「オッドアイ」
著者:創作集団NoNames



−5−

 入った途端、大歓声でも待っていてくれるのかと思いきや観客席には誰も………。
「遅かったな」
 あ、いた。
 一度みたら間違えることのない隆々としたあの肉体。
 ヘンリーだ。
「よう、アンタ一人かい。一応実権握ってるなら有能な手下の一人や二人連れてるかと思ったけど?」
 ありったけの大口を叩いてみる。
「貴様如き、力だけのスカイラウンダーにただ殺されるのは惜しいからな。シェラ・マギスを退けるとなれば、力だけと言っても警戒するにあたるわ」
 そう鼻で笑われた。
 初対面の印象が悪いだけじゃないけど、少しむかついた。
 こういう若いんだか若くなくても結構美形、みたいな男は気に食わない。
 ひがみなのかも知れないけど。
「で、お前一人ってワケか」
「まさか。直にお前と戦って、私も無傷というわけには行くまい」
「言ってるコトが矛盾してるぞ」
「ふっ、まぁ貴様……いや、貴様等達にはこいつらが相手だ」
「あっ、さてはお前ココノが見えてなかったな!」
「…………まさか、そんなことはない」
「嘘つくな。あわてて言い直すなんてサイテーだな」
「ひどいですっ、いくらちっちゃいからって!」
「黙れ黙れ!いでよ、者共ーッ!!」
 なんでこう芝居がかっているのかさっぱり分からないが、ヘンリーが手を高く掲げると反対側の奥のほうから、『何か』が数体現れる。
 明らかに「人」ではない。あえて言うなら「人に似たもの」というのが正直な感想だ。角が生えてたり、ちっちゃな羽根のようなものがついてる奴、片腕がバカみたいに膨れ上がってる奴がいる。
 共通することといえば、間違いなく意識がどこかへすっ飛んでいることだ。全員が夢遊病者みたいに間抜けな顔をしている。
「まずはこいつらが相手だ。スカイラウンダーの実力を見せてもらおうか」
 言うが早いが、その人もどきがこちらへゆっくりと前進してくる。
「スカイラウンダ?なんだ、それ」
「シェラから聞いている。オッドアイが特化すると「スカイに適応した者」になる」
「あ〜、そういうことか」
 適当に返して、剣を抜く。
 先程切り裂いた門番の血が、鍔の所へこびりついているのが見えた。
「行け」
 冷徹に放たれたヘンリーの言葉を合図に、三人が地を蹴り放つ。
 走りながら、先頭の一人の後ろに、二、三人目が隠れる。
「………?」
 あれ、どっかで見たことあるような。
「ヴオオオオオッ!」
 さっきとは明らかに違う、血走らせた目でこちらを睨み付けながら。
 意外に………速
「ッ!」

 一撃目を、なんとかかわす。

 そして、バランスを崩したところへ、さらに速い二撃目。
「なっ」
 ガギャンッ。
 剣でなんとか振りかわす。
「ハアアアァ!」
 三撃目は、バカでかい腕を持った、斧の一撃。
 迷う間もなく、俺は動く最後の一歩で後ろに飛ぶ。

