「オッドアイ」
著者:創作集団NoNames



  第七章・代償

    −1−

 風が窓枠を叩いて、俺は落ちかけていた眠りから我に返った。
 垂れそうになっていたよだれを袖で拭うと、目の前の二人を見る。
「…………」
 目の前には、途中から現れておいしいところをかっさらっていった伝説のオッドアイとやらが口をあけて安眠状態。
 俺の反対側に座っている理奈もこっくりこっくり舟をこいでいた。
 誰も、何も動かないということがこれほど静かだとは思わなかった。たぶん、アースなら外がいつもやかましいからそう感じるだけなのかもしれない。
「ふわ…………」
 理奈が欠伸をして、俺の方を寝ぼけ眼で見る。
「あれ………寝ちゃってた?」
「理奈、お前しばらく牢屋生活だったんだろ?寝てたほうがいいって」
「え、あ、いいよ。今少し寝たから、平気」
 欠伸を聞かれて、バツの悪そうな顔で理奈が笑う。
 だいぶ無理をしてるのが顔色からありあり見える。
「それにしても、自分の友達が異世界の英雄だったなんてなぁ」
「私にしてみれば兄貴が英雄だよ」
 少し困ったような顔をして理奈がつぶやいた。
「信じられないよ………ホント」
「…………」
 確かに。
 敵が消えたにしても、これじゃ帰りようがない。
「今頃、アースのほうはどうなってんだろ」
「まだ十日もたってないから、大丈夫だろ。なんなら、先にココノに………」
「やだよ、また兄貴おいてくなんて」
 おきたら裕也に事の次第を問い詰めるのは、多分明白だった。

 リリス戦の後、倒れた裕也を担いで来た俺たちは一度シェラの館に引き返してきていた。当然ながらココノと理奈は先に戻っていたが、俺たちの惨状を見て唖然としていた。
 まああれだけの怪我なら当然ともいえなくはないが。
 今、シェラは闘技場とはいえ街中で起きたことについて城のほうへ謝罪へ行っている。
 ココノは…………。
「くかー………くかー…………」
 裕也の隣で仲良く熟睡中。
「カズ君」
「おう?」
「私達、戻れるのかな?」
「ココノがおきれば一発だろ。こいつ結構失敗多いけど、まさか隣町くらいまで間違えて落ちる事は………」
 ないとは言い切れないが、そういう可能性は度外視しておくことにしよう。
「そうじゃなくて」
「?」
「兄さんが前にここで戦ってたってコトは、今までにも平然と人を殺した事があるってことでしょ?」
 告げる理奈の顔は少し辛そうだった。
「リリス、だっけ?」
「あれは生かしておくほうが無理だ。現に裕也だって最後のほうまで殺さないように魔法を温存してたんだぞ。使ったってコトは、手には負えなかったと判断したからだろ」
「でも………」
「何か理由があったにしても、俺たちに剣を向けたことは事実なんだ。向けられた以上はこっちが殺されるわけにはいかない」
「…………」
 理奈が俯いたところで、スカイへついた時と同じいでたちのシェラが現れた。手には代えの洗面器のようなものを持っている。
「すまん、立ち聞きするつもりはなかったんだが」
「………」
 また、バツの悪そうな顔で理奈が顔を伏せた。
「………シェラ、今回の事もたぶんこいつはあらかた知ってたんだろ?」
 シェラは観念したようにうなずいた。
「オッドアイとスカイラウンダーについては話したな。アースはスカイに比べて魔力の密度が低い。だからコチラへ来るとオッドアイは急激に魔力を体内に取り込み始める」
「ってことは、私も?」
「時期が来れば、遅かれ早かれスカイラウンダーにはなるだろうな」
「それで?」
「しかしだ、スカイラウンダーとなって魔力が使えるようになる際に、私達スカイの人間とアースの人間には、決定的な習慣が欠落している事が分かったんだ」
 シェラは目を細めると、持ってきた洗面器を取り替えた後、裕也の隣からはみ出しかけてえびぞりになっているココノを元に戻した。
「密度差の関係で、アースの人間は魔力の制御ができないらしい。現にユーヤ様も気付いたのが革命の最後辺りでのことだったらしい。己の中に蓄積された魔力の暴発を食い止めるのが精一杯で、威力に手加減ができなかったと聞く」
「…………だから、最後まで撃たなかったんだ」
「ああ、しかもあれほど大量の魔力を解き放つための精神力は並大抵ではない。ユーヤ様とてスカイでは英雄であっても、アースでは一介の、人の子だからな」
「で、手加減できない魔法ぶっ放して、意識まで持っていかれた、ってことか」
 俺が溜息混じりにかいつまむと、シェラが目を閉じてうなずいた。
「ってことは、このままスカイにいるのは」
「危ない」
 シェラの声に反応するかのように、理奈がシェラの襟を両手でつかみ上げた。
「理奈ッ!」
「その危ないことをさんざん兄貴にさせといて!なんで私達が関係ない戦いに巻き込まれなくちゃいけないの!」
「……………」
 俺が、この戦いの中で再三思い続けてきたことだった。
 ただ異界の人間の方が強いから。

