クランベリープリンセス
著者:創作集団NoNames



        3

 …木々がざわめき始めていた。それは魔女たちの争いに呼応してか、動物たちの姿が森から消え始めている。
「さぁ逃げなさい。もうすぐここはあなたたちの住める場所ではなくなるのですから」
 銀髪の魔女は瞑想しながら周囲の気配を感じ取っていた。
「人はおろかだねぇ、動物たちは自分の危険をいち早く察知できるというのに…」
 隻眼の魔女が呟いている瞬間、彼女の目の前に一匹の羽虫が通り過ぎようとしてした。
「…愚かなのはどいつも同じか…」
 一閃、羽虫は羽を失い重力に引かれ、その身を地に伏した。
「この愚か者の中で誰が生き残ることが出来るか……」
 魔女は最後にそう呟くと再び深い瞑想に入っていった。


「改さん…」
 ミルは香澄の後ろからシフォリネイテと戦っている改を心配そうに見つめていた。
「大丈夫だよ、あいつも馬鹿じゃない。一度戦った相手に二度も負けるような奴は男じゃないね!」
 香澄は改にも聞こえるようにミルに話した。
「馬鹿、いちいちうるさいんだよ!こっちは今命がけでやってんだ静かにそこでミルを守ってろ!」
 シフォリネイテとのすばやい攻防の中で余裕ともとれる改の言動にシフォリネイテは怒りを交えて言う。
「こっちに集中したらどうなんだ、まだ片腕は万全ではないのだろう?」
「別に驚いていないみたいだな?腕がたった数日でまともに動くことに…」
 改はシフォリネイテの魔力を秘めた拳をかわしながら自分のペースへと持ってきていた。
「別に大して疑問でもない。我々の持つ力は肉体の治癒力を活性化させることもできる。最も貴様らのはその石のおかげだがな」
 シフォリネイテも改が何かを企んでいるのが分かっているがそれを承知で会話を続けた。
「なるほど、それでこの石があんたらにとってそんなに重要なのか?」
 改が新たにナイフをシフォリネイテに向けて放つ。
「同じことを!そんなことを聞いてお前は何がしたい?ただの時間稼ぎなら無駄だな」
 シフォリネイテはナイフを左手で弾くと、イルティンドルツを見やる。
「女を殺れ」
 その言葉に従うようにイルティンドルツが香澄たちのほうに近づいていった。
「ちょっ!待てよそれは卑怯だろ!」
 改は慌てたように再びナイフを取り出し次はその場に突き刺した。
「?」
 シフォリネイテは言動と行動が伴っていない改を見て困惑した。普通すぐさま女を助けに行くのが定石だと思っていた。その思い込みがシフォリネイテの明暗を分けた。
「ナイフがこれまでに三本登場しました。今はそれぞれどこにあるでしょうか?」
 一つ目は触れることなくかわし右後ろの木に刺さっている。もう一つは左手で弾き左後方の地面に刺さっている。そして最後の一本は今正面で改が地に突き刺した。
「私を囲んでいる!?」
「ご名答〜ポチッとな」
 改が手元からリモコンを取り出しなにやらスイッチを押したその瞬間。
 パチ…パチパチ!バチ、バヂ!!バヂバヂバヂ!!!
 シフォリネイテを囲むようにスパークが飛び散りはじめた。
 ジンの数少ない発明成功品『トライデント』。
面を作るように置かれたナイフを基点に電磁波を流し中心にあるものの動きを封じる装置。元はキャンプ中の簡易電子レンジとして開発したつもりが思ったより威力が強く兵器向きとして実用化したもの。
「くっ!なるほど最初から私を倒す気は無かったということか」
 シフォリネイテは苦笑いをしながら改を睨み付けた。やがて中心にもスパークは及んできていた。
「動くなよイルティンドルツ!」
 その言葉に香澄たちに近づくのを止めたイルティンドルツはシフォリネイテの様子をじっと見ていた。その表情は改たちにはなにも読み取れなかった。
「イルティンドルツ!これを破壊しろ!」
「それに触れるのは生身では危険だぞ!」
 過去ジンとこの発明を試したときに痛い目にあったのを思い出した。
 イルティンドルツは聞こえているか否か、真っ直ぐ身動きの取れなくなっているシフォリネイテの元へと向かう。
「止めとけ、十分もすれば自然に消える。それまで待ってろ」
 改は敵とはいえ必要以上に苦しむ必要はないと判断して忠告していた。
「早くしろ!こいつらをここで捕らえなければ時間がなくなる」
 シフォリネイテが聞く耳持たずといった感じではやす。イルティンドルツも彼女の声しか聞いていなかった。
 ナイフの目の前に来ると、ただ強引に引き抜こうと掴んだ。
 バヂ!バヂバヂ!
