クランベリープリンセス
著者:創作集団NoNames



   最終章 道

 ―1年後―

 長い廊下、人は歩いていなかった。そんな静かな廊下に騒ぐ声が聞こえてきた。
「こらー治療費を踏み倒すなんていい度胸じゃないのよ!」
 香澄がすごい剣幕で改を追いかけていた。
「うるせ!お前は触診しただけだろうが!それで大金巻上げようなんざ、虫が良すぎなんだよ!」
 改は香澄よりも遥かに身のこなし軽く距離は一方的に広がっていた。
「改さん!廊下は走らないで下さい」
 逃げる改の目の前にミルが立ちふさがった。
「ごめんよ〜でも、それなら院長さんにも言ってやってくれ」
 改はミルの上空を舞いながら、通り越しざまにそう言う。
「そんな…」
「あぶな〜い!」
 ミルの正面にすごい剣幕の香澄が猛スピードでミルに突っ込んできた。
「な、ちゃんと言っといてくれよ」
 改はもつれている二人を見てミルに言う。
「香澄、もう少しおしとやかにしたらどうだ?嫁の貰い手がつかないぞ」
「っっつ、余計なお世話よ!私は金に生きるの!」
「おお怖っ、ミル!また顔見せにくるからな」
 改は肩をすくめて、香澄をおちょくった。そして再び駆け出した。
「覚えてろー!」

 元気にしてるかい。
 香澄は今は俺たちから巻き上げた金で大きな病院を建て、今では院長として病院を仕切っているよ。嫁の貰い手は未だに見つかりそうも無いよ。ミルも今ではそこで看護婦として働いている。
 ジンはあいかわらず情報屋の仕事を続けているが、最近腰が痛いとか言って毎日ミルに会う口実作って病院に通ってるよ。
 俺も変わらず、怪盗を続けているよ。やっぱりこの仕事は止められないね。
近々皆で遊びに行くよ。そうそうそっちの爺さんは元気にしてるかい?そろそろ引退の時期じゃないのかね。しかし、手紙なんて古風な方法でしか連絡が取れないのはどうしたものか、もう少しは都会に来ないか?不便でしょうがないぞ
P.S もう体のほうは大丈夫か?早く元気になれよ

 動物たちの囁きが聞こえる、静かな森。
 シルバ、否、シルキスは小川の岩場に腰掛、手紙を見ながら、クスクスと嬉しそうに文面を見ていた。その姿からはあの時の妖艶さは感じられない。むしろ幼さの残る少女のような姿をしている。
「皆どうしておる?」
 後ろからラウゼンが木の枝を細工した竿を担ぎながらやってきた。相変わらず深緑のローブは欠かさない。
「別に下らない内容ですわ。皆元気にしてるそうですよ」
 シルキスは満面の笑みで話した。
「そうかそうか。それは良かった。馬鹿弟子も人なみの生活をしているか」
 ラウゼンはシルキスの横に腰掛、糸を垂らした。
「別にそんな釣りなんかしなくても魚なんて魔法で簡単に捕れるんじゃないですか?」
 かかるのを待っているラウゼンの横で魔法を使い、魚を釣り上げてシルキスは不思議そうに聞いた。
「ん?それではつまらんじゃろうが。こうして穏やかな心で魚と対話するんじゃよ」
 ラウゼンは目を閉じて何かを感じ取っているかのように頷く。
「まるでウトウトしてるみたーい。そんなのつまんないよ〜」
 シルキスが手紙を丁寧にしまい。横でふくれる。
「それはお主がまだ幼いことを証明しておるのじゃよ。もっといろんなことを見て、そして感じなくては分からんよ」
 ラウゼンが諭す。
「……ねぇ、私、旅に出ようと思うの」
 シルキスがチャンスと見て話を切り出す。
「お、おお。そうだな、いい経験になるだろう。しかし、まだ早いのではないか?」
 ラウゼンはシルキスの自発的な発言に戸惑った。
「大丈夫だよ、きっと大丈夫、同じ過ちは繰り返さない!…それに私にはやらなきゃいけないことがあるの…」
 シルキスは立ち上り、そして手を広げ、空を見た。
「…それにもしまた道を踏み間違えても、皆が助けてくれる。私は一人じゃないから」
 シルキスの頬を温かいものが伝う。
「そう、一人じゃない…か…いいだろう。しかし、無理はするんじゃないぞ‥ぬお!!」
 途端に竿に動きを感じて魚を瞬時に引き上げた。引き上げられた魚は水しぶきを上げて光を拡散しながら宙を舞った。そして針をはずしてそのまま川に戻っていった。
「おや、逃げられてしもうた」
 ラウゼンは残念そうな顔をして見せた。
「どうせ釣り上げるつもりは無かったんでしょ?遊びなんだから」
 シルキスは疑った顔で返す。
「ほっほ、察しが良いな。好きなようにやってくるがよい」
「ありがとう、私がんばるね。次会うときまで元気にしててよ!」
 シルキスは片手で銃の形を模してラウゼンに向けて発砲した。
「そう簡単にはくたばらんよ、私の継ぎ手がちゃんと育つまではの」
「そうだね、じゃぁ言ってくるね!」
 シルキスはそう言うとスタスタとラウゼンに背を向け、沈み始めた太陽に向かって歩み始めた。
「――私は一人じゃない。皆、私はもう一度がんばってみるね――」


