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燃えさかる炎に包まれた家の1階では話し声が聞こえていた。
「さぁ………あなた、睦葉。今夜は焼肉よ。たくさん食べてね………」
もちろんそこには肉も野菜もない。
そこにあるのは、サラダ油とライター………それと妄想に悩み発狂したあわれな女性の姿だった。
そう、火を付けたのはこの女………札島枝下であった。
その顔はすっかり痩せ、その目には幻しか見えなくなっている。
一方二階には必死にもがきながらも身動きが取れない少女がいた。
「………ッ!?」
睦葉にはただ自分の横たわっているこのベットがあのオレンジ色の炎に包まれるのただ待つしかなかった。
目に映るオレンジの光。
灰色の煙。
そしてついに睦葉の部屋にも炎が回り始めた。
「………だめ……もう逃げられない」
睦葉は目を閉じた。
まさか人生の終りがこんなにも突然、そしてあっけないなんて………。
そして思い出す………啓の事を。
まさかこんな形で、別れがやってこようとは夢にも思っていなかった。
啓には昨日も会った………そしてさっきも………。不思議な事に毎日の様に顔を合わせているのに一言が、そう、一番大切な言葉だけは伝えられなかった。この十数年の間ずっと………。
しかし考えればこれは当然の結果なのかも知れない。こんな状態になってから啓には散々世話をかけた。母を追いつめたのも結果的に自分だ。つまりこれは罰に違いない。
それから三分ほどで、いよいよ睦葉の視界はほぼ完全に灰色の世界となった………。
その時だった!
睦葉は突然灰色の世界に光がさすのを感じた。そして、灰色のカーテンをはがしたかの様に景色は一変して、そこは花畑へと変わったのだ。
黄色い花が辺り一面、太陽の光をいっぱいに浴びて、夢を絵に描いた様なイメージだった。
そしてその花は………。
「これは………菜の花?」
睦葉は安らぎの中で静けさを感じていた。
それは、同時に睦葉の脳にもヴ一つの違う事実をのぞかせていた。
これが死の直前という物だと………。
それは、諦めと同時になぜか睦葉に一握りの落ち着きを与えた。
「私………これで終わりなのね………きれいな菜の花畑………」
こんな所に啓と来てみたかった………そう思うと睦葉は思わず微笑した。
そしておだやかに時間は流れた………というより睦葉は待つことしか出来なかったのだ。時が来るのを。
『ガチャッ』
………!?
その時、ガラスを割る様な大きな音と智に菜の花畑は消失し、再び睦葉は灰色のカーテンに包まれた。現実に戻ったのだ。
そして………。
「睦葉………!?」
何とそこにいたのは啓だった!窓ガラスを石でたたき割り部屋に入ってきたのだ。
「啓………?………なんで?」
「ここの家パイプをつたって外から二階に入れるんだよな?オレだけが知ってる秘密の入り口………悪い、遅くなったな」
灰色の煙の中、うっすらと見える啓の顔は満面の笑みだった。
「啓………」
睦葉は両目いっぱいに涙をためて、笑い返した。
「さて………逃げるぞ」
啓は熱気と炎の中意識を失いかけてきた睦葉を抱きかかえて立ち上がった。
その時!?
「………!?」
啓と睦葉の背後にあった、炎に包まれた木製のタンスがバランスを崩し二人に向かって倒れかかってきた。
「うわあぁぁあ!」
啓の悲鳴は一瞬辺り一帯に響き渡り、炎の中へと消えていった………。
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