「雨神ファイル3 〜奇妙な暗号文の謎〜 <後編>」
著者:雨守



1-

PM 7:00
 ようやく陽は落ちて、涼しい風が優しく頬を撫でる。

「うーん…」
 雨神探偵は数秒毎に唸りながら、夏川の残して言った手紙とにらめっこを続ける。
「雨神さん、珈琲です」
 真央が雨神探偵の目の前にカップを差し出す。
「お、ありがとう」
 雨神探偵は差し出された珈琲を一口すする。
 その瞬間…
「ぐはっ!」
 その黒い液体を勢いよく吹き出した。
「泉川君、なんだこれ。めちゃくちゃ甘いぞ!」
「はい、雨神さん仕事のし過ぎで疲れてると思って、少し甘めにしておきました」
 真央は得意げな笑顔で言う。
「甘めって…、この甘さは尋常じゃないぞ。角砂糖いくついれたんだ?」
「2つですよ?」
「それだけか?」
「あと、ガムシロを16個…」
「飲めるか!!」
 真央が言い終わるより早く、雨神探偵がデスクを勢いよく叩く。

「あ、お砂糖足りませんでした?」
 真央は何がおかしかったの?と言わんばかりのきょとんとした表情で言う。
「いや、もういいや…」
 雨神探偵はがっくりと肩を落とし、再び例の手紙に視線を戻す。
「あれ、例のラブレターまだ見てるんですか?」
「ラブレターじゃないっての!」
 雨神探偵はもはや面倒くさそうに突っ込む。
「どうしてもこいつの意味がわからなくてな…」
「どれどれ、私にももう一度見せて下さい」
 真央は雨神探偵の横から、一緒に手紙の文面を覗き込む。


『バラバラなのは、なす。
 ちりぢりなのは、泣き声
 神様に聞く、でもわからない。
 現実逃避、回りすぎてさよなら。

 あなたはいなくなる…
背後の翼を残して…

 私はそれを拾い集め、捧げる』


「何かの歌の歌詞みたいですよね」
 真央が首をかしげながら言う。
「ふむ、そうだとしても、何の為にこんな物を手紙に書いたのか意味がわからんよ…」
 雨神探偵はため息をひとつ。
 依頼人の夏川が帰ってからずっとこの手紙について考え続けているが、いっこうに手
掛かりが掴めないのだ。

「バラバラのなす…、ちりぢりの泣き声…」
 いつの間にか、真央もその手紙の解読に熱中していた。
「こういう暗号文ってさ、普通は文面自体にあまり意味はない事が多いんだ。
文字の並びとかに一定の法則があったりして、それがどこかの場所を示していたり…」
「でも、普通ラブレター書くのにわざわざそんな回りくどいことします?」
 真央が手紙を眺めながら言う。
「お前もこだわるな。一体、これのどこがラブレターだって…」
 と、言いかけて、雨神探偵は止まる。

「ん?」


「ラブレター…?」
 そして雨神探偵は突然、手紙を真央から奪いとって、何度も声に出して読む。
「雨神さんどうしたんですか?」
「そういえば、この手紙って、差出人の名前はともかく、相手の名前すら書いてない
よな?」
「ああ、そういえば…」
 雨神探偵は少し興奮気味で話す。
「この手紙を受け取った人物、つまり、依頼人の名前は…夏川…花…」
「雨神さん?」
「わかったぞ!この手紙の意味が!」
「ホントですか?」
「ああ。明日、こいつの解読方法を記入した上で、依頼人に送り返そう。今回はそれで
事件解決だ」



-2-

 翌日。
 天気の良い夏の午後、蝉の元気の良い泣き声が街中に響き渡る。

「雨神さん、珈琲です」
 真央が雨神探偵の目の前にカップを差し出す。
「お、ありがとう」
 雨神探偵は書類に目を通しながら、差し出された珈琲を一口すする。
 その瞬間…
「ぐはっ!」
 その黒い液体を勢いよく吹き出した。
「泉川君、なんだこれ。めちゃくちゃ苦いぞ!」
「はい、雨神さん昨夜は遅くまで仕事してて眠いかなって思って、苦めにしてみまし
た」
「苦めって…尋常じゃないぞ、この苦さは。インスタント珈琲の粉どれだけ入れたんだ?」
「はい…1、ですけど?」
「1杯?」
「いえ、1袋…」
「飲めるか!」 
 真央が言い終わるより早く、雨神探偵がデスクを勢いよく叩く。

