「My Owner is Excellent!!」
著者:創作集団NoNames



    −2−

「………」
 古めかしいドアの前に、一人。いつもなら研究室の空き部屋として利用されているがらんとしたほこりくさい部屋から、この騒ぎの首謀者は反対側の窓から見える月を突き刺すような視線のまま、笑う。
 窓の辺りに、もう一人。
 既に後ろのない壁にはりついたまま動かない少女。顔はかたくな、というよりは恐怖にひきつっているのを隠すためかこわばっている。
「…………地脈が、元に戻りつつある、か」
「?」
 青年……もといドランブイの言葉に、カシスが首をかしげる。
 確か、最終目的は地脈を元に戻すこと。
 ということは、この場所がアンゴスチュラ教に無理矢理支配される土地ではなくなった、ということじゃないのだろうか。
 そんなカシスの視線に気づいたのか、ドランブイが部屋の反対側にいるカシスに微笑みかける。
 カシスは、射すくめられたように目を閉じた。
 背筋の凍るような、そんな感覚が体へと染み渡ってゆく。
「……さて、例の彼が来ないうちに、罰をすませてしまうとしよう」
 ドランブイは壁際にあった机に腰掛け、カシスの方をみやる。
 カシスは罰と聞いて体をこわばらせたが、それをみてドランブイが笑う。
「そんなに緊張しなくてもいいよ。実際炎を使うからといっても、君やあのシャルとか言う人に直接的な危害を加えるわけじゃない………ただ一つ、昔話を聞いて欲しいだけさ」
 ドランブイの顔が、静かに歓喜の表情を称えてゆく。
「この国は無宗教だから知らないだろうけど、世界と人々を作ったのは世界の三大宗教……アンゴスチュラ、グリーティア、ベルランスの神々だ、といわれている」
 カシスは相変わらず目を閉じたままだったが、ドランブイはそんな様子には気にもかけず、モノローグを進めてゆく。
「神話によれば、ベルランスは聡明で賢き民を、グリーティアは誠実で数多き民を、そしてアンゴスチュラは獰猛で悩める民を、それぞれ創造した、と言われている」
 カシスの頭が、少しだけ動いた。
 それなら、知っていたからだ。教科書に載っていた。
「しかしベルランス、グリーティアのような民を欲したアンゴスチュラは、海を以って世界を沈めようとし、他の二神の反感を買い、力を封じられ、地に堕ちた………」
 再び目を開いたカシスの前に、ドランブイの少し沈んだ表情が浮かぶ。
「…………それは、当然じゃない」
「確かに、しかしこの話が真実ならば、だ」
「え?」
「一般的に流布されているこの話は基本的に、ベルランス教のものをベースとしたものだ。
後世によって原本に改ざん、編集を加えた後がある。そして、アンゴスチュラが封じられた禁断の洞窟には、真実の創世記と呼ばれるものがいまだに残っている」
「都合よく………書き換えられた、ってこと?」
「原本は、知っているようだね?」
 ドランブイの哀しげな瞳に、カシスは思わずうなずいた。
 敵というより、誰かの懺悔を聞いているような心持になって、カシスは異様な戸惑いを覚える。
「あの話には、実は挿入句がある。
 次男アンゴスチュラは、彼らと同じ人間を欲して幾度も幾度も人間を作り出したが、うまくいかなかった。これは本当だ。
 しかし、彼は作り出した人間を嫌ったりは、しなかった。
 子を慈しまない親はいない………そういうことだ。

 だが、それを真に見かねていたのは、自分の作った地上が獰猛な人間であふれかえることをよしとしなかった、ベルランスだった。
 ベルランスはある時、アンゴスチュラの作った人間達を文字通り消してしまった。

 ………後は、分かるだろ。
 子供達を亡くしたアンゴスチュラは、残りの人間を潰すために、ベルランスに挑み、敗れた。
 この気持ちが、分かるか?
 自分の作った子供達を消され、あまつさえ長兄に裏切られた彼の悲しみが………」

