「利用した者、させた者」
著者:創作集団NoNames



   −3−

 十三時三十二分・喫茶「HIDEKI」

 耕二は自分の腕時計を見ると、窓の外を見て一度溜息をついた。
 昼の書き入れ時を少し過ぎて、店内はさっきの混乱が嘘のように静まり返った。今さっきまでテスト最終日明けの高校生が隣のテーブルで談笑してうるさかったが、それももう今はない。
 ウェイターもよほど暇らしく、事あるごとに水を補充しにやってくる。
「遅いな」
 もう一度時計を見ながら、耕二は呟いた。
 待ち合わせが一時半だったから、呼び出した当人が遅れているわけだ。
 少しそわそわしながら、まだ現れる事のない靖子との姿を喫茶の入り口や窓の外に探してしまう。
 時計の針の動きが、やけに耕二にはわずらわしく感じられた。
 電話がかかってきたのは、午前ももう終わろうかという昼前の時刻だった。声がやたら興奮しているところから、おそらく鯉墨側に津島の話題が利用する者辺りから経由されて回り巡って幸太郎の耳に入って靖子に来たのだろう。
 電話で話すのはなんだし、今までの御礼もしたいと靖子の申し出を断りきれず、耕二はこうして彼女を待っている、というわけだ。
 だが、待ち合わせの時間になっても、一向に靖子が現れる気配はない。
 利用する者がいる限りは今の状況に安心などというものが微塵もないことは痛感してわかっているだけ、この遅れが非常に耕二をいらいらさせた。靖子が何らかの事件に巻き込まれていないとも限らない。
 とりあえず、何も頼まないのは店側に失礼なので、先にアイスティーを頼んでおいた。
 ウェイターが下がると、耕二はまた窓の外へ視線をやった。
 商店街の街を行く人々がさまざまな顔をして通り過ぎてゆくのが見える。
 今、自分があのなかにいない。
 第三者として冷静に、かつ無感情に彼らを見ている自分がいることに気づく。外から見て初めて分かる世界。
 だが、こんな感情を感じるくらいならば、自分はあの世界へ帰ったほうがいい。
 それが、利用する者と自分の根本的であり、決定的な差だった。
 利用する者が意図していない展開で、物語を終わらせる。
 それが耕二が利用するものに対して行う計画のプランだった。
 亀裂がだんだん大きくなるように、彼が積み立ててきた計画は一見傷がないように見えて、実は耕二やその他の影響を見落としているためにかなりボロボロだった。
 あと、利用するものが動けば動くほど、計画は耕二の有利な側へと働いていく。
「……もうすぐだ」
 耕二は、あの時理沙に向けたのと同じ笑いを浮かべた。
 その時、入り口のガラスの向こう側に、靖子が現れたのが見えた。
 靖子はこちらがわに少し恥ずかしそうに手を振ると、ゆっくりと近づいてきた。
「ごめんなさい、遅くなっちゃって」
「いいよ、先に来すぎちゃったから、先にオーダーしちゃったけど」
 靖子は納得したようにうなずくと、仕事だとばかりにアイスティーを持ってやってきたウェイターにカフェオレを頼んだ。
「それで、なんとかなりそうなんだって?」
 少し含みのある笑いを返したあと、少し陰のある表情で靖子はうなずいた。
「………ええ、たぶん耕二君があの書類をうまく使ってくれたおかげだと思う」
「僕はあの書類の裏にかかれてあった利用する者からの指示をこなしただけだよ。あとは彼の電話で残りの指示どおり動いただけ」
「彼から、電話があったの?」
「ああ。何度かね。実際あったわけじゃないから、どんな奴かは知らないけどね」
「そう………。でも、私のところには電話がないなんて、おかしいね」
「なかったの?電話」
 靖子は軽く首を縦に振った。
「うん」
「そう………」
「あ、そうだ。忘れないうちに」
 思い出したように、ハンドバックの中から、靖子は綺麗にラッピングされた小包を取り出した。
「これ幸太郎さんと私から」
「え?」
「途中であの人が出てきてから、だいぶ変なことさせられたんじゃない?だから、お礼の意味もこめて、ね?」
 そういって、靖子の両手が小包を押し出した。
「受け取れないよ。特に君達はこれからお金がかかる時期なんだから」
「でも……私、耕二君に何にもしてあげられてないから、せめて」
「そんなことはいいんだ。別に何かを目的にしてやっていたわけじゃないんだからね」
 そういって、耕二は小包を押し返した。
「……やっぱり、受け取って。そうでないと、なんだか公平じゃないような気がするの」
「……?」
「理沙さんにも、やっぱりそれなりの償いをしないといけないような気がするし」
「………靖子さん」
「私達が原因であることに変わりはないはずだから。だから、言い方は悪いけど、口止め料くらいにとってもらえれば、いいの。それにしてみれば、安いものでしょう?」
 なんとなく釈然としない説明だったが、とりあえず靖子がこれで精神的な終結をいくらか手に入れるのだろう。
 耕二は靖子の気持ちを汲んだ。押し返した小包を引き戻して、しっかりと手のひらの中に包み込む。
「分かった。これは、受け取っておく。この事件は、墓まで他言無用だ」
 そこまでいうと、ようやく靖子がほんのりと笑みを浮かべた。
「うん」
 小さく、靖子が頷いた。
 可愛いと形容するときもあれば、綺麗と形容しても差し支えのない女性が靖子だ。
 その感情の変化に、幸太郎もやられたのだろうか。
「………」
 あぶくのように心の底に浮かんだかすかな思いを打ち消す。
 自分は、靖子の前では最後まで一番末端であることを演じよう。
 耕二はアイスティーの残りを飲み干すと、レシートをもって立ち上がった。
「これで、君と俺の話は終わりだね」
「え?」
「肩書きがなくなれば、理沙は幸太郎と結婚する必要はもうないんだから。君は君で幸せにやればいい。僕も、もう元の生活に戻るよ」
 少し残念そうな顔の靖子が、ポツリと切り出した。
「………また、逢える?」
「この街で歩けば、たぶんすれ違うと思うよ。午後4時にラジオ局の前とかね」
 靖子が微笑んだ。
「そう」
「それじゃ、またどこかで。幸太郎さんによろしくね」
 それだけを言うと、耕二はHIDEKIを出た。

「さあ、ここからか」
 小さくつぶやいた言葉は、決意に満ちて少し震えていた。




[第六章・第二節] | [第六章・第四節]