クランベリープリンセス
著者:創作集団NoNames



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 アンダーネット、と呼ばれる空間がある。
 まず、一般では入ることができない、通常の自由空間ネットから特殊な方法を経て潜り抜けられるまさしく違法の空間。パソコンがまだ情報端末機器だった時代からあった空間だが、その時代とは比較にならないほど、その入り方も内容も常軌を逸脱している。
 8つのIDキーを打ち込んで、情報屋『ジン』はその闇の空間のきざはしに降り立つ。
 この空間には馴れたものだったが、やはりすぐ目に付く情報は人権を無視したものばかりだ。人身、臓器売買はもちろんのこと、少し路地裏に入れば軍の内部から漏らされている情報でさえ手に入れることが可能だと言われている。
 ジンはその穏やかではない通りをすべるようにくぐり抜けると、一件の店へ辿り着く。
『SNOWFLAKE』
 店の名前は可愛げなものだが、仮にもこの通りに存在する店がまともなわけがない。
 ジンは入り口のキーコードをさらに打ち込むと、するりとその入り口のない店の壁を通り抜けた。
 まるで喫茶店のような広さのこじんまりとした店内には、数人の同業者がいろいろな情報を交わしている。ここにいる全ての人間がジンと同じレベルかそれ以上の情報屋であり、実際の顔馴染みもここでたまに出会うことがある。
 案の定、知り合いの一人『ピュアレア』が入り口付近に突っ立っていたジンに近寄ってきた。
「ジン、久しぶりだねぇ。ずいぶんごぶさたじゃないか」
「そうか?ここのところ立て込んでいたからな」
 そう言ってジンが頭を掻くと、ピュアレアは微笑んだ。
「ああ、そういえば先日の中華圏ブロック内での抗争の情報戦争で頭を痛めていたねぇ。あっちはケリがついたのかい?」
「まだだ。最近東南アジア経済圏との小競り合いが多くてな。今回の香港での抗議デモで代表も大変らしい」
「ジンは中華圏好きだからなぁ、肩入れするのも分かるけど、ほどほどにしとかないと捕まっちゃうよ?」
 ピュアレアは肩を竦めて溜め息を吐いた。
「俺が捕まるようなタマに見えるか」
「うんにゃ」
 ピュアレアはそういってまた笑ったが、すぐに真顔に戻る。
「でも、ここに来たってことは何かをさがしに来たんだろ?話だけなら聞いてあげるよ」
「ああ。だが、多少まずいヤマだ。できるだけ情報も信憑性の高いものがいい」
「なら、マスターに聞くのが一番だね」
 ピュアレアは言うが早いがカウンターへ駆けていった。
 それに、ゆっくりとジンが続く。
「マスター、ジンが来たよ〜」
 うれしそうな声に、カウンターの奥のほうからのっそりとマスターが姿を現す。九十八年目のこの『SNOWFLAKE』の管理人にしてアクアブルー、ブルーラベルという偉大なる先代に続いているために、三代目とも呼ばれる。飛び交う情報の真偽や信憑性を分けるのにはとても強い。こうしてアンダーネットに店舗を持つ情報屋の安定感としては一、二を争ってレベルが高い。
「よう、ブラックラベル」
 ジンはマスターに軽く手を上げた。マスターは軽く会釈をすると、微笑んだ。彼が三代目を襲名する前に名乗っていた名を知るものはもはや少ない方に入る。
「お久しぶりですね、ジンさん。お変わりは?」
「この通りさ」
「それより、早い所今関わってるまずいヤマってのを教えてよっ!」
 隣に越しかけたピュアレアが待ち切れないと言った表情でジンに迫る。
 ジンは一度咳払いをすると、マスターのほうを向いた。
「ご注文ですか」
「ああ。マスター、『魔女』についての情報が欲しいんだ」
 言葉が終わらないうちに、マスターとピュアレアの二人が顔を強ばらせた。
「………魔女、ですか」
「魔女って、あれだよね?」
「そうだ。八十年前に絶滅しかけた、アレだ」
「まだ、いるんだぁ?」
 半信半疑、といった表情でピュアレアがジンの顔を覗き込む。
「なにせ八十年も前の話だ、ここらへんでも流れている噂はごくわずか。マスターのお前なら、先代、先々代から受け継いだものが少しあるだろう?」
「ですが………」
 マスターは珍しく気弱な態度でジンを見つめた。
「値段はそれほど高くなかろう、誰もが必要としない情報だからな」
「ジンさんならタダで譲ってもかまいませんが、ネタがネタですからね…………」
「でもでもっ、いったいどういう風の吹き回し?いきなり『魔女』、だなんて突拍子すぎてジンのカラーじゃないよ?」
 それには、ジンは答えなかった。
 珍しく熱くなっているのは、ジン自身が感じていることだった。
 過去が、あの時の過ちを繰り返すように歯車を回す。
 八十年前から派生したあの出来事を繰り返すかのように。
「頼む」
 ジンの声の後、短いため息と共にマスターは口を開いた。
「ジンさん、念のために聞いておきますが、八十年前には生きてませんでしたよね?」
「当たり前だ、そんな年寄りにするな」
「でも先代の顔馴染みなんだから、結構お歳なんでしょ?言葉だけ若作りしたって、バレてるよー?」
 ピュアレアがからかうと、鋭い視線が彼へ飛んだ。
「なら敬っとけ。とりあえず経験だけはお前に勝ち目がないんだから」
「へーい」
「で、話を続けてもいいですか?」
 横から割ってはいるように、マスターが声を出した。
「悪い、続けてくれ」
