「My Owner is Excellent!!」
著者:創作集団NoNames



   −3−

「はぁ…………一時はどうなることかと思ったよ」
 外は、雨が小降りになってきている。
 部屋に入るなり、カシスがぼんやりと呟いた。一応全員が落ち着いたということで、一人だけ着替えてきたのだ。
ナッツも服からなにから濡れていたが、丁重にシャルの着替えを断っていてタオルで頭をがしがし拭いていた。
「というか、本題はまだまったくといっていいほど終わってないようだが?」
 ソファーで大事をとって横になっているそう皮肉をこめるシャルも、もう顔色は普通だ。
「ということで、ナッツさん。事情を聞きたいのですが」
 視線すら合わせないで、シャルはぶしつけに言葉を繋いだ。
「は……何言ってるのシャル。ナッツさんだって巻き込まれて」
「この人は違うんだ。『こうなること』が分かっていたからこそ、ここにいるんだよ」
 軽く促すような視線に、ナッツが反応する。
「あなたたちを、関係者とみなして話します。決して、このことは他言無用ということでお願いしますよ」
「どういう……こと?」
 渦中の一人は、まだ事情が良く飲み込めていないらしい。
「彼は、この街に異変が起こるとある程度察知できていた人間、ということだ。この事件の黒幕を知っている………そうですね?」
 ナッツは大きくうなずくと、テーブルで一度腕を組んだ。
「まず、カシスさんにはさっきも話したとおり、この事件の黒幕は、十中八九「アンゴスチュラ教」を復活させようともくろんだ人間の仕業。あの額の紋章、覚えてるだろ?」
「あ、ああ…………」
 思い出したようにうなずくカシス。
「あれが、実はアンゴスチュラ教のシンボルマーク。経典で偶像が崇拝されていない限りはどの宗教にもあるくらいのものなんだ」
「経典……偶像?……」
「経典というのは、その宗教の基本的な教えを記した本のことだ。偶像というのは、神の姿を記したもの。それくらい授業で習わなかったのか」
 カシスの隣であきれた溜息をつくシャル。
 カシスは口を尖らせながら、シャルをにらみつけるが、効果がないことはわかっている。
「あ、悪い。話、つづけて?」
「うん。アンゴスチュラ教は、地脈、つまりその土地に流れている魔力に術を直接流し込んだ。だから、この土地自体が汚染されてしまって、今のように大勢の人が一気に操られてるんだ」
「魔力って聞きなれないけど……神力とは違うの?」
「基本的に目に見えない力を「魔力」と呼んでいるんだよ。神力というのはその中のひとつなんだ」
「へぇ………」
「とにかく、このままだとこの街を拠点にされかねない。その前に、なんとかこの地脈から術を解呪して、正常化しないと」
「しないと………?」
「アンゴスチュラ教が、形式的なものじゃなくて、実質的に復活してしまうことになる。体勢を整われてからでは遅いんだ。宗教ってのは、一概に難しいものだからな」
「………ふーん」
「わかってないだろ、カシス」
「いちいちうっさいの!シャルは」
「この国でアンゴスチュラ教の復古計画が持ち上がっているという噂が方々で飛び交っていたから、この街には俺が派遣されたワケなんだけど………まさか、こんな片田舎の町を拠点にしようなんて誰も思わなかったからなぁ………仲間に連絡はしたんだけど、いつくるのかわからねえし」
「仲間って?」
「ああ………名乗りが遅れた。俺、実は歴史学者でもなんでもなくて、ベルランス教の司教補佐なんだわ、これが」
 つとめて明るく、嘘を公言するナッツ。
「紫の法衣はベルランス教で修行僧を意味する。この年齢でこの肩書きというのはそうはいない」
「へぇ………お偉いさんなんだ、ナッツって」
「おえらいさん……とはちと違うかな。あくまで地方で布教活動とかして、実質巡礼みたいなのが俺たちの仕事だからな」
「それが、一足遅かった、ということですか」