「…………」
 イルティンドルツは無言でナイフを掴んでいるが普通の人間ならそのまま電磁波に捕らわれ身動きすらとれなくなるはずを、彼はただ微動だにせず、ゆっくりと引き抜く。
「…………」
「そんな…このままじゃ本当に破壊しちまう」
 改はその姿を呆然と見ていた。
「そうだ!いいぞ!その調子だ」
 イルティンドルツは普通の人間なら気絶するほどの電撃を受けていながら、そのナイフを破壊しようとしていた。
 そして次の瞬間
 バヂバヂ、バチッ‥バチ……、スパーク音が止んだ。
「よくやったイルティンドルツ!」
 シフォリネイテは体の自由を確かめながら叫ぶ。ドサッ!
 シフォリネイテが自由を得ると同時にその横で大きなものが倒れるのが分かった。イルティンドルツだ、その姿はもはや体の表面は焼け爛れ、人であるのがかろうじて分かる程度だった。
「…………」
「これでお仕舞いかい?少しは役に立ったと思ったらこれだ」
 シフォリネイテは冷徹に浴びせると、黒い物体を一蹴する。
「ひどい!」
「!なにやってんだ!てめぇ!」
 改は怒りの頂点を通り越していた。
「別にいいだろう。こいつは私の持ち物であって道具なんだ」
 シフォリネイテは黒い物体を一瞥しながら言い切る。
「お前は何で相棒をそんな言い方が出来るんだ!」
「私はもとより相棒などと思った覚えはないよ。それよりそろそろ本気で終わらせてあげるよ」
 シフォリネイテは構えなおすと大気がざわつき始めた。
「いけない!精霊が集まり始めてる!」
 ミルが辺りを見回しながら応えた。
「たしかにこのままはヤバそうだよ!改どうすんだい?」
 香澄もこの異常に気付いた。
「そんなこと言ってもよ‥神にでも祈るか?」
 改はシフォリネイテと対峙しながら答える。
「…集え、我が名の下に我に従う下賎の輩よ、我が命によりて眼前の輩の臓物を食い散らせ…」
「何やら怖いこと言ってますが?ミルさん?」
 改は不安になってミルに思わず聞いてしまった。
「私も分かりません。多分まだ習っていない上級召喚術か禁忌術の一種かと…」
「それだけで危険なのは十分分かった。どうしたらいい?」
 改はこの状態をどう打開するか頭をフル回転させていた。
「逃げるしか…」
「よし!急いで逃げるぞ!」
 ミルの一言に重ねるように改は叫んだ。そして対峙していた姿勢を崩して、その場を離れた。二人もそれに倣って急いで離れようとした。
「遅い!……?」
 シフォリネイテが詠唱を終えようとしていた、まさにその時、上空から突っ込んでくる物体があった。
「ジンさん!やめてくれエメラダが壊れちゃうよ〜」
 物体から何やら情けない声が聞こえてきた。
 一同が天を見上げた…
 ガーーン!