 ドランブイの言葉は、悲痛だった。
 おそらく、その言葉には迫害の歴史への気持ちもこもっているのだと、カシスは思った。

「でも、それは神話の領域じゃん………実際そうだったとしても、私達がどうこうって問題じゃ……」
「違う。まだ君は本当に分かってない。この話は、神話ではなく、事実だ」
 ドランブイは机から降りると、気持ちの落ち着いたカシスへ歩み寄る。
 多少警戒したカシスだったが、その憂いた瞳が別になにをしてくる、という感情が一向に沸かず、すぐにその警戒を解いた。
 そして後二、三歩というところでドランブイが止まる。
「各教団には、御子、と呼ばれる"主教"が存在する………かく言う僕もその一人だ」
「…………」
「御子は、その人間が存命している間は一人しか現れない。この地に堕ちたアンゴスチュラは、魂の転生によってのみ生きながらえている………」
「………どういうこと?」
「いまだ、アンゴスチュラの魂は、血のつながりではなく、代々の御子へその思いと、記憶を継ぐんだよ………」
 何かを欲しているような手が、カシスの目の前へ差し出される。
「それじゃ………」
「僕は、僕でありながら"アンゴスチュラ"だ。神力を扱えるのがその証拠」
 その瞳が、狂った。
 何かに惑わされるようにして、カシスはその手を取った。
「ッッ!」
 つかんだ瞬間。
 背筋をかける凍った感触に、へたり込む。
 そして体の中から、何か………。
「さあ、目覚めて。『グリーティア』」
「ッ!」
 その言葉に反応するように、体の中にあった「何か」がはじけとんだ。
「があっ……………あああああああっッ!」
「ふ………ふふっ、そう………目覚めて、封じた僕の力を返して」

「そうはいきませんっ!」
 ドアが、何か爆発とともにはじけとび、その粉塵の中央から血塗れのシャルが飛び出した。
 そのまま、ドランブイへ肉薄する。
「ッ!」
 肉を絶つ感触。

 振りぬいた短刀は、二本でやっとドランブイの一つの腕を切断していた。

 呻いていたカシスが、その血に濡れる。
「はぁぁぁッ!」
 振り向きざまに放った回し蹴りでドランブイの体が宙に浮き、反対側の窓枠の辺りまで吹っ飛んだ。
「ぐっ」
「カシスッ、大丈夫ですかっ?」
 血にまみれたカシスは、先ほどのうめきが嘘のように呆然と立ち尽くしている。
 肩に手をかけてゆすってみたものの、まるで反応がない。
「………あー、なるほど。あなた、護衛騎士ですか」
 吹っ飛ばされたドランブイは切れた腕から勢いよく血を滴らせながら、それでも笑う。
 立ち上がる動作にぎこちなさはない。
 完全に痛みから離脱している。
「気配を絶ち、気配を先読みする………。護衛騎士が授けられる能力ってわけか」
「………黙っていたわけではありませんがね」
 少し表情を変える、シャル。
 その目には微塵の油断も隙もありはしない。
「時に、カンパリはどうしました?」
「…………彼は、殺しました」
 斬って捨てるように、シャルは淡々と事実を告げた。
「そうですか……まぁ、神力が使えなかったし……仕方ないね……キミも神力なんか使って、そうとう疲れてるだろう?」
 ドランブイは、右手を高く掲げた。
 その手に、炎が宿る。
「ところでキミ………"経典違反"じゃないの?ましてやグリーティアの"御子"を隠匿するなんて、グリーティア教の皆さん、怒ってるんじゃないのかなぁ?」
「………そんなことは、今関係ありません」
「グリーティアがアンゴスチュラの力を封じたのを、知っているから、だろう?グリーティアはアンゴスチュラの力を抑えきれず、彼と同様地に堕ち、そして残るベルランスもグリーティアの身を案じて、この世界に堕ち、神話は終わった」
「…………」
「そして御子と、三大宗教は続いてきた………悲痛な歴史を伴ってね」
「そんなことは………この娘には関係ありません。どうしても関係がある、言うのなら」
 シャルは、膝を突いて呆然としたままのカシスを抱きかかえた。
「なにを………?」
 呆然とするドランブイの前で、シャルは静かにその蒼い刃をカシスの喉元へ突きつけた。
「"ベルランス"の護衛騎士として、もう一つの役目を………果たさせていただきます」




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