 シャルが何度目かになるかわからないため息交じりに事実を突きつける。
「どうすればいいわけ?元に戻るから、ここにいるわけでしょ?ナッツって」
「さっきもいったとおり、地脈を元に戻すがベスト。最悪でも、街の人たちをなんとかせにゃ」
「地脈を……とはいうが、教会は燃えたぞ」
 シャルは少し険しい顔でナッツに視線をよこす。
「教会……が、地脈なの?」
「基本的に地脈って言うのは、地方にいくつか集中して強いところがあるんだ。だから、そこには一応基本的に重要な建築物が立つことが多いんだけど………」
「そっか……燃えてたあれ、教会だったんだ」
「嫌な予感がして、教会に向かった時にはもう遅かった。アンゴスチュラの奴らが逃げる途中だったよ」
 シャルはソファーから抜け出すと、すっと台所へと向かう。
「ちょ、シャル」
 それを、カシスがとめた。
「なんだ?茶なら紅茶くらいしかでない……」
「違うよ、アンゴスチュラの人と……戦ったの?」
「ああ」
「な………なんでそんな危ないことすんの?そんな術使う連中なんだから………殺されたかもしれないんだよ!」
 怒りの混じったカシスの言葉に、シャルは顔を崩さなかった。
「カシス。前に言ったと思うけど」
「?」
「私はあの人から保護者を任命されています。目の前に僕や君に迫ってる危険を回避できるならしたほうがそっちのほうがいいじゃないですか」
「ちがうっ、私が言いたいのは、そういうことじゃなくてッ!」
「とにかく、こういうときのために私がここにいるんです。あなたを守るために」
 何か言おうとしたカシスを振り切って、シャルは静かにまた歩を進めてキッチンへ消えた。
「………なによ、あの態度」
「まぁ、とりあえず外がこんな感じだから、落ち着いていられないのもわかるが」
 ナッツは組んでいた腕を解くと、一度大きく伸びをした。
「とりあえず、カシスとシャルさんは事態が落ち着くまで、ここで見つからないようにじっとしていたほうがいい。また見つかったら、今度こそつかまるまで逃げ回る羽目になりそうだからな」
「ナッツは?」
「俺は、とりあえずこの近くの地脈を漁ってみる。神力を使える御子がいるなら、力を引き出しやすい地脈に本陣をおくはずだ。教会は一度開放された後があるから、今はいないと思う」
「で、でもこの中を?」
「忘れたのか?俺はとりあえずカシス助けながら一度は隠れられたんだから。一人なら、よほど無茶をしなければ大丈夫だから」
 そういって、ナッツは懐からなにか四角いものを取り出した。
「ベルランスの方に伝わってる、聖護札っていうんだ。お守りみたいなものかな」
 再び懐にしまいつつ、ナッツは続ける。
「これがあれば、この結界内でも自由に行動が可能になるんだ。いくら修行僧でも、相手方の司教クラスが相手じゃひとたまりもないからね」
「そんなにすごい術なわけ、この術って」
「の、はずなんだけど………なぜか、カシス達は平然としてられるんだよねぇ。最初は操られた者同士がなんらかの影響で仲間割れみたいなことになってるんだとかそう思ってたくらいだからな」
「…………」
 少し訝しげに見つめるカシスの視線を、ナッツは避けるようにして台所へ促した。
「たぶん、彼が何かしてるんだろうけど」
「彼って……シャルが?」
「今までの話を聞くと、君が何か知ってるっていうワケじゃなさそうだし。そうすると、どっかの三教団関係の人たちと関わりのあるあの人が、だいぶ強力な護符や呪いを常日頃から行ってる可能性の方が高いだろ?」
 そうすると、ますますカシスの顔が不思議そうに傾く。
「シャルって、お父さん同様そういうところと付き合ってるって言う話は聞いていたけど………でも、別に覚えがないけどなぁ………」
「まぁ、魔術式はどうあれ、今の状況があるのはシャルさんのおかげだよ」
「魔術式?」
 なにか、覚えがあるような。
「……どうか、した?」