 刹那、俺がいたところの石畳が砕け散った。

「ッ!」
 大きく砕けた破片が、体にぶちあたって転がる。
 直撃喰らったら間違いなくあの世いきだ。
 続く二、三瞬で必死に三人の間合いから離れると、俺は剣を構え直した。
「………はぁ、はぁ、はぁー………」
 明らかにスカイの人間とは力が違う。
 連撃の凄まじさも、速度も、威力も違う。
「こりゃ、厄介すぎだぜ」
「これがホムンクルス計画の成果だ」
 遙か遠いところで、ヘンリーの声がする。
「一彦さん、私………」
 頭上から肩の上へ、ココノが降りてくる。
「サポートする時間もねえだろ。早すぎて無理ねえよ」
 たぶんココノには三人、いや、三体の攻撃の軌跡を追うことが精一杯だったろう。
「頭、血出てます」
 痛みが走るところから、頬へ涙のようなものが伝う。
 やはり、血か。
 乱暴に袖で拭うと、袖が紅く染まる。
 瓦礫を喰らってるから他にも痛みは走ってはいるが、大したことはない。
「大丈夫。まだなんとかなる」
 思い出した。
 再放送で見たアニメだ。
 確か、敵役が使ってたから、破る方法があるはず…………。
「………なんだったっけかな」
「一彦さん!」
 ココノの声で、我に返る。
 見ると、再びおぼつかない足取りの三人が縦一列に並び始めている。
「くそっ」
 タイムオーバーか。
 次も、偶然に頼るわけにはいかない。
 特に二撃目を捕えるだけのスピードがない。喰らったら三撃目も自動的に喰らう羽目になる。
 こういう時、俺がヒーローなら………。

 どっがぁーーん!!

 そうそう、こんな音がして…………。
「って、ええっ!?」
「なっ」
 全ての眼が………意外なことに人間もどき三人まで………その爆発音のした方向を反射的に振り向いていた。
 闘技場の上部の壁が崩れ落ちて、こっちへ落ちてくる。
「………ん?」
 こっちへ?
「やばっ!」
「直上に《膜》を!」
「イメージなんかできるか!」
「どけぇッ!」
 突如、頭上からつんざくような声が聞こえたかと思うと------。

 目の前に、瓦礫よりも早く見覚えのある影が着地する。

 そして。
「ボカン・ウインド!」
 掌底を地べたに充てたシェラがいち早く叫ぶと、爆発と共に岩がめくれあがって、巻き上がった風が巻き上がった岩と落ちてきた岩をぶつけて弾き飛ばした。
 巻き上がった小さな飛礫が、闘技場へと降り注ぐ。
「………………」
 あまりの早技に、誰しもがその光景を呆然と見つめていた。
 その視線の先。
 流れるようなブロンドに、輝く蒼色の両眼。
 一人の少女を傍に置いて、神々しいまでの威厳を放つ。
「…………ついに尻尾を出したか」
 ヘンリーが吐き捨てるようにつぶやく。
「行け」
 再びヘンリーの声を合図に三匹が今までとは桁違いのスピードで間合いを詰める。
 しかし。
 転瞬――――。
 シェラの体が逆に一気に三体に迫り、間合いを詰める。
  一撃目を、一人目の腹に叩き込み、
  二撃目を、一撃目の背で受ける。
「グオオオッ!」
 三人目が斧を振りかぶったときには、シェラの右手に集まっていた炎は既に彼女の手を逆巻いていた。
「チキン・フレイム!」
 鳥の形をしていたかどうかで定かではないその強大な炎は、体制の崩れた二人目と三人目を容赦なく至近距離から飲み込んだ。
 一人目が、最後の一撃を繰り出そうとしたが、それもシェラが左手で練り上げた魔法で、胴体泣き別れを演じる。