 物体はシフォリネイテの真上に落ちた。否、突っ込んだ。
 …………大気のざわつきが治まった。
「改!ミル!無事か??」
 物体の中から聞き覚えのある声が響いてくる。が、あたりは衝撃で舞い上がった砂煙で様子は分からない。
「ジンか?」
 改は姿が見えない仲間の名前を呼んだ。
「おーい、ゲホッ、ゲホッ!無事か〜?」
 ジンは砂煙で咽ながらのそのそと三人の目の前に現れた。
「大丈夫じゃないよ〜!僕のエメラダが〜!シクシク…」
 その後ろから怪我一つない状態でピュアレアが騒ぎながら出てきた。
「まぁ、何だ。意味ある死を受け入れるのも大事だ」
 ジンは謝る気は毛頭なさそうだ。
「おじさま!」
 ミルはジンの姿を見て次の瞬間には飛びついていた。
「うおっ、なんかおいしい展開だな」
 ジンは動揺しながらも、顔はほころび今にも溶け出しそうだった。
「ロリコンおやじには近づいちゃだめだよ」
 ジンの喜びもつかの間、香澄がすぐさまミルを引っぺがした。
「それで、隣のお連れは誰なんだい?」
 改は再開を喜び合うこともなく、そのまま話を始めた。
「こいつはピュアレア、本名は知らん。情報屋仲間だ」
「う、う、う、よろしく〜」
 元気がない。それもそのはずだが改たちには関係のないことだった。
「で、ジンさんはなんでここに来たんだい?まさか俺たちのピンチに駆けつけた正義のヒーロー気取りでもないだろう?」
「まったく口の減らない小僧だな。まぁ、お前にミルちゃんを任せるのは不安だったからの。こいつに手伝ってもらって大急ぎで来たんだ」
 後ろから未だに砂煙を撒き散らしている物体を指差しながら話した。
「よく言うわね…」
 香澄が後ろのほうでボソリと呟いた。
「それより、あの魔女さんはどうなっちゃったんですか?」
 ミルが思い出したといわんばかりに話を切り替え、その現場へと近づいていた。
「そりゃもう生きちゃいないだろうな。でも普通の精神じゃないから用心に超したことは…」
 改は緊張感から解かれたのか膝を付いて一息ついた。
 ミルはその現場の周りを見て回った。
「あまり近づかんほうがいいぞーそこのポンコツも爆発せんとは限らん」
 ジンがミルを心配して声をかける。
「ひどいよ!ジンさんが突っ込ませなければこんなことにはならなかったのに〜」
 ピュアレアはジンの心無い一言にますます傷を深めた。
「すまんすまん今のは言い過ぎた」
「普段からきついくせに!」
 ピュアレアはすっかりいじけていた。
「…………」
 皆が騒いでいる一方でミルはシフォリネイテの状態が気になり二人が乗ってきた物体の落ちた場所を覗き込んでいた。
「…………」
 物体は地面をえぐり、その先端は見ることが出来なくなっていた。
「死んじゃったの?」
 誰に向けるでもない独り言をミルは呟いた。そんな答えは本来決まっていた。
カンッ!カランカラン!
物体の上で金属が転がり音を立てるのが聞こえた。
「!」
ミルはその音に動揺して思わず上を見上げていた。その瞬間、ドゴッ!地面からミルの細い足を掴む手が現れた。
「!」
 ミル以外この状況に気がついたものはまだいない。
「うかつだったな。このタイミングを待っていた」
 地面を弾くように魔力を放ち見るを掴む手の本人が姿を見せた。それはついさっきジンたちの乗ってきた乗り物に、容赦なく潰されたはずのシフォリネイテが土こそ被っているがほぼ無傷の状態で眼前に現れた。
「きゃぁぁ!」
『!』
 ミルの悲鳴に全員が視線を向ける。
「全く計画をどんどん狂わしてくれるね」
 シフォリネイテの顔は顔面蒼白だった。ほぼ無傷といってもやはり肝を冷やしたのか、それとも改たちへの怒りの頂点を超えてしまったのか。
 答えは両方だった。あの瞬間、完全な不意打ちだった、もし詠唱を終えて放った後だったならば自分を守る障壁は消え、死を受け入れねばならなくなっていた。咄嗟に詠唱で練り上げた魔力を障壁に還元したからこそ耐えられた。そして土の中でチャンスを待っていた。
「ミル!」
 改は叫びながら走り出した。
「動くな!この小娘の首をひねるくらいの魔力は残している」
 その恫喝に改はひるんだ。先の怒りの気迫以上のプレッシャーを改は感じていた。
「石も欲しいが…仕方が無い」
 シフォリネイテは口惜しそうに呟くとミルの腹に一発当身を当て気絶させ、そしてその場からミル掴んだまま逃げ出した。
「待てこの野郎!」
 改がその行動にいち早く反応して追いかけようとするが先の戦闘の疲れか脚がもつれ、すぐに見失ってしまった。
「ミルーーーー!」




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