「My Owner is Excellent!!」
著者:創作集団NoNames



−2−

 教会は激しく炎上していた。
 誰が火を放ったのかはわからないが炎は建物全体を包み込み、強い雨をものともせずに燃え盛っていた。
しかしこの教会は緊急時の非難の場所にも出来るように特殊な造りになっていて、館内にはそう簡単には火は回らない様になっている。
そのため今燃えているのは建物の外側だけ、外の様子とはとはまるで無関係であるかの様に建物内は静まり返っていた。
そして、その一角には少し前から空を切り裂く音がひたすら響いている。
全身を黒い布で覆った男が、懐から取り出したナイフでシャルに攻撃を仕掛け続けていたのだ。
 しかし、シャルはその全てを紙一重でかわしていた。
 そして攻撃が一段落着いたところで、男は一度シャルから離れて間合いを取る。
「はぁ、はぁ。くそっ、逃げ足の早い」
 黒い布の男はナイフを構えたまま息を切らしていた。
「物騒なものを持っているんですね。アンゴスチュラ教の教徒さんは………」
 シャルがいかにも当然の様に口にしたその言葉。『アンゴスチュラ教』。服装を見ただけでその男の宗教名を特定出来る者などそうはいない。
それだけではなく先程からシャルも男と同じだけの動きをしているはずなのだが全く息を切らす事もなく、腕組をしたままで話している。
 その辺の状況からも、シャルがただ者ではないという事が黒い布の男にも伝わった様だ。
「ほう………俺達の正体を知ってるとは。貴様何物だ?」 
「名乗るほどの者ではありませんよ」
 殺意に満ちた表情の黒い布の男と、以前として穏やかな表情のシャル、二人の様子は対称的だった。
「じゃあ、質問を変えよう。何しにこの教会へ来た?目的は何だ?」
 男は言葉を吐きながらもナイフを構え、戦闘体勢を保っている。
「別に喧嘩を売りに来たわけではありませんよ。ただ、ちょっとあなたたちの教祖さんに用がありましてね」
 シャルは心なしか少し笑みを浮かべた。
「………そうかい、そりゃ残念だったねぇ。悪いが教祖様はここにはいねぇぜ。それどころかこの教会はもうすぐ焼け落ちる。俺の仲間が火を放ってるんでね」
「ッ!?」
 シャルは初めてその表情を荒げた。
「おや、その顔を見ると建物が燃えているのに気付いていなかったみたいだな」 
教祖がここにはいないと言うのは考えていないでもなかった。だがこの建物が燃やされてる事などはシャルは全く考えていなかったのだ。
「ふっふっふ。建物の構造上に問題があるみたいだな。中にいれば安全でいられる様に造ったつもりなんだろうがそいつが仇になって、外から燃えてるのに気が付かない始末だ」
 少し余裕のなくなったシャルの表情を見て、黒い布の男は楽しそうに笑った。
「………早く脱出しないとあなたも黒焦げになってしまうんじゃないんですか?」
 シャルは冷静に言った。
「ああ、俺は脱出するよ。その前に…………」
 その時、男の眼差しは明らかに何かを狙っていた。
「お前を切り刻んでな!」
 突如、男はシャルに飛びかかった。
 シュッ!シュッ!シュッ!
 すごい速さで何度もナイフを振り回す。
 しかしシャルにはかすりもせずに空を切り裂くばかりだった。
「ふう……まだわかっていないみたいですね」
 シャルは男のナイフをかわしながら、右の拳を引いた。
 ドゴオッ!
 シャルの鋭い一撃が男の額に正面から突き刺さる。
 おそらく、そのショックで男は脳震盪を起こしたのだろう。その瞬間から男は動かなくなり、そのまま崩れ落ちた。
「仕方が無い。とりあえず引き上げますか………」
 シャルは動かなくなった男を確認し、肩で息をついた。
そして、少し急ぎ足で教会の入口に戻る。
 建物が崩れ落ちるまでにはまだ若干の余裕があったらしく、特に問題もなく脱出する事が出来た………。
 
 
 外に出たシャルは何歩か離れながら燃え盛る教会を眺めた。
「一体、何の目的でこんな事を………」
 そして教会に背を向け、小高い丘に立った。
 そこから空を見上げてみると雨足は強くなる一方で、まるで夜になったかの様な暗い空だった。
『何か嫌な予感がしますね………』
 シャルにはどういうわけなのか予想ができるのだ。
 天性の勘なのか、それとも何か特別な能力を持っているのか…………。
 とにかくシャルにははっきりと感じられる。この国に何か異変が起きている事が。
『カシスが心配だ。とりあえず戻りますか………』 
 シャルは胸を埋め尽くす『嫌な予感』を抱えながら、急ぎ足で丘を下って行った。




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