 その間、わずか二、三秒の攻防だった。
「すげぇ…………」
 そう口にすることしかできない。
「速さと手数の多い攻撃を破る方法は手っ取り早く「打たせない」ことだ。発動前に、条件を潰してしまえば、技は使えなくなる」
 シェラは掌にくすぶっていた炎を、手品のように掻き消すと、ヘンリーの方を向いた。
「いままでありがとうよ、ヘンリー」
「………やはり、ここにきて裏切るか、シェラ」
 別段驚くふうもなく、ヘンリーは目を細める。
「だが、相当疲れたのではないかな?貴様がスカイ最強とうたわれるその魔法の同時展開には、一撃にかなりの負担がかかる。なにせくっついていると言っても別個体を遠隔操作して魔法を展開するわけだからな。そうそう多用はできまい?」
「………どういうことだ?」
 話が見えてこない。
「なんだか、難しい話ですねぇ」
 どうやらココノもピンと来ていないようだ。
「うう………いったた」
「あ。そうだ、理奈。大丈夫か」
 足下でシェラに連れてこられた理奈がうっすらとだが目を開いた。
「あれ………カズ……くん?」
「おう、もう大丈夫だぜ。後残ってるのはラスボスだけだ。軽くひねって終わるぞ。安心しろ」
 別に俺が軽くひねれるわけではないのだが、今のシェラなら大丈夫のような気がした。
「うん………シェラさん……は?」
「奴は一番ピンピンしてるぞ」
「そこ、やかましいぞ」
「ほらな」
 安心させるように軽く笑うと、理奈も軽く笑う。
「理奈、立てるか?」
「うん………大丈夫」
 声がまだなんとも寝惚けているような感じだが、ふらふらと立ち上がる。
「よし、ココノ。理奈を連れて安全な場所へ行ってくれ」
「はいっ、でも、一彦さんは?」
「中はともかくとしても、見た目はお嬢様だぞ。助けないとバチがあたる」
「一彦さん結構、ミーハー………」
 ミーハーはもはや死語だ。
「それに私は助けてくれそうにないですし」
 大火傷がものの半日で治る奴の面倒を見る必要はあまりないのではないだろうか。
「いいから行け、早くしないと巻き添え喰らうぞ」
 追い払うように二人を闘技場の中へ押し込むと、俺はシェラと同じようにヘンリーのほうを向いた。
 ヘンリーはチキンフレイムで焼け残った剣を拾い上げると、一度使えるかどうか品定めでもするかのように手に握り締めた。
「時に、リリスはどうした?貴様を駆除に行っていたはずだが」
 ヘンリーの言葉に、シェラは黒いローブの中から彼女を差し出した。
「自爆を承知で打ったよ。お前への忠誠心だけは見上げたものだ」
 シェラの掌の中でぐったりしているリリスの体がふわりと宙に浮かんだ。仰向けのまま漂うようにしてヘンリーのほうへ向かっていく。
「シェラ………」
「せめてもの情けだ。そのくらいは良かろう」
 ヘンリーが手を差し出すと、リリスはその中へ人形のように力なく崩れ落ちた。
「リリス、大丈夫か」
「…………ヘンリー、さま?」
 小さな体が声に反応してうっすらと眼を開いた。
「リリス、その体ですまないが、もう一仕事頼めるか」
「…………」
「この剣を持って、制御室へ向かえ」
「!」
「少々重いだろうが、もてない事はなかろう」
「まさか!」
 シェラが険しい顔のまま叫んだ。
 そしてその顔のままこちらを睨みつける。
「一彦、お前あの剣でどっかやられたりしたか?」
「あ、あぁ………少しこの腕、かすって………」
「っ、しまった………あの剣の血が練成に加われば……」
「ようやく気付いたか、この剣がある限りホムンクルス計画は完成したも同然!」
「どういうことだ?」
「練成でアースの人間の能力を手に入れるには、肉体があるほうが良いのだが、血でも十分有効なのだ。ましてやスカイに特化したスカイラウンダーの血を………」
「って、このカッコにしたのシェラだろ」
「私はヘンリーを倒すのにはオッドアイの状態では無理だと踏んだから、特化させたのだ。イチかバチかだったが、裏目に出てしまうとは………」
「さぁ、リリス。言って最強のホムンクルスとなるがよい。それまでここは、私が食い止めよう」
「……………」
 顔をゆがめたまま、それでもリリスが立ち上がる。
「させるか!」
 俺が立ち尽くしている間に、シェラが飛び出た。
 掌にまとう炎の色が、赤から紫へと変貌する。
「トーチ・オブ・ライフッ!」
 直訳で「命の灯火」がヘンリーに向けて直線軌道を描く。
「その程度かァ!」
 ヘンリーが気合に似た声をあげると、その炎の爆発に真正面から巻き込まれた。
 辺りに爆音と煙が爆ぜ飛んだ。
「………っ!」
 破片を喰らわないように顔を腕で塞いで風をやり過ごす。
 魔法の事はよく分からないが、いくら防御しても、これは受けきれないだろう。
 それだけの威力だ。
「シェラさん!」
「まだだ!来るぞ!」
 煙が突如消し飛んだかと思うと、その晴れた中心からヘンリーが剣を手に間合いを詰めてきた。
 体が、無意識的に前へ動いていた。
「うおおおおっ!」

 ぎぃんっ!

