「菜の花畑に」
著者:創作集団NoNames



    −5−

 啓の視界に人影がうつった。今度はどんな目にあわせようかと考えながら近づくと、その人物は啓が予想していたものとは違った。
「こんにちは。…はじめましての方がよかったかな?」
 その人は女性だった。年はおそらく啓と同じくらい、だが制服はこの高校のものではない。
「えっと…だれ?」
 口ぶりからすると目の前の女生徒は啓の事を知っているようだが、思い出す事が出来ない。
 すると女生徒はにっこりと微笑んで言った。
「私は植物の意思、ファンタジックな言い方をすると精霊かな」
「はい?」
 いきなり妙な事を言い出されたため、啓は間抜けな返事を返してしまった。
「植物にだって心があるんだから、話ができてもおかしくないでしょ」
 おかしい。どう考えてもおかしなことを言っている。
「もちろん普通の人には出来ないけどね。君は特別なの」
 あまりによく喋るので啓が口をはさむ事すら出来ない。そんな事はお構い無しに女は続けた。
「しかし、やっぱり親子だね。お父さんによく似てるよ」
 その言葉を聞いてやっと啓が反応した。
「あんた、父さんを知っているのか!?」
 思わず声が大きくなってしまった。しかし、彼女はそんな事は気にせずに微笑んだままうなずいた。
「もう四年も一緒だからね」
「え、それって…」
 どういう意味なんだ?そう聞こうとしたら今度は向こうが大きな声を出した。
「あっ!いっけない。それを言いに来たんじゃないや」
 何か言いたそうな啓を制して、軽く咳払いをすると急に真面目な表情になった。
「睦葉ちゃんのことを伝えに来たの」
 この少女は睦葉のことまで知っている。その事に啓は驚いたが、少女の次の言葉にさらに驚かされた。
「このままじゃ、あの子危ないよ」
「そっ、そんなはずない」
 根拠の無い否定をしたものの、彼女のその声には冗談らしき響きは一切無かった。声だけではなく、目も表情もそれが事実だという事を精一杯伝えようとしている。
「あの子今すごく不安定になってる。このままじゃ『こっち』に来ちゃうよ」
「こっち?なんだそれは?」
「お父さんから聞いたでしょ?花と月の話」
 その言葉を聞いた時、啓はある事を思い出した。
 確かに昔、父親からある話を聞いた事がある。もし、この少女の言っている事が正しいとしたら…。
しかし、それはあまりにも現実離れしすぎている。常識で考えればありえないだろう。
そこまで考えた所で、啓は思わず笑ってしまった。
(俺と睦葉の関係も、常識ではありえないのにな)
 そう考えると、だんだん笑いがこみ上げてきた。はじめは小さく笑っていたのだが、次第に笑い声が大きくなっていった。
 一分ほど笑い、やっと収まってきたところで啓は尋ねた。
「それで、俺は何をすればいいんだ?」
 すると少女は少し困ったようにいった。
「実は私にもわからないの。知っているのは睦葉ちゃんが危険だって事だけ」
 残念ながら、それ以上の情報は持っていないらしい。
 何をすればいいか、啓がそれを考えていると突然、少女が声をあげた。
「そうだ!あの人なら知ってるかも」
 どうやら心当たりがあるらしい。顔に笑みが戻ってきている。
「誰なんだ?それは」
「君や君のお父さんと『同類』で、君も会った事がある人。」
 なんとなく予感はあった。睦葉も何か知っていたようだし、スケッチブックの事もある。
 そして、少女は軽く咳払いをした後、啓の予想どおりの名を口にした。
「遠山宗一郎さんだよ」




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