 数少ない緑を集めた小さな公園。改はベンチで横になりながら日が暮れるのを待っていた。
「この辺は本当に寂しくなったもんだよな――」
 改は箱根の森を思い返していた。
「あの森にミルは帰らなくて良かったのか?」
 ミルの笑顔が浮かぶ。
「カーイさん?」
 横から聞き覚えのある、今聞きたかった声が改の耳へと届く。
「お、もう来たのか?香澄の奴が良く開放してくれたな」
 改は姿勢を起こしてミルを正面にするように腰掛けなおす。
「今日はもう客は来ないだろうって、急病人搬送の連絡が来たら断るからって…」
 ミルがちょっと気まずそうに応える。
「それって何気にヤバイ事言ってるよな?」
 改は立ち上がると二人は横に並んで公園を出ようと歩き始めた。
「なんでもあれ以来、勘が鋭くなったって…もしかしたら香澄さんも魔女なのかもしれませんね」
「あー、世界で今一番危険な魔女だ、間違いない」
 改は肯定して付け加える。
「それって言いすぎだよ〜後が怖いですよ」
 ミルは身震いして見せた。
「確かに……ミル?」
「はい?」
「森に帰りたいとは思わないのか?あっほら当初の目的が森に戻るために頑張ってきたのに気がついたらこっちで生活しちゃってるわけじゃん?」
 改は微妙な言い回しをしながら聞いた。
「ここにいたら邪魔ですか?」
 ミルは寂しそうな顔をしていた。
「い、いや!そういうわけじゃなくて…その、我慢してるんじゃないかと」
 改はミルの顔を見て動揺しながら弁明する。
「大丈夫ですよ。私の意思でここにいるんです…それに私、母に会ったんです」
 ミルは嬉しそうに語る。
「会ったって、ミルの母さんは魔女狩りで亡くなっ…」
 改が言おうとした瞬間、ミルが目の前に薄く輝く石を見せた。
「母さんはここにいるんです。あの時、二人が倒れているときに声が聞こえたんです――」
 ミルは大事そうに石を胸に抱きかかえると話を続けた。
「温かい、優しい声、私は母との思い出なんてないですけど分かるんです……母はここに居るんです」
 ミルの幸せそうな顔を見て、改は言いようのない気持ちになっていた。
「母は私を、改さんをずっと守ってくれてたんです。改さんと初めて会ったときも、シフォリネイテさんたちにやられちゃった時も…いつも……」
「それで‥今は聞こえるのかい?」
 改は沈黙を破った。
「それが…力を使い果たしたとかで、暫く休むって…」
 また沈黙が始まる。
「そっか…早く戻ってくるといいな…」
 改は明らかに戻る補償はないが、少しの希望を信じて応えた。
 そして沈黙の中、やがて改の住んでいる集合住宅が見えてきた。否、オンボロアパート。そして『改の』、ではなく『改たちの』である。
「…今日の飯、どうする?」
「今日は私が作ります。材料も買ってきたんですよ!」
 話の流れが変わってミルは元気そうに言う。
「それは期待しちゃっていいのか?この前みたいに黒い未確認物体とか出されたらどう反応したらいいか…」
 改は苦笑してみせる。
「ひっどーい、少しはまともになりましたよ……多分」
 苦笑されたことに怒った反応を見せるがすぐに自信のなさが見て取れる。
「…まぁ。なんだ、その‥一緒に作れば問題ないだろ」
 改の言葉に嬉しそうにミルは顔を上げてうなずいた。
「さ、入ろう。俺たちの家に――」


 魔女としてではなく一人の人間として、ミルは新しい人生を歩みだした。
 ジンはもう魔女が虐げられることのないように、今も社会の裏で働きかけをしている。
 香澄はいままで貯めていた資金で大病院を建て、院長として魔女を受け入れることの出来る環境を作った。
 ラウゼンは森ですっかり隠居生活を満喫し、生き残った魔女たちの新しいあり方を説いている。
 シルキスは殺めた魔女たちの弔い、償いをするために世界を巡る旅に出た。彼女の道のりはまだまだ長い。
 改は今も怪盗『黒桜』の名のもとに盗みを続けている。その盗品のほとんどは魔女狩り時代の魔女の遺品。今は亡き魔女たちへ返している。


 皆それぞれの道を見つけ、そして歩み始めた。



【END】


[第六章・第五節]