「くっ………」
 一撃目の競り合いで、ヘンリーが一歩勢いに押されて下がった。
 力なら互角以上だ、行ける!
 しかし、剣を持つ反対の手が淡い光に包まれた。

 魔法ッ!

「!」
「なっ!」
 俺は練り上げられた閃光弾を眼前でかわすと、その反動を利用して思い切り切りかかった。
「小ざかしい!」
 刃がヘンリーの首筋に届く直前に、彼の周りの空気が膨張したかと思うと、俺の体は宙に舞っていた。
「うわあっ!」
「消し飛べっ!」
 再び掌が俺の目の前に押し付けられる。
「させるかァァああっツ!」
 シェラの怒号と共に、再び耳の横で刃がかち合った。
「つっ!」
「はぁぁっ!」
 シェラの流れるような連撃が放たれる。
 が、それをヘンリーは紙一重で受け止め、かわし続ける。
 技では、まだシェラの方が上だ。
「はぁぁぁあっ!」
「うおおおおっ!」

 がぎゃああっ!

 耳障りな金属音が残響してから、二人が待っていたかのようにほぼ同時に後方に飛び去った。
「一彦、最強呪文だ!ありったけ攻撃防御と共に展開するが、破片を喰らわないように避難してろ!」
 避難ったって、どこに?
「どこに逃げようと無駄だ!」
 ヘンリーの頭上にある雷球がみるみるうちに形を膨らませてゆく。それに対抗するかのように、シェラも火の壁と棒のようなものを宙に浮かべたままで静止させている。

「バチバチ☆サンダー!」
「ゴーゴー☆ファイヤーッ!」

 二つの情けない呪文が発動し、ぶつかりあった二つの球はすさまじい光と風と音を放って、辺りを包み込む。
 俺も例外なく巻き込まれて、直後に足が再び浮いた。
「うわっ、うわああああっ!」



 壁に叩きつけられたところで、途切れそうになった意識が戻った。
「がっ、いって……ったく、名前の割りに大げさなんだよ………」
 激しく咳き込みながら、あたりの様子を確認する。
「あっ!」
 中央に、ヒザをついたシェラが立ち尽くしていた。多分術の間中突き出していた両腕のローブは引きちぎれ、その白い肌には無数に紅い筋が走り、血が滴り落ちていた。
「シェラ!」
「かず、ひこ………ヘンリーは、まだ」
「!」
 陽炎の晴れたシェラのさらに向こう側。
 こっちに向かって歩いてくる、ヘンリーがいた。
「残念だったな。スカイ最高の魔法を立て続けに放てばそりゃ魔法力も尽きるさ。たとえ王族でもな」
「…………王族?」
「ああ、ここにいるのは先々代王の正統な血筋を継がぬ、最後の王位継承者さ」
「ってことは、シェラって、女王様なのか?」
「時勢さえこいつに傾いていればな。こいつは先々代女王と………」
「やめろっ!」
 ヘンリーの口を塞ぐようにして、シェラが甲高い声を上げた。
「ふん、人の過去をみだりに話されても困る、か」
 勝ち誇ったような笑いを浮かべ、ヘンリーは剣を鞘に収め、掌を胸の高さに上げる。
 掌が光を帯びると、さっきの雷光球の小さいやつが出来上がる。
「だが、もう一度同じぶつけ合いをする力は、もはや今のお前にはあるまい」
「……………」
 シェラの顔が激しく歪む。
「くっ………ここまできて!」
「あの時王族の娘だからと殺してしまって後悔しなくてよかったよ、マギス」
 ヘンリーの高笑いと共に、雷球が先ほどと同等の大きさになる。
 無論、回避も、防御もする手立てはもはやないらしい。
 となれば………。
「ウオオオオオッ!」
 俺は、剣を片手に一目散にヘンリーへ向かっていった。
 呪文の同時展開とやらができないのなら、今ヤツは魔法が打てないことになる。剣だけならまだ、望みがある。
「小ざかしいぞ、スカイラウンダー!」
 ヘンリーは一度は納めた剣をもう一度振り払い、上段からコチラに切りつける。

 ぎぃんっ!

