クランベリープリンセス
著者:創作集団NoNames



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サッチモのジャズの音が外の空間とは異なる世界を作っている。
コーヒーの匂いが立ち込める薄暗い店内。
マスターは先ほどからじっと視線を変えない。
今から、ものすごい何か起きそう。そんな予感がした。
白髪の頭の老人はカウンター椅子に座り、十時間以上前から黙々と書類を読んでいる。
品のいい小さな丸いレンズのメガネをかけてじっくりと読み込んでいる。
店には数人の客がいるが誰も声をかけられない。
そんなオーラを発している。
「ジンさん、コーヒー冷めちゃったんで新しいの入れますね」
マスターが思い切って切り出す。
「ああ、すまねぇ、そうしてくれ」
ジンは書類から目を離さず、そう答えた。
「おれも、5杯目」
となりのピュアレアも、一緒に頼んだ。
カップにコーヒーが注がれる音が加わって、そしてまたジャズの音だけが店内を響く。
「!」
ジンは何の前触れもなく立った。
いきなりのカウンターパンチにマスターはコーヒーをこぼしてしまった。
「どうしたんですか?何か分かりましたか?」
ピュアレアはそう言うと、胸を高鳴らせ、結果を心待ちにする。
だが、ジンの顔は先ほどより青ざめ、書類を持っている手が震えている。
「おいおい、どうしたって言うんだよ。とりあえず座れよ」
ピュアレアはジンの肩に手を回し、落ち着かせようとした。
「いや、そんなことをしている暇はない。急いで行かねば・・・・」
ジンはピュアレアの手を振り払って言った。
「何か事件が今日起きてないか?」
必死の形相にピュアレアは一瞬怯んだが、ただならぬジンの声に急いで携帯を取り出した。
「何が起こったのか知りませんけど、この件が解決したら、何が起こったのか教えてくださいよぉ、ジンさん」
携帯をいじりながら、ピュアレアは話した。
「ああ、ワシが生きておればな」
ジャズの演奏が途絶え、意味深な発言が無音の空間を生み出す。
「ま、まさか、ジンさんが逝っちゃうなんて事ありませんよ。あ、出ました」
そういうと携帯の画面をジンのほうに見せた。
「ワシは老眼だからオマエに頼んだんだ。ちょっとめぼしいヤツを読み上げてくれ」
そういって、ジンは携帯の向きをピュアレアの方へ変えた
「そういっても3千件はあるぞ」
「『ハ・コ・ネ』で事件は起こってないか」
「万引きが1件だけだ。ちょっとまってよ」
ピュアレアは検索の欄に『箱根』と打ち込んでみた。
「相模なら1件ヒットしました」
「どんな事件だ」
ジンはピュアレアの顔をじっと覗き込む。
ピュアレアはスクロールをして要点を絞って説明する。
「相模川の例の裏世界で有名な病院で爆破事件だそうです。なんでも、爆発の後箱根のほうに飛んでいく緑の隕石の目撃情報があるそうで、ここでヒットしています。キノコ雲があがって、死者が多数出ています」
「キノコ雲!」
思わずジンはそう叫んだ。
ジンにはこれがピカだとすぐ分かった。実はピカはジンの発明で身内にしか教えていない代物なのだ。
「それだ!で、時間はいつだ?」
あまりの勢いにピュアレアは辟易する。
「いまから5分前ですが・・・・・」
そう聞くと、ジンはいそいで立ち上がった。
「ジンさん、どこに向かうのですか」
ピュアレアが心配そうに尋ねる。
「箱根だ!」
「危険ですよ、自分の年のことも考えてくださいよ」
今度はたじろぐことなく言った。
「止めてもムダだ。おれはあいつらを見捨てられない。それに、これはおれにとって過去の清算でもあるんだよ」
そう捨て台詞を吐くと、ジンは出口の方へと向かった。
「俺も行きます。なんか良く分かんねぇけど、ものすごい事がおきそうだし、新型の空中移動機があったほうがすぐ着くだろう」
ピュアレアも立ち上がって、ジンの背中の方を見てそう言った。
「来るなら来い。勝手にしろ」
そうは口で言っては見たがとっても心強かった。
「はい!」
そう元気良くピュアレアは言った。
「マスター、ツケといて」
「俺の分も」
こうして二人は急いで箱根へと向かった。




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