
 文(ふみ)は仕事先の後輩だ。やたらと伸びた話し方と高校生みたいな言葉遣いは気に障るけれど、人なつっこいところは嫌いじゃない。
 とは言え、今はタイミングが悪かった。
「何?」
〈あー、何か機嫌悪くないっすかー?〉
「別に。」
〈あれですか?何かありましたかー?〉
「ただ単に寝起きなんだよ!」
〈えー、もうお昼過ぎましたよぉー。〉
「用は何なんだよ(怒)!」
〈怒んないで下さいよー。〉
「お前の話し方によるな。」
〈分かりましたよ、もー。それで、拓さん今日予定できました?〉
 いちいち腹立たしい言回しだ。でもさすがに「今日」空いてるとは言いづらい。
「回りくどいな、何かあるなら言えよ。」
〈いやね、今日遊びに行くんですけど、拓さんもどうですか?〉
「おっ、お前、今日は俺は色々…だろ?」
 うわずってしまいそうな声を押さえ付けて、どうにか普通の声で答えた。
〈え、あの件なんとかなったんですか?〉
「まあな。」
〈そうですか。そしたら拓さんも予定ありますよね。実は、今日彼女と彼女の友達と3人で遊ぶんですけど、拓さんもどうかなぁなんて思ったんですけど…。〉
「わ、悪いな。」
〈そうっすか。残念です。〉
「てかお前、両手に花とはいい身分だな。全国の独りで飢えてる男共に殺されるぞ。」
〈まぁそれは気を付けますけど、拓さんも楽しんでくださいね♪〉
「お前に言われるまでもねぇって。」
 携帯をたたむと今度は溜め息が出てしまった。
 もちろん予定なんかまだないんだ。
 でも、それは僕のせいだ。僕がちっぽけな意地なんか張らなければよかったんだ。
「拓大好きぃ。」
「なっ、何言ってんだよ!」
 まったく文どころか谷さんにまで心配されるなんて、僕も焼きが回ったな。変な言葉覚えやがって。
「俺も谷さん好きだよ。」
 谷さんは僕には構わず毛づくろいを始めた。結構憎たらしい奴だ。
(なんだよもう。)
 心の中で毒づきながら、携帯をもう一度開いてアクセスしてみる。
(やっぱり駄目かな?)
 勝手な縁起なんか関係ないはずなのにやっぱりこだわってしまうのは、僕が意地っ張りだからだろう。
 空は恨めしい程の快晴だった。



 一日早いケンタのチキンや誕生日兼イブイブケーキを食べ終わると、塞がっていた口が思い思いに喋り出す。
 僕等は部屋の端の方に陣取っていた。
「そりゃやっぱ拓が悪いっしょ。」
 僕が話し終えて最初に口を開いたのは宮(みや)だった。
「原因はどうだろうと、その言い方は酷いんじゃない?」
「私もそう思うな、それにその原因の原因は拓にあるんでしょ?」
 明(めい)も隣でうなずきながらそう言った。
 確かに最近忙しかったり疲れていたりして、つれない態度だったのは僕が悪い。
(それにしても…。) 
 僕は思わず笑ってしまった。
「何で責められてニヤニヤしてんだよ!」
 そう隣からツッコミを入れてくれるのは、今日は人一倍赤くなっている香(こう)だ。
「こんな所でMっ気出さなくていいから!」
「ごめんごめん。いやさ、昨日な、仕事先の後輩にも同じこと言われてさ。」
 昨日の仕事納めの後にした忘年会で、なんとなく文とそういう相談になり、言い方が悪い、だの、原因の原因、だの言われてきたばかりだったのだ。
「皆がそう言うって、つまり客観的に見て悪いのは拓だってことじゃない?」
 治(はる)の厳しい一言に僕は黙るしかなかった。ぐうの音もでなかった。
「とにかく勝負は明日だね。タイミングもいいし、言い方の事だけでも謝った方がいいって。」と宮。
「俺そんなに悪いかな?言い方だって…」
「ガタガタ言ってっと今すぐ電話させっぞ♪」
「いや、今何時だよ!遅すぎるよ!」
 笑顔が逆に怖い香に、すかさずツッコミを入れる治。久々に集まっても中々いいテンポで面白い。
「とにかくだ、自分に非が無いと思っても、話せなきゃ意味ないんだから、男の方から先に折れてやれや。」
 僕の向かいにいた棉(めん)が腕組みしながら、少し低いトーンで言った。少し悔しいけれど、どっかりとしていて結構迫力がある。まるで、どっかの原人みたいだ。
「でもなぁ…。」
「じゃあ明日雪になったら電話するっていうのはど〜う?」
 香より赤い顔して寝ていた仗(じょう)が、いきなりそう言って起き上がってきた。
「仗!寝てなくて大丈夫?」と治。
「大丈夫大丈夫。俺は主役よ♪」
 今日は仗の誕生日をきっかけに、久しぶりにみんなで集まっている。
 今日の主役はみんなの席を回って飲みまくっていたけれど、大丈夫だろうか。
「じゃあ雪降ったら連絡ってことで。」
 とりあえず面倒臭くなさそうな案に飛び付いてみた。
「おいおい、そんなんでいいの!」
「じゃあ宮だったら素直に謝るのかよ。」
「うーん。どうだろ…。」
「悩むだろ?な。だからそういう時は運にまかせるんだよ。」
「そんなんでいいの?」と治。
「そんな賭けみたいなことしないで素直になれよ。」と棉。
「俺、携帯で天気予報見られるよ。」
 話していた皆がいっせいに香の携帯を覗きこむ。
「えぇと、明日は晴れ時々曇りで10%」
「ハァ〜。」
 ため息がこんなにハモったのは初めてだったと思う。