「くうっ」
 やはり、はじき返す力はコチラの方が強い。剣がぶつかったときの差に、少しだけ差がある。
「はぁあっ!」
 息もつかせず、力の限り連打を繰り出す。攻撃のスピードも、若干だがコチラの方が上限が上だ。
 剣をかち合わせるようにして、力任せに体ごと後退させていく。
「くっ、かっ、ぐおおおっ!」

 がんっ、ぎんっ、ごぉおおん!

 ひときわ鈍い音。
 手が痺れたが、離すわけにはいかない。
 これが、自分を救う、唯一の手立てなのだ。
「だああああっツ!」
 腕を持つ手が、ダルさからぶれた。
 最後の一撃!

 がぎゃああんっ。

 剣はヘンリーを外れて、地面に突き刺さった。
 さっきと違うレベルの痺れが両腕を突き抜ける。
「!」
 そして、目の前に刃先が迫る。

「やっ………」
 脇腹に、モロに突き刺さる痛み。
「ッ――――!」
 感じたことのない痛みに、息が詰まりそうになる。
「とどめだ!」
 間髪いれずに、目の前で白刃がきらめいた。
「ッ!」

 ドスッ!

 いてぇ……………。
「………って、あれ?」
 脇腹よりも強い痛みを感じない。
 むしろ、傷が引いていくような感覚さえ覚える。
 固く閉じていた眼をおそるおそる開いてみる。
「………」
 目の前に、見たこともない戦斧が突き刺さっていた。
 いや、待てよ、このフォルム………どっかでみたような。
「おいおい、この真打を忘れてもらっちゃ困るぜ!」
 そしてこの聞きなれた声………
 全員が、崩れ落ちた観客席を見上げた。

 夕日をバックに、面倒くさい顔が突っ立っていた。

「裕也!」
「悪い悪い、遅くなっちまった。間違って当たってないか?」
 そんな冗談にならない冗談をかましながら、裕也は観客席からフィールドへ降りる。
「誰だ、キサマ」
 ヘンリーが、新たに出た敵を睨みつける。
 対照的に、裕也は困ったように頭を掻いた。
「誰だって言われてもなぁ………たぶん、正義の味方」
 たぶんって、なんだ。
「ふざけるなッ!」
 ヘンリーはとどめをさしかけていた俺から離れると、雷球の下へと駆け出した。
「!」
 いくらシェラの炎を喰らった裕也でも、あれは間違いなく喰らいきれない。
 発動させられたら厄介この上ない。
「シェラもろとも砕け散るがいい!」
 ヘンリーの腕が振り下ろされると共に、二人の下へ雷球が速度を上げて向かってゆく。
「裕也!シェラーッ!」
 なおも飄々とした顔の裕也と、苦い顔のままのシェラがその雷球の光の中へと吸い込まれてゆく。

 …………かと、思ったら。

「シェレルバド・リカティオルランカ」
 裕也が小さく両手を前に突き出すと、雷球はその掌との間にできた「何か」に触れた後、シャボン玉のように音も立てず、ふわりと消滅した。
「!」
「なっ、私のバチバチ☆サンダーが!」
「この程度がスカイ最高位だって?笑わせる」
 両腕を元に戻した裕也が、いつになく不敵な笑みを浮かべる。