「今ぱっと調べましたが、魔女に関しての記述は、過去の記述履歴でも大した本数は語られていません。それは全部ジンさんのほうへおみやげとしてまとめておきますから後で目でも通しといてください。箱も何個かありますが、信憑性については時効ものですから信用はできませんよ」
「何個だ」
「六個です。その内、爺様と親父が絡んだのは、四件。どれも機密事項としてシールされていますが、無効ですね。四件はすぐ出ます」
 マスターはカウンターの上にいきなり手品のように銀色の箱を出現させると、箱の取っ手についていた古めかしいシールを剥がした。これはチャットの記述履歴に残る全ての人間が最後のアクセスから3年を経過した時点で時効となる。三代目もかなりいい歳なので、初代、二代目は当然死んでいる。
 箱は、個人や団体所有(ただしこの世界へ入るのは大体個人なので団体はめったにない)名義で登録され、その重要度、頻出度合いによって値段が釣り上げられる。無論値段によっては法外な情報料を取られる場合もあるが、箱を管理しているのがブラックラベルであるため、それだけ信用度の高い情報だと言うこともできる。
 箱に納められていた赤い表紙の本をマスターは二つに分裂させると、ジンへ片方を手渡した。
「あ、僕も見たいな。マスター、コピー頂戴」
 マスターがまた同じように残ったほうを分裂させて手渡すと、ピュアレアも本の扉を開いた。
「この箱には爺様と親父の名義の箱ですから、残りの二件ですが、どうしますか?」
「ああ、それも頼む」
 書類を左から右に読み飛ばしつつ、ジンはマスターへ告げる。
「そっちは高いですよ。なにせガセとはいっても元が元ですからね」
「構わん」
「まいど。それじゃ今取ってきますから、少し待っててください」
 マスターはのっそりとカウンター裏へ消えた。
「ねぇ、これって………」
 本をいくらかもみないうちに、ピュアレアが隣のジンへ声をかけた。口調がかなり不安げな様子からも、先代が仮にも機密事項としてまで封印していたものの重要性が分かる。
「ああ」
 視線を反らさずに、ジンは答えた。
 マスターが言っていた書類は四つまとめて一冊の本という形態を取っている。一つ目は魔女がこれまでに歴史上へ登場した経緯等をまとめているものなのであえて飛ばしたが、二つ目以降の先代と先々代が共著している文章にジンは目を留めた。
『科学時代の魔女』
『第二次魔女狩り遍歴』
『魔女の存在意義』
 まるで、魔女の研究者のようなタイトルだった。
 先々代とも若い頃に世話になった覚えがあるが、まさかこのような一面が飛び出るとは思わなかった。おそらく八十年前を知っているであろう人物が遺したが裏の世界にもでることがなかった禁忌の書物なのだろう。
「どうです?」
 奥のほうからマスターが同じような箱を二つ持って戻ってきた。
「………まさか、マスターまで研究者なんてことはないよね?」
「は?」
 マスターがピュアレアに間抜けな返答を返す。
「こいつまでそういう類なら、わざわざこんな資料を見せたりはしない」
「やはりですか。あの二人はオカルトっぽいところがありましたからね」
 マスターはあくまで他人事のように言い放つと、箱を置いた。
「さて、どちらから交渉してもらえますか?」
「どっちも言い値でいい。時間がない」
 即答された答えに、マスターは目を丸くした。
 通常、情報屋がその情報に価格を着ける場合、大体値切られることを予想してかなり高めの売値で情報を売る。つまり、言い値で取り引きされることなど、まず有り得ない。
 マスターと同様に目を丸くしていたピュアレアは開けていた口を我に返して閉じると、食って掛かるようにジンに声を荒げた。
「どうしたの、ジンらしくないよ!」
 黙ったまま闇になっている情報格納庫へ視線を泳がせて、ジンはぽつりと呟く。
「これは、俺に与えられた復讐なんだ」
「………?」
「穏やかじゃないですね、ジンさん」
 普段の柔和な表情を崩し、険しい視線のマスターは残る二つの箱をジンの前に置いた。
「二つとも、軍関係者が路銀の足しにと売ったものです。信憑性はそちらよりは低いかと思われますが、先代が価格を下げていないところをみるとおそらくまったくの嘘、という裏づけは今の所出ていないのだと思います」
 ジンは無言のまま、差し出された箱に手を伸ばした。
「ジンさん」
 不安そうな目で、マスターが呟いた。
「ここはアンダーな空間で、普通では手に入らない情報が手に入ります。それをどう使おうが、それはジンさんの勝手ですけど、敢えて言わせてください」
「…………」
「気違いと思われるかも知れませんが、確かに魔女は存在したんです。理由は知りませんが、八十年前に弾圧されるほどのことをするだけの存在だったんです。だから………」
 一拍おいて、マスターは続けた。
「僕は、その箱の中身を知っています。だから、その箱の中にあるものがなんであっても、この社会全てを敵にすることだけは、やめてください。でないと、僕は全力でジンさんを潰しに掛からなくてはなりません」
「………せ、世界が壮大になりすぎてるよ、二人とも」
 いつもは見せないマスターの眼光に、ピュアレアがたじろく。
「約束してください」
「…………分かった」
 小さく、マスターに聞こえるか否かの声を吐いて、ジンはその箱を手にとった。




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