「今年?今年は仕事だよ。」
「え!仕事!」
「特別給出るんだよ。コスプレとかするんだって♪ん?何ぃ?」
「何ってお前さ…。仕事と俺とどっちが大事なんだよ。」
「何か普通立場逆だよね(笑)。」
「笑うな!なんで俺に相談してくれないわけ!?」
「だって最近構ってくれないから。」
「そうだけど、今度は特別な日だろ?」
「この間の特別な記念日忘れたのそっちでしょ?一緒に住むようになってから拓変わっちゃったよ。前みたいに優しくなくなっちゃったし。私に慣れちゃったっていうかさ。」
「…だけか?」
「何?」
「言いたいことはそれだけかって聞いたんだよ。てか、それだけあれば十分か。そんなに文句あるなら出て行けよ。」
「え?」
「いつもいつもガミガミいいやがって、うるさいったらありゃしない。お前に小言を言われるの、もううんざりなんだよ。お前みたいのと来週末過ごしたいと思えないしな。」
「ひどいよ。」
「ひどいか?でも本心だ。お前なんかなぁ…」
「もういい。出てく。」
「上等だよ!もう帰ってくんな!!」

 最悪の寝起きだ。どの位寝ていただろう。高く上がっていた日はもう落ちていた。
 お笑い番組が始まっている。
 とても見る気にはなれなかったけど、とりあえず2DKが静まりかえるのを防ぐのには役に立った。
 確かに悪いのは僕だ。でも、向こうの言い方だって誉められたもんじゃない。それに、今更何て言えばいいんだ。
 番組が終わってテレビを消すと本当にシンとした。油断したら涙が出てしまいそうになるくらい音がない。
 思い出したように谷さんに餌をやる。
「谷さんごめん。少し遅れた。…謝るから、…謝るから声聞かせてくれよ。…頼むよ。もう辛いんだ。」
 谷さんはたまにキョトンと僕を見つめる以外は、餌に集中している。
 たまらずラジオをひねると、聴き覚えのあるイントロが流れた。
 Skoope On Somebodyの冬の曲、『Joy&Happiness』だ。
 シンプルなコードに静かなハイハイハットが重なっていく。
「会えなくても構わない。心が近くにあれば。」
「離れてても届くはず。心の場所がわかれば。」
 歌詞を聴いて感じるものを探す。
 僕はきっと心が離れていた。心の場所を忘れていた。彼女はそれを気付かせようと、怒ることは得意じゃないはずなのに、指摘してくれた。
 それなのに僕はただ煩わしがるだけで、気付けなかった。拒絶さえした。
「拓大好きぃ。」
 ようやく鳴いた谷さんの声が、僕の気付いたことは正しいと証明しているようだった。
 そういえば、彼が来たのはこの部屋に越して来てすぐだった。インコの名前をどうしようか散々迷って、結局二人の名前から一文字ずつとって「谷さん」にしたっけ。
 あの頃は衝突も多かったけど、ちゃんと話し合ってその都度解決していった。生きることに一生懸命で…。
 そうなんだ。僕に今足りないのはそういう気持ちなんだ。
 すぐ電話しよう。まだ聖なる夜は終ってはいない。
 今回は遅くなったけど、また一緒に生きたいんだ。
 気付くと外はすっかり白く染まって、外灯を反射していた。
「おせぇよ。」
 また思わず口に出てしまった。

 やがて、すっかり耳慣れた声が言った。
〈拓大好きぃ。〉




[終]