 そしてその後………

「今までご苦労だった。魔導師長シェラ・マギス」
「はっ」
 片膝をついて、シェラが涼しい顔で顔を伏せた。
 目の前の、『あの裕也』に向けて。
「あ、あの………ゆ、裕也………くん?」
 おいてけぼりを喰らって求めた説明は、苦い顔の裕也に無視される。
「カズ、詳しいコトは後だ。今は目の前のこいつらをなんとかしないと」
 こいつ、と言われて癇に障ったのか、ヘンリーが不愉快そうに眉を釣り上げた。
 そういえば、ヘンリーと裕也は初対面だったか。
「誰だ、キサマ?」
「お前等はまだ、小さかったからな。俺も小さかったケド」
 伊達眼鏡の奥に見える、鋭い眼光。
 明らかに、いつもの裕也じゃない。
「おい、裕也」
「カズ、話は後。今はこのアホを倒す」
 ゆっくりと、話しながら裕也はシェラを抱きかかえると、こちらへやってきた。
「見てたぜ、結構かっこよかったじゃん」
「…………」
「最後、スベッタけど」
「ほっとけ」
「ま、初心者にしては、上出来じゃない?」
 ふふん、と余裕そうに鼻を鳴らして、裕也は地に突き刺さったままの戦斧を軽がると引き抜いた。
 思い出した。
 確かこれは、スカイに来た時に裕也が武器屋で引き摺っていた代物だ。
「ん?これ?あ、これ持ってくるのに、時間かかったんだよ。なにせシェラの屋敷って町の反対側のほうなんだから」
「そうじゃなくて、何でお前これそんな軽そうに持って」
「オッドアイだから」
「じゃなんであの時」
「…………ここに来たことがあるから」
「……どういう」
「作戦会議は済んだか!」
 俺の質問はヘンリーに阻まれた。
「どちらにしても、本気でいかねばならないようだな」
「それは、こっちのセリフ」
 裕也が戦斧を構えた。
「手加減しねぇからな」
「ちょっと、お待ちなさい」
 また、この展開か。
 さっきヘンリーがいた辺りに、見覚えのない女の子が突っ立っていた。
「まさか……………」
 おろされたシェラが隣で眼を見開いた。
「リリス………?」
「えっ?」
 だって、さっきリリスは………
「ちょ、ちょっと待てよ、練成って体まででかくなるもんなのか」
「リリスと掛け合わせる対象があれば、生態融合を起こす。おそらく、もう一つの方が、一人の人間分の練成対象だったのだろう」
「うわ、ってことは、完成しちゃったんだ」
 面倒くさそうに裕也。
「ふははは、そうか、ついに、ついに!」
 壊れたようにヘンリーがリリス(改)の顔とか肩とかをぺたぺたと触っている。
 リリスは無反応だが、ヘンリーははたから見なくても、変態だ。
「これが量産さえできれば……スカイ全土掌握も夢ではあるまい」
 まるで夢見心地のキチガイ研究者のような顔で、ヘンリーはイヤミなほどほほえましい顔をしている。
「ヘンリー様、その前にやるべきことが」
「………そうだったな」
 リリスの言葉にヘンリーがくるりとこちらを向いた。
「用済みなモノは、排除しておかねばなるまい」
「そう簡単にいってたまるか!」
 シェラが立ち上がるも、無言で裕也が手を突き出して制した。
「シェラさんはやることが別に残っているはずです。魔力がほとんど残っていない今、出ていっても無駄死にです」
「……………」
「その男の通りだ、シェラ・マギス。力の優劣が分かった以上、もはやスカイ一の魔導師の名は貴様にはふさわしくない。ましてや今の状態ではな」
「くっ………」
 シェラが険しい顔のままヘンリーをにらみつけた。
