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「…………」
シルバは無言のままその場に立ち尽くしていた。動かない。改は地面に顔をつけたまま微動だにしなかった。
「死んだ‥か、まさか人間…ごときがここまで、しぶといとは…」
シルバは口元から血を流していた。肉体の内部から破壊されたのだ。いくらなんでも障壁は張れなかった。
「危うく、死を覚悟するところだった」
シルバは自分の肉体の損傷を確かめながら呟く。外傷には大したものはない、しかし、内臓はボロボロだった。だが、生きている。
「ここで石を失ったのは惜しいが、あれさえ手に入れれば、こんな傷…」
シルバは真紅の石の治癒力を使い命からがら取り留めたに過ぎなかった。どちらにしろ魔力を使い切っている今の彼女にはこのままではただ、静かに死を迎えるしかなかった。
安定しない足取りでジンたちの後を追おうと動くが、すぐに転び顔に土を被った。
「私がこんな所で‥嫌だ、死にたくない。私は、私を受け入れてくれる…世界をつ、作るんだ」
シルバはまるで子供戯言のようなことを言いながら地面を這った。その姿に先ほどまでの余裕は感じられない。
『…可哀想な人…』
シルバの脳に直接言葉が響く。
『あなたは、昔から一人だったのね。誰にも頼らず、頼られず。誰も好かず、嫌われ者を演じてきた―――』
穏やかな声、透きとおるような澄んだ優しい女の声。
「何が悪い。誰も私を認めようとはしないのよ、それならいっその事――」
『全てがなくなればいい?』
「そうよ!!私にはなにもいらない。だから私はあの石を使って――」
『世界を滅ぼそうとしていた』
「いちいち私の言いたいことを言わないで!!」
『あなたは何をそんなに怯えているの?』
「怯える!?冗談じゃないわ!わ、私が何を怯えているって言うの?」
『あなたは、幼すぎた。世界を知るには早すぎて、世界はあなたには広すぎたのね』
「何を言うの!私は銀髪の魔女、五大魔女に名を馳せるものよ!」
『それは周りの者よりもあなたの力が少しばかり大きかったから。あなたの幼さを誤魔化せる証明にはならないわ』
「何よ、知った風なこと言わないでよ!!」
『私はあなたのことを知っているわ、あなたが赤子の頃からずっと、シルバリシア、いいえシルキス=アストリシア』
「なぜ!?その名は当の昔に捨てたはず…」
『そう、あなたはその名を捨てた。裏切り者のアストリシアの名を、魔女の名を捨てた一族の名を――』
「そうよ、私はその名が嫌いだった。代々魔力の弱い一族。人間の中で普通に生きることしか出来なかった弱い一族。仲間が殺される中、ただ傍観するだけの一族に私は憎悪を抱いた」
『あなたは優しすぎたのね。もし一族の目的を知っていれば‥いえ、済んでしまったことはしょうがないわね。あなたは大人を演じ、魔力を増やす方法を学んだ』
「魔女は魔女を捕食することで魔力を得る。それが最も単純で簡単な手段。魔女の集落を見つけ、愚かな男どもは私に魅了され、そして弱い魔女は力を得た私を崇拝するように付き従った」
『それから気付いた。あなたは一人だと――』
「そう私には何も無い。私は世界を支配できる。だがそれも価値は無い。だから世界の幕を閉じようとした」
『シルキス。あなたは勘違いしている。あなたには何も無いなんて、今の状態で本当に思える?』
「な、なにを…」
シルバは薄れ行く声を追いかけようとするが何も出来なかった。
「…う、ううう」
シルバは失いかけていた意識を取り戻した。そしてある感覚を覚えた。温かい、大好きだった母に抱かれているような感覚。忘れかけていた温もり。
「気がついた!大丈夫?」
子供の声、さっきまで話していた声とは違う。シルバは目をゆっくりと開く。
「お、お前は…エ、エルドラウトの…ゴホッ!ゴホッ!」
シルバは喋ると肺に痛みが刺さった。
