最終章・『伝説の戦士』はじめました
熱気が、静かに蒸気を伴いながら近づいてくる。
顔に当たる熱波が心地よいくらい、今日は冷え切っていた。
「いよいよ、フェルムストルムが晴れる」
シェラの顔は、霧の向こう側に閉ざされた世界を前に魔剣を携えた手を一度握りなおす。
顔には、険しいほどのあせりと不安が見て取れる。
スカイにきて一年。
いよいよ、別大陸とノワールを隔てる一枚目のフェルムストルムが晴れようとしていた。大陸同士がこすれあって、その熱で気温が上昇するのが特徴らしいことがわかり、ノワールは数ヶ月前からいつ攻め込まれてもぬかりのないように準備を進めてきた。
霧は三十年周期で襲ってくるらしく、これから三十年の間はノワールは外交政策に奔走する羽目になる。
うまくいけばの話だが。
なんでも、霧が晴れていた四十年前は裕也が隣大陸の中心であったのレルダルという国を返り討ちで徹底的にぼこぼこにしたため、その戦争に対する思いを引きずっている可能性が高いらしい。
よって、今回は先手必勝をかかげてシェラはこうして最強の布陣を国境近くに敷いているというわけだ。
むろん、ノワールが誇るオッドアイ三人もここにはそろっている。
この布陣が破られるということは、すなわちノワールの敗北を意味する。
それだけにこの最初の一歩は慎重だった。
「いよいよ、晴れるぞ!」
王族として、この一年を別の意味で戦い抜いたシェラは正式に女王としてノワールを統治することになり、その下には戦闘隊長・ユーヤ、騎士団長のヘンリーと続いている。
シェラが剣を掲げた。
怒号が、小さな軍勢からあがる。
「くれぐれも無理はするな!無抵抗のものを殺すことは絶対にやめろ!いいなっ!」
上り始める朝日に照らされて霧の向こう側が、段々と緑色に染まってゆく。
向こう側は森なのかもしれない。
「おい、一彦」
横にいた、裕也が剣を担いで笑ってきた。
「夏休みの宿題、やったか?」
「まだ」
「後で写させてくれるよう、理奈に頼もうな」
………お前もか。
理奈は別の布陣にいるため、あまり顔をあわせることがない。
それでも、おそらく思いは同じのはずだ。
宿題の状態が同じじゃないことを祈ろう………。
「さ、伝説を始めようか!」
まだ薄靄のかかる森の中へ、裕也は剣を担いだまま歩いていった。
「あ、おい、ちょっとまてよっ」
まるで部活にでも行くような声を上げて、俺は裕也の後を走り出した。
新しい伝説が今ここから、俺達の手によって始まろうとしていた。
[END]
[第七章・第三節]