 その程度の理由で用心棒紛いに人殺しができるわけでもない。

 シェラは険しい顔のまま、それでも黙っていた。
「なんとか言って!」
「理奈、やめろ」
「だって、カズ君だって!」
「いいから、俺のこと考えてくれんならやめてくれ」
 少し語尾を強くすると、理奈が大きく目を見開いて、乱暴にシェラから手を放した。
「理奈」
「顔洗ってくる」
 短い、覇気のある声を残して理奈は部屋を出て行った。
「………悪いな、シェラ」
「いや、確かに理奈の言っている事は正論だ」
 乱れた襟を直しながら、シェラはただ冷静にこちらを見据える。
「ただ、この世界は汚れきった」
「?」
「正論だけでは、国を守れない」
「それが『キレイゴト』だとしてもか?そのタテマエがあるから何してもいいってわけじゃないんだと思うけど」
「………スカイにはまだ大国がある。厚い霧………フェルムストルムと呼ばれる雲の向こう側にはまだ大国がひしめいている。いまだその霧のせいで領土の保全は保たれているわけだが、もうすぐ、その霧は晴れる」
「………ってことは」
「残りの大国がノワールとの戦闘になった場合、オッドアイを使わないとは限らない。現に空間の揺らぎは各地で観測している。戦争ともなれば、オッドアイに親しい人たちを人質に取ってでも戦わせようとするだろう」
「………」
「だから、私はホムンクルス計画を実行しようとした。オッドアイを使わない、人工的な戦闘種族………本当は彼らや私が矢面に立つべきなのだ」
「私……?」
「先代王亡き今、王位を継ぐことができるのは私しかいない。たとえ王妃とオッドアイの不義の子であってもな」
「不義って………」
「私は、アースとスカイのハーフだ。ただ、どちらの性質も中途半端に終わっているが」
 唖然とするような事を、平気でいわれたような気がする。
 大して、シェラは諦めたように苦く笑うだけだ。
「あ…………」
「気にするな。私から振った話だ………だから、オッドアイの気持ちも分からないではない。子供の頃は先代王にはこと愛されたという記憶はないからな」
「…………シェラ」
「悪かったと思っている。本当ならばユーヤ様を呼ぶのには抵抗があった。伝説のオッドアイの力を借りれば、ホムンクルス計画をのっとろうとしたホーザーを止められるかもしれない………だが、おかしいと思ったのだ。どうしてそれだけ強大な力を持ったオッドアイが、スカイをことごとく去っていったのか」
「それで、魔力の暴走に行き着いた」
「ああ。そして白羽の矢が立ったのが、ユーヤ様の隣にいた、お前だ」
「裕也のご推薦ってわけか」
「まぁ、そういうことだ」
 いつのまにか、視線の下のほうから声がしていた。
「起きてたのか」
「今しがた。理奈がうるさいんで朝かと」
 妹を人間目覚ましに使うなよ。
「具合のほうはいかがですか」
「シェラ『さん』、無駄な敬語はやめてくれないかな。俺は今やこの世界では英雄でもなんでもないんだし」
 裕也が掛け声と共に、半身を起こす。
「しかし」
「あの剣技は常人離れしてたぞ」
 俺が言うと、ふざけた顔の裕也の顔がふっと緩む。
「ま、ばれてしまったものは仕方ない。この俺様が四十年ほど前に先代王に仕えてこの地方の国々を大国ノワールへと平定したオッドアイ、デス」
 改めて、といわんばかりに裕也がにこやかに笑う。
「…………」
「……どした?カズ」
「…………この」
「この?」

 すちゃ。

「そ、それはッ!」
「バッッカ野郎!」

 スパァァァァァンッツ!

 おそらく、人生で最大のハリセンの炸裂音がした。空気を割く音がしていたから間違いなくバットのヘッドスイング程度の威力があったはずだ。
 避ける間もなく、半身を起こした状態の裕也は長座体前屈な状態で前のめりに沈んでいた。
「ユーヤ様!一彦、なんてことを!」
「はぁッ!………ったく、初めから言ってくれてたらもうちょっと有利にコトが進んだのに……全部俺に押し付けやがって!これくらい当然だ!」
「う………うぅ……怪我人にこの仕打ちは………」
 ベッドにめり込んだまま、曇った裕也の声が帰ってきた。
「……理奈がどれだけ心配してたと思ってんだよ、お前は〜!」
「…………知らない」

 すぱぁん。

 狙いをすまして、二発目も同じところを強打。
「いっぺん往生しろ」
「…………うい」
 潰れた声で、裕也がうめき声を上げた。
「んで、シェラ」
「………?」
「俺は、もうこの世界には用済みになったのか?」
 一応、真剣な顔で尋ねておく。
「ああ。よくやってくれた。ヘンリーの野望はついえたわけだし、当面の目的は果たされた」
 シェラも視線を少しだけきつくして答える。
「んじゃ、胸を張って帰ってもいいんだな?」
「ああ、問題ない。ココノの体調が戻り次第、アースへ三人を帰す」
 ココノの魔力とやらがフルに戻ったのは、それから二時間後のことだった。




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