「おーっと、不意討ちで言うセリフじゃないよ。ヘンリー坊ちゃん」
 裕也がくるりと戦斧を一回転。
「ッ!……その名前は」
「………そうだ。ヘンリー、この方は」
 苦々しい表情で、シェラがヘンリーに向いていた顔を横に逸らした。
「まさかっ、そんなことがあってたまるか!」
「あの、さっきからおいていかれているんですが…………」
「この方は、先代王の治世時に弱小だったこの国をスカイでも指折りの大国へと成長させた、伝説のオッドアイ………ユーヤ様だ」
「はぁ?」
 伝説のオッドアイ?
 誰が?
 ………こいつが?
「ま、そういうことさ。そういえば、一部の研究者階級しか知らなかったんだな。アースとスカイの時間の流れのコト………。アースでの一日の時間は、スカイでは十日に匹敵する。つまり、先代のシュレイト王が前線でバリバリ戦ってた四十年前は、アースでの五年くらい前に過ぎなかったんだよ」
 五年前って、小学校六年生じゃないか?
「でも、お前12歳で………」
「新撰組の沖田総司ってのは9歳の時に初めてやったらしいぞ」
 そこまで言われて、少し押し黙る。
「ま、人殺しに年齢はいらないってコトだよ」
「さあ、話し合いは終わったか」
「ああ。これ以上話しててもしょうがねえしな。いっちょやりますか」
 裕也は伊達眼鏡を外すと、一度眼を閉じる。
 得体の知れない感覚が、彼の辺りを包み込む。
 一瞬にして、まとわりつく空気と共に裕也の髪が薄い青に変色する。
「スカイ………ラウンダー?」
「熟達するとこういうこともできるってことさ」
 斧を構え、一呼吸の後に彼の顔が険しく変化する。
「行くぞッ!」
 地を蹴り放つやいなや、瞬く間に二人への間合いを詰めた。
「せいッ!」
 横凪に払った斧の柄がようやくその攻撃をとらえたヘンリーの剣にかちあった。
「かっ」
 が、ヘンリーの体はそのまま吹っ飛び、闘技場の壁にぶち当たる。
「なっ…………」
 なんてむちゃくちゃな。
 物理法則が守られていないような吹っ飛び方だ。
「これが伝説のオッドアイの力か………」
 シェラもただ呆然と見守るだけだ。
「はぁっ!」
 続けて攻撃してきたリリスの攻撃を紙一重でかわし、連撃に持ち込む。
 最強のホムンクルスだけあって、一撃一撃をちゃんと食い止める。ヘンリーのように無様に吹っ飛びはしないようだった。
 互角、やや裕也押しというところか。
「カズ!こいつ強いッ!」
 分かるよ。力の差をあれほど見せ付けられたのなら。
 ヘンリーに苦戦してた俺たちとは、おそらく今のリリスと裕也はまったく別の次元だろう。
「というわけで、ヘンリーよろしく!」
「は?」
 おそらく構ってる暇がないというのが本音だろう。
「一彦、ヘンリーは私達でどうにかしよう」
「でも、シェラさん。体は………」
「両足はまだ大丈夫だ。腕もほら、左なら」
 ぼろぼろになっていたはずの左腕には、もはや傷一つすら見当たらない。
「ホムンクルスと同じだ。練成で作られたものだからな、再生の能力が高い。これなら剣は握れる」
「……無茶はするなよ」
「分かった」
 小さくうなずくと、二人して剣を携えてヘンリーが吹き飛ばされた外壁へ走り出す。
 ダメージはあるのだろうが、ヘンリーもなんとか立ち上がっていた。
 さっきので意識でも失ってくれればと思ったが、そうはいかないようだった。
「来い、オッドアイ!」
 一撃目を上段から振り下ろす。
「っ!」

