「CloseGame」
著者:蓮夜崎凪音(にゃぎー)



−0−

 なんてめぐり合わせなんだろうと、最初は素直にそう思った。
 公式に記録が残る場所で兄弟が戦えるなんてことは、ザラにあるわけじゃない。多分もう、二度とはない。
 今頃、母さんはこの球場のどこかで、多分困ってるだろう。

 でも必ずどちらが勝ってどちらかが負けるのが試合なら。
 今、俺はこの試合にだけは勝ちたいと思うのだ。
 兄とか、弟とかじゃなくて、一人のピッチャーの率直な感想として。

−5−

 投げるのに必死で、すっかり忘れていたことが一つあった。
 高校野球には、DH制なんてものはない。
 つまり。

「ストライク、バッターアウト!」

 七回に交代して、今まで打順が回ってこなかったんだからほぼ残塁なしのパーフェクトで抑えられていたと考えて間違いない。八回にホームを踏んだ一人が唯一の例外だ。
 あえなく三振に倒れた八番の河野先輩が、すれ違い様手短に教えてくれた。
「増田。まだ相手のストレートは伸びてくる。スライダーは速さ落ちる。狙え」
「分かりました」
「大丈夫、伊佐田のボールよりは遅い」
「………はい」
 とはいったものの、打撃はストレート以上に苦手だ。
 球種がわかっても、はっきりいって一四〇キロ台がたまに出る伊佐田先輩クラスではミートですら容易には行かない。一四〇キロといえばむしろもうプロに近い領域だ。
 同じ投手としては羨望と同時に嫉妬くらいは感じる。
 これが同じ顔した弟ともなれば、なおさらだ。

『九番、ピッチャー、増田くん』

 八回にマウンドで聞いたようなアナウンスが、繰り返される。
「お願いします」
 ボックスの前でアンパイアに一礼してから、形だけでもとりあえずバッターボックスに入る。
 まず、足元を慣らす。目は慣れてるから、当てるだけならさして苦にはならないはずだ。
「お兄さん、相手のピッチャーだろ」
 相手の捕手が俺に話しかけてくる。
 とりあえず無視を決め込み、足で地面を蹴りながら、正面を向く。
 マウンドの上の投手は、こちらはどこ吹く風といった様子でロージンをぱたぱたさせながらバックスクリーンのほうを向いていた。こちらには気づいてない。

「功治から伝言」

 冷静を装って、バットを二、三度回してみる。

「"兄貴の勝ちはいらない、手を抜くな"って」

 マウンドの投手と、視線があった。
 さっきと同じ顔なのに、どこか笑っているような顔に見える。

「………"抜いてない"って言っといてくれ」

 バットを静かに、短く持って構える。
 いつまでも終わらなきゃいいのになとか、バカなことを思う。
 とりあえず、粘ってみよう。話はそれからだ。
 投手がロージンを放って、全ての準備が整う。

「プレイ!」

 そうだ。これが、始まりだ。

 ああ、そうだ。ようやく思い出せた。
 アイツは覚えてたんだ。あの時俺がなんて言ったのか。

 ―――俺が勝ったら、その勝ちを功治に譲ってやるよ。



 ざわめく歓声の中、功治の足がやや重たげにゆっくりと、上がった。




[終]


[ 第四節 ]