「菜の花畑に」
著者:創作集団NoNames



  序 章

 まだ暖まりきらない風が、物語の始まりを勝手に告げた。
 勝手を知らない女子校の校門で、一人の少年がその身を切るような風をかったるそうに受け続けている。
 彼の名前は、駒沢 啓。
 啓の視線の先にあるのは、昇降口………からかなり離れた場所にある梅の木だった。
 一月中旬と言うこともあり、それはひどく寂しい場所に盛況していた。どう考えても、この寒い冬にしては納得せねばならない不自然な光景だった。
 啓自身、あまり冬に咲く花にいい思い入れはない。わざわざこんな寒いときに咲かなくても、とも思っているからでもある。
 ふと、視線を下に落とす。
「遅いな」
 呟きに似た声と共に見る彼の腕時計は、十一時半を回ろうかと言うところだった。大勢が出入りをしており、この正門付近はかなりごった返した風な勢いだった。
 若干細めに映る彼の肩に、ひとひら。
 北風の連れてきた、白梅の花びらがその人々の間を縫うように舞い降りる。
 同じだけ白い息が二月の澄んだ大気に霧散した。ポケットの中に突っ込んだままの暖かい手が、自然と学業成就のお守りを握り締める。
 半分は、「受かってくれ」。
 半分は、「落ちてくれ」。
 彼女を思えばこそ、啓は複雑な面持ちで彼女を待たねばならない。受かって手続きに追われているのか、それとも落っこちて呆然と佇んでいるのか、それも啓には判断しかねた。 とにかく、彼女を信じて待つだけだった。
 ショートボブ、ロング、ストレートにウェーブ、果てはお下げ髪までの様々な女の子が不審そうな顔でこちらをちらりちらりと見ながら、構内に入り、校門を後にする。
 女子校なのだから無理はない。
 啓はとめどない被害者妄想を抱きながら、校門を後にする奴等の中に目的の一人を探し続けた。
 いや、しかし。
 啓の視線は、やはりそのぴったりとした構図に当てはまりすぎる梅の木にそれとなく注がれた。
 別に、おかしいことはない。むしろ、絵にでもなりそうな光景だ。
 桜ほどに花びらにほんのりとした暖か味もない、ただ白か赤だけかのきっぱりとした、もう少し言えば頑固な梅の木。
 桜と比べるのは悪いのだが、背丈もイメージ的には桜のほうが大きそうで、梅は何となく地味だ。
 地味だからこそ、華やかに見える今がおかしいのだろうか?
 答えは否だ。
「………??」
 とりとめもない哲学に入りそうになった啓を、誰かが呼び止めた。
「おいこら、啓。なにぼんやりみとれてるんだよ」
 聞き覚えるのある声に啓が振り返ると、案の定そこには札島睦葉という、生物学上では「女」と分類される人間がつったっていた。
 ゆったりとした紺のブレザーに、見慣れた人懐こそうな顔。夏から伸ばし続けている髪は一つに結わえられて、うざったそうに北風に揺れている。
「見とれてなんかいねぇよ」
「うっそだァ。あの女の子、ずーっと見てたんじゃない?」
 確かに、梅の木の側に一人の女学生がぽつんと寂しそうに座っていた。
 あんなのいたか?と思う間もなく、彼女は構外へ向かって歩き出した。
「ほら、啓。行くよ」
 ぐいぐい引っ張ろうとする睦葉の手を払い、啓は彼女と方向へ歩き出した。流れに乗れば後は駅まで行くのは簡単だ。
「おい、それよりお前…………」
「さて、どっちでしょう?」
 睦葉は微笑んだまま、横に並んだ啓に尋ねた。

 結局、彼の願いは半分しか叶わなかった。




[第一章・第一節]