「まだ喋らないほうがいいですよ。普通なら死んでてもおかしくないんですから」
子供の声、その正体はミルだった。
「貴様、どうしてここに?逃げたはずでは」
「しょうがないでしょう、この娘ったら目が覚めるなり戻れって暴れるもんだから。仕方なく戻ってきたってわけ」
香澄が改の症状を見ながら口をはさむ。
「まったくだよ、おかげで俺はすっかりダンディな顔が傷だらけだよ」
ジンは顔を引っかき傷で赤くなっていた。
「敵である、私を、どうして、助けた?」
シルバは起き上がろうとするがそれをミルが強引に抑えつけた。
「まだ、起きないでください!もう少しで終わりますから」
シルバは気がつかなかったが周囲を緑の穏やかな光が包んでいた。
「この光が…そうかシセ、あなたが…」
シルバは悟ったように小さく微笑む。
「それよりも、男のほうは大丈夫なのか?貴様らの仲間なのだろう?」
「その心配はいらん」
傍で年老いた声が聞こえた。
「ラウゼン生きていたか」
「もともとあの程度では死なんよ、坊主は儂が治療した。表面的には致死量のダメージだったが治療は簡単だった。お主の受けた内部のダメージの方がひどかった」
ラウゼンは疲れたといった感じでシルバの真横に腰掛けた。
「小娘、どうして私を助けた」
「どうしてって…分かりません。でも石が貴方を助けたがったのが分かりました」
ミルは光を放つクランベリープリンセスをシルバの目の前に見せる。
「愚かだね、敵の前にその石を見せるなんて」
『!』
一同が瞬時に強張る。
「貴様まだ!」
ラウゼンが構える。
「大丈夫です!あなたには敵意を感じない」
ミルがラウゼンを抑える。
「おやおや、なかなかだね。もはや私には戦う力は無い」
シルバは大人しく、その石の光を見ていた。その目はどこか悲しそうだった。
「シセ、お前は私に何を気付かせたかったのかね?」
シルバはその答えに気付いていた。
「皆!改が気付いたよ」
香澄が叫ぶ。
「本当か!良かった…」
ジンが改の所へと歩み寄った。
「娘よ、お前は行かないのか?」
「大丈夫です。私は改さんを信じてましたから」
ミルが元気に応える。
「私はその男を殺そうとしたのだぞ?恨まないのか?」
「恨む?そんなことして何が良いんですか?お互い傷ついた。それなのにまだ争いを続けるの?」
ミルは理解できないといった感じで逆に質問してきた。
「ふふ、私にも分からん。すまんが暫く休んでもいいか?意識が遠のいてきた」
シルバは再び目を閉じた。
「そんな!治癒は働いているのに!起きてよ!」
ミルはシルバの言動に動揺した。
「大丈夫だ、ただ疲れているだけだ。休ませれてやれ」
ラウゼンが取り乱すミルに言う。そして温かい光は徐々に薄くなり、やがて消えていった。
「ミル!どうして…」
ミルの後ろから改がジンの肩を借りながら歩み寄った。
「改さん!無事でよかった」
ミルが嬉しそうに飛びつこうとした瞬間。パシッ!乾いた音が響く。
「どうして俺の、いや師匠の言葉どおりにしなかったんだ!もしかしたらお前も殺されていたかもしれないんだぞ!」
改が大きな声で叱り付ける。その目には涙が浮かんでいる。
「もし、ミルを失ったら…俺は…」
改はジンの肩から離れると、脚がもたないのを承知でミルの前に立った。
「改さん…でも私だって改さんのことが心配で…」
痛む頬を押さえながら。ミルも涙を堪えていた。
「その気持ちは嬉しかった。意識が薄れる中皆が助けに来てくれたのは本当に嬉しかったよ…でも、危険を無視するのは…俺は!」
改は膝が砕けるように倒れようとしていた。
「改さん!」
ミルは倒れる改を抱くようにして助けた。
「…ありがとう、嬉しかった…」
耳元で小さく呟くと、改も目を閉じた。
風は穏やかさを取り戻し、自然は活力のある息吹を取り戻そうとしていた。
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