 剣がかち合う。

「うぁっ!」
 ヘンリーが、剣を取り落とした。
「うおおおおっ!」
 後ろから、シェラがつっこんでくる。
 ヘンリーはとっさに拾い上げたが、シェラの攻撃を受け切る前に、首筋に剣を差し込まれて動きを止めた。
「終わりだ、ヘンリー。剣を放せ」
 静かに、諭すようにシェラがつぶやいた。
 ヘンリーはしばらく黙考した風だったが、目を閉じると静かに剣を落とした。
「……………」
「オッドアイ、剣が震えていたのが見えたか」
 ヘンリーが嘲笑気味に俺に言った。
「ああ。裕也の一撃の前の俺の連撃でほとんど体力を使い果たしてたんだろ。魔法も、打とうと思えば今突っ込んでくる前とか、裕也と戦うときに使えたはずだ。なのにうたなかったってことは、多分」
「…………元々魔法には才がなかったからな。最強魔法は二発が上限だ」
 シェラが剣を首筋から放して、ヘンリーの剣を拾い上げた。
「お前の野望も、ついえた」
「それは、どうかな?」
「なに?」
 シェラが渋面を作る。
「私は、お前に内緒で、リリスの………敢えて完成体と言わせてもらおうか………彼女にあるものを埋め込んだ」
「………」
「それが切り札ってわけか。でも、現にリリス押されてるじゃん」
 いきなりのどかなムードになって、二人の戦いをゆっくり見ていられる。
 初めから若干だが裕也優勢に見えているのは、今も変わらない。
「そのうち、分かる」
 ヘンリーは落胆も開き直りもせず、ただ目の前で繰り広げられる剣舞のような打ち合いを呆然と見つめていた。どちらも魔法をここぞで使うために温存しているのか小競り合いでも魔法戦はない。
「いや、今すぐだ。今すぐリリスを止めろ。お前がこうなった以上、リリスが戦う理由など存在しないだろう」
 シェラがヘンリーをにらみつける。
「……どちらにしても、私にはもうとめることはできない」
「どういう………」

 打ち合わされた剣がひときわ高くなった。

 反射的に、視線が戦う二人のほうに向いた。
「おい、これ………どういうことだよ!」
 一度間合いを置いた裕也が、息も絶え絶えにコチラに話題を振った。
 いきなり肩で息をし始めている。
「裕也が………押されてる?」
「まさかっ!」
「そうだ………リリスの体は、致命的なスピードで細胞活性を行っている」
「細胞活性?」
「つまり、傷つけてもたちどころに再生し、息も切れないということだ」
「それじゃ、無敵じゃん!」
「……その通りだ。だからいっただろ、最強のホムンクルスだと」
「リリス!止めろ!その体では…………」
 シェラが叫びかけたが、リリスはさらに裕也に追撃を始めた。
「!」
 一、二撃目をなんとかかわして、三撃目を受け止める。
「くっ」
「裕也!」
「来んな!」

 ぎぃんっ!

「ヘンリー!なんとか」
「ならん。それにあれはリリス自身が望んだ事だ」
「なっ………どういうことだ、それは」

「しかたねぇ………行くぞ!」
 裕也が咆哮した後、突如彼の周りを取り巻く空気がさっきのシェラと同じように激変した。
「ユーヤ様!」
「これしかねえんだ!」
 まるで矢の様な速度で放たれる突きを全てかわしきり、裕也は一歩後方へ下がると掌を上にかざした。
「せめて昇天しろ、リリス!」
 その腕を切り裂きながら、切れ味の良い風が左腕に蛇のようにまとわりついた。
 滴り落ちようとする血さえ風が巻き上げて中を漂う。
「――――ッ!」
 それにもかかわらず、リリスは剣を携えて真っ向から向かってきた。
「いけぇっ!」
 風の蛇が、巻きついていた左腕から、リリスへ向かって喰らいつく。
 一撃目と二撃目をなぎ払ったが、残りの蛇がリリスの足と腕に喰らいついた。
 その間に、裕也の手の組み換えが終わっていた。
「散れ」
 左手の掌が光を帯びた瞬間。

 ――――――ッ!。

 瞬きの後に残ったのは、抉り取られた地面と巻き上がった砂塵だけだった。
「……………」
「終わったか」
「………」
 それぞれが、それぞれの思いでその抉り取られた地面を見ていた。
「ふぅ」
 一息ついて、裕也が戦斧を地に突き刺してがくんと頭だけを垂れた。
「つっかれた〜」

 そして。

 にこやかな笑顔のまま。

 その中央にいた伝説のオッドアイがもう一度浅い息をついた後、意識を失って倒れた。



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