「あ、そうだ。シャルの部屋にあったんだ、そういう本。魔方陣……っていうのかな、そういうのが、たくさん書いてある本」
「…………へぇ」
 少しだけ、ナッツの顔色が変わった。
 何か言ってはいけないことだったのかと少し不安に思ったカシスだったが、言ってしまった以上は仕方ない。
 カシスは手を合わせる。
「今の、内緒にしといてね。今まで一度たりとも部屋の中すら見たことなかったんだから」
「私が、どうかしたのか?」
 何気なく、キッチンからシャルの顔が出た。
「わ、わーっ!な、なんでもない、なんでもない!」
「………そうか?」
「そ、そう!ほら、さっさとお茶淹れる!」
 シャルは一歩踏み出すと、カシスの座っていた椅子の前へ、トレーに載っていた紅茶を置いた。
「どうぞ?」
 余裕綽々。
「あ、ありがと………」
 苦笑いを浮かべながら、湯気の立つカップを手に取る。
 攻める手札が何もない………。
「さて、と」
 ナッツにカップを手渡したところで、シャルは含んだような顔でカシスのほうへ振り向いた。
 一瞬さっきのことを追及されるかと思って肩をこわばらせたが、どうやら違うようだ。
「カシス、準備はいいですか」
「は?」
 飛び出したセリフが素っ頓狂だったので、たまらず同じだけ頓狂な答えを返してしまう。
「は、じゃないだろう。これから、敵陣に乗り込むんだろう?それなりの準備が必要じゃないですか」
「え………ちょ、ちょっと待ってください!」
 今度はナッツが声を荒げる番だった。
「協力していただけるのはありがたいですが、一般人を同行させるなんて………」
「まぁ、心配しないで下さい。司祭以上になると厳しいですが、あちらの護衛騎士位までなら私が『抑えられます』。あなたほどではないですが、戦力にはなれるとは思いますが」
「護衛騎士………ホントに、倒せるだけの実力が?」
「とりあえず連れて行っていただければ分かります。そして、ここにカシスを置きっぱなし、というのも逆に危ないです。ただでさえ約束を破るような娘ですから………ねぇ?」
 シャルの威圧に、ぐうの音も出ずに顔を伏せるカシス。
 いまや、完全に場はシャルが独占していた。
「カシスも一対一なら常人には負けないくらいまでは教え込みましたから、ヘイキだと思います」
「しかし………」
「どちらにせよ、ここにいても見つからないという可能性は否定しきれないんです。なら、戦力を集中させた方が後々有利にコトが運ぶ………そう思いませんか」
 シャルのくどいような申し出に、ナッツは反抗する術を既に失っていた。


「うわ、綺麗」
 家を出る頃には雨上がりの空には月が浮かんでいた。厚い雲も大概は晴れてしまい、鮮やかに写る星々が頭上を照らしている。
「上に見とれてないで。玄関から出ろ」
 相変わらず後ろから厳しい叱責の声。
「ったく、情緒の欠片もないんだから」
「ま、とりあえず空は事態が収拾してから拝もうぜ」
 先に出ていたナッツが、隠れながら辺りをきょろきょろと見回している。
「よし、と。今のところ誰もいないみたいだな……。シャルさん、この辺りの次の地脈の集合はどこだい?」
「高等学院だ。カシスが通ってる、あの」
「えっ、あそこも地脈なの?」
「昔から授業を寝てばかりいたカシスがテストで赤点を取らずにいるのは、地脈の魔力が……」
「え、ホントッ?」
「うそ教えないで下さい、シャルさん」
 呆れ顔のナッツがシャルを見た。
「ふぅ、この程度で騙されるなんて………さっきの話が理解できていなかったと見える」
 シャルは涼しい顔のままそう放つ。
「うぐぐ………帰ったら覚えてろ、シャル!」
「望むところです」
「………そろそろ行きませんか」
「あ、はーい!」
「やれやれ………遠足ではないんですがねぇ」
 そう放ったシャルの一言が、カシスにはなぜかやたらに年上くさく感じるのであった。



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