「利用した者、させた者」
著者:創作集団NoNames



   序 章

 テレビやらインターネットが発達しているこの世の中で、ラジオこそが一番だと思っているやつなんて日本中を探してもほとんどいないだろう。その中の一人が耕二だ。大体このご時世で、就職をラジオ局1本に絞る方がどうかしている。大体は10社ぐらい掛け持ちするものなのだが、そんな言葉は耕二の耳には入っていなかった。耕二の熱意は相当のもので、一発でラジオ局から内定をもらった。
だが、憧れのラジオ局に入ったのは良いが、新人は雑用ばかりで、さすがの耕二も6月の蒸し暑さも手伝って、やや遅めの5月病にかかっていた。
 一週間ほど降り続いていた長雨も止み、スカッとした休日になった。今日は何かいいことが起こりそうな日であった。
 遅く起きた朝、近くにあるいつものコンビニへ行く。いつもの店内と何も変わらない風景だった。いつものように、パンと飲み物を買ってレジの方へ向かうと、見覚えのある後姿であった。背格好は変わっているが、あの黒髪が肩の辺りまでかかる髪型は確かに靖子であった。靖子は、中学校まで同じ学校に通ったタメであった。しばらく会っていなかったが、耕二は彼女の事を忘れてはいなかった。無理もない。彼女は耕二の初恋の人であった。恥ずかしがりやだった耕二は、彼女の祖母が営んでいる駄菓子屋にほとんど毎日通ってはいたが、彼女に思いを伝えることが出来ず、ずっと胸のうちにしまいこんでいたのだった。あれから7年彼女はどうなったのだろう。思い切って話してみようと、まさにのどの声帯を開こうとした時、店の自動ドアが開きヘルメットをかぶったままの客が入ってきた。いや客ではない、右手にはきらりと光る鋭利な刃物が握られていた。耕二がその光に気づいた時には、強盗は靖子の首を左手で絡ませ、叫んでいた。
「カネを出せ。早くしろ。」
耕二と店員は恐怖で金縛りに会ったように動けなくなってしまった。
強盗は苛立ち、さらに声を大にして言った。
「この女がどうなってもいいのか。」
この言葉に耕二は反応せずに入られなかった。店員に集中している強盗の後ろからペットボトルで男性器官めがけてアッパーをかました。グニャという鈍い音とともに強盗は一目散に逃げていった。
「どうもありがとうございました。」
靖子は深々と頭を下げた。
「いやいや、それよりケガはないですか。靖子さん。」
耕二は自分でも優しい言葉をかけている自分を恥ずかしくなった。靖子は自分の名前を言われ、驚いてさっと頭を上げると、見覚えがある顔であった。
「もしかして耕二君?」
「覚えていてくれたの。うれしいな。」
「久しぶりだし、お礼といっちゃなんだけど、お茶でもどう?」
突然の誘いではあったが、耕二には断る理由もなく喫茶店の方へと向かった。すがすがしい風が靖子の髪をなでた。久しぶりに見た靖子の顔は昔よりも大人びていたように思えたが、チャームポイントである黒目の大きさは変わっていなかった。
 二人は近所の喫茶店に入りコーヒーを2つ頼んだ。室内はもうすぐ昼間だというのに薄暗かったが、いまどき珍しい映画のワンシーンに出てくるような本格的なつくりの喫茶店であった。
靖子は耕二といろいろと懐かしい思い出話に花を咲かせ、笑って入るものの、どこか緊張ではない他のマイナスの要素が靖子を引っ張っている。そんな表情をしていた。耕二は靖子の表情が心配であった。
「ところでさ、いまはどうしてるの。」
「えっ。いきなりどうしたの。」
「いや、なんとなく元気ないなぁ、とおもってさ。何かつらい事でもあるんじゃないかと思ってさ」
「うん。まぁね。ちょっと今、お水の仕事をやっていて、それが大変でねぇ。」
耕二は靖子の目を覗いた。耕二には靖子が寝ても覚めても思っていた昔と比べてほんの少しだが変わってしまったように思えた。そして、靖子の黒目の裏に何か大きなマイナスの塊があるようにも思えた。
「ほんとにそれだけ。」
「そうよ…」
彼女は自信なさげに言った。
「何か悩みがあるんだったら隠さず言ってくれよ。俺はお前の力になる事だったらどんな事でもやるよ。」
勢いに乗せられ、自分でもどうしてこんな言葉が出たのか分からないほど、ストレートに言う事が出来た。そこには以前の抱えていた恥ずかしさなどはなかった。靖子は目をウルウルさせながら首を縦に振った。それからいろいろと卒業後の事を聞くことになった。高校へは耕二は地元の工業高校へ行き、靖子は県1の県立高校へと進んで今ごろはキャリア組みにでもなっているのではないかと想像していたが、まったく違っていた。靖子は高校2年の時に、今まで大手の会社で重役まで上り詰めた父が一方的に解雇され、大きな借金を抱えてしまい、両親は離婚する事になってしまった。その後、体が弱かった母は癌で亡くなってしまい、高校も辞め、祖母と二人で暮らしていたそうだ。駄菓子屋では食べていけず、靖子は水商売をする事になった。靖子は持ち前の美しさでNO.1になり、数々の大物と知り合いとなった。
 靖子はそこで現在衆議院議員の鯉墨潤一郎の息子である、幸太郎にお店で出会い、親密な仲に発展していった。そして、靖子のおなかの中には靖子と幸太郎のDNAを持った新しい生命がまさに今存在している。
 幸太郎と出会って下り坂の人生の風向きが変わり、厚く覆っていた黒い雲が通過し、靖子に幸せが訪れるはずであった。だが、議員の息子といえば大体が父の後の地盤を受け継ぎせいじかになるのである。幸太郎も例外ではなかった。もし仮に高校中退のお水の女と出来ちゃった結婚などしようものなら、世間の見方は決まっていた。
それに幸太郎にはもう1人彼女がいる事が噂になっていた。相手は靖子の父親が首になった会社の社長の一人娘、理沙であった。あまり容貌は美しいとはいえないが、KO大学卒でお金持ちの箱入り娘となれば別である。
 靖子にしてみれば、幸せをすべて理沙や社長に吸い取られてしまったとしか思えない状況であった。
「幸太郎さんはそんな人じゃない。」
と靖子は言うものの、たぶん本当に大丈夫なのか不安で仕方がなかったのだろう。
幸太郎は本当に靖子の事を愛しているようであったが、結婚は認めてもらえそうになく、政治の前に愛は屈しそうになっていた。
 耕二はすっかり冷めてしまったコーヒーを口に流し、大判風呂敷を広げてしまったことを反省しつつも、何とか靖子のことを救ってやりたかった。靖子を幸せにしてあげたかった。すっかり靖子の狂信者となってしまって耕二は冷静でいられるわけがなかった。
「わかった俺に任せとけって。」
「何言っているのか分かってるの?」
すぐに靖子は言った。靖子は耕二が本当に悩みを解決してくれるとはまったく思っていなかった。だから靖子はうそだとしか思えなかった。
「つまり、幸太郎はいいやつなんだけど、周りのやつらがダメなんだよな。」
「そうなんだけど…」
だが、祖母以外に身内もおらず、相談相手があまりいなかった靖子にとって今は耕二の言葉を信じるしかなかった。
靖子は用事が入っていて、耕二とこれ以上話す事は出来なかったが、別れ際の耕二の表情にはどことなく自信が感じられた。外はもうすっかり夕方になってしまった。




[第一章・第一節]