「あ、ちょっと薄かったですか?」
 真央は悪気の全く無さそうな表情で言う。
「もういいよ…」
 雨神はうんざりしながら、書類に視線を戻す。

「ところで雨神さん…」
「ん?」
 真央がふと思い出した様に言う。
「昨日の手紙の件は…?」
「ああ、片付いたよ」
 雨神探偵は忙しそうに、書類に記入をしながら何気なく答える。
「あれって結局何だったんですか?」
 真央がそう尋ねると、雨神探偵はそれを待っていたかの様に少し悪びれた笑顔を
真央の方に向ける。
「何って…泉川君。君が最初に答えに気付いたんじゃないか?」
「え?」
 真央は何を言われているのかさっぱりわかっていない。



『バラバラなのは、なす。
 ちりぢりなのは、泣き声
 神様に聞く、でもわからない。
 現実逃避、回りすぎてさよなら。

 あなたはいなくなる…
背後の翼を残して…

 私はそれを拾い集め、捧げる』

 

 雨神探偵は手紙をコピーしておいた物を、デスクの上に広げる。
「この手紙の読み方はな、最後の3行で示されてるんだ」
「最後の三行って…」
 真央は手紙に目をやる。
「あなたはいなくなる…背後の翼を残して…私はそれを拾い集め、捧げる、ですか?」
「そうだ」
 雨神探偵は胸のポケットにさしておいた油性ペンを取り出す。 
「泉川君。依頼人の女性の名前、憶えているか?」
「えと…、夏川花さん?」
 真央が答える。
「そう、夏川花。この手紙の後から三行目の『あなたはいなくなる…』っていうのは
手紙の中から「あなた」、つまり「夏川花」の名前を消せっていう意味なんだよ」
「はぁ…。でもこの手紙に「夏川花」なんてどこにも…」
 真央が言い終わる前に、雨神探偵は油性ペンで何やら紙に書き込みをする。

「夏川花の名前…つまり、「花」。花の名前を取り除くんだ」

 雨神探偵はそういうと、手紙の中の「花」の名前にしるしを付ける。


『1行目:バラバラなのは、なす。    …ばらばらなのは、な→薔薇、薔薇、菜の花
 2行目:ちりぢりなのは、泣き声    …なのは、泣    →菜の花
 3行目:神様に聞く、でもわからない。 …聞く、      →菊
 4行目:現実逃避、回りすぎてさよなら。…避、回り     →向日葵      
 』
 

「どうだ、各行に花の名前出てくるだろ」
 雨神探偵は油性ペンでしるしをつけ終えた紙を、真央に見せる。
「なるほど…。でも、花の名前全部消しても、さっぱり意味わかんないですよ?」
 真央はまじまじと紙を見つめる。
「ここで最後から二行目、『背後の翼を残して…』。背後の翼。つまり、各行に出て
くる花の名前のひとつ後に位置する文字だけに注目する…」 
 雨神探偵は再び油性ペンで、「花の名前のひとつ後に位置する文字」にしるしを
付ける。
 その瞬間…

「あ!これって…」


 真央はようやく手紙の意味に気付いた。
「そして最後の一行、『私はそれを拾い集め、捧げる』。各行のしるしをつけた文字
だけを拾い集めて、つなげて読むと?」
 雨神探偵の問いに素直に答えて、真央が読み上げる。


「『すきです』」


「そう、つまりこれはラブレターだ」
 雨神探偵が頷きながら言う。
「夏川さんは最近大学のミステリーサークルに入会したらしい。そして、そこで
知り合った先輩と親しくなった。で、その先輩は思い切って、夏川さんに自分の想い
を告白しようと考えたんだが、ミステリーサークルらしく、暗号文のラブレターを
考えたってわけだ。ところが、夏川さんはその手紙の意味がわからずに、ただただ
気味悪がって、俺の所に持ってきてしまった…」
「なるほど。で、その後、夏川さんとその先輩は?」
「めでたく交際する事になったそうだ」
 雨神探偵はそう言い終えると、用済みの手紙のコピーを二つ折りにして、ゴミ箱へ
捨てる。


「雨神さん」
「ん?」
 真央はにやにやしながら言う。
「やっぱり私の言ったとおり、ラブレターだったじゃないですか」
「ん…ま、まあな」
 雨神探偵は少しバツ悪そうに答える。
「何はともあれ、1つ事件が片付いてホッとしましたね?」
「ああ。結局事件でも何でもなかったけどな」
 雨神探偵は疲れた様に、息を吐きながら言う。

「次の仕事にかかる前に、珈琲でもいれますか」

「もう珈琲はいらん!」




[終]
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