「利用した者、させた者」
著者:創作集団NoNames



    −2−

「疲れた…」
 やっときれいになった部屋の真ん中で横になりながら耕二は一人呟いた。
 あの後、すぐに警察に電話して来てもらったのだが、結局何も盗られていない事が分かった。
 念のため話が聞きたい、との事でその日は警察署で色々と質問をされた。
 結局帰ってきたら夜になっていたのでそのまま寝てしまったのだ。
 幸い今日は休みだったので、散らかされた部屋を片付けていたのだ。
 何故、こんな事になった?
 部屋の中はすべて鍵がかかっていた。つまり、ここにきた人物は部屋を荒らした後に鍵をかけて出ていったのだ。
 そして、あれだけ荒らされていたのに通帳はおろか現金さえ無事だった。
 耕二に考えられる理由は三つ。
 1.何かを探していた。
 2.個人的な恨み。
 3.脅し。
 1はまず無いだろう。別に怪しい薬を持っていたりするわけではない。ごく普通に生活をしている、ちょっと貧乏なだけの耕二の家に法に触れるものはない。
 2は、…身に覚えは無いが、ひょっとしたら気づいていない所で誰かの恨みを買っているのかもしれない。
 あと残るのは脅しだけ。
 昨日の幸太郎の言動は確かに怪しかった。しかし、耕二の住所を知っているはずが無い。
 いくら考えても答えが見つかるわけも無い。そう割り切って耕二は汗を流すべく、シャワーを浴びることにした。
 シャワーを浴びてさっぱりすると、腹が大きな音で鳴った。
 そういえば今朝から何も食べていない。
 冷蔵庫をのぞいてみたが、中に入っていたのは冷たい空気だけだった。あいにく、カップ麺などの買い置きも切らしている。
「仕方ない。なんか買ってくるか」
 服を着て財布をポケットに突っ込み、コンビニへと出かけた。
 歩いて五分ほどにあるこのコンビニは、めったに自炊をしない耕二にとって実にありがたい店だった。
「いらっしゃいませー」
 中にはいると高校生くらいの店員の事務的な声が店に響いた。今日は靖子はいないようだ。
 雨が降っているせいか、客の姿はほとんど無い。
 店の名前が書いてあるカゴの中に、弁当とインスタント食品を適当に突っ込む。ついでにビールも何本か入れた。
「ありがとーございまーす」
 先程と同じ声を背に、耕二は店を出た。
 ちょっと買いすぎたかな。
 大きな袋の中にはいっぱいに食料が詰められている。
 その袋を左手に、傘を右手に持って耕二は岐路に着いた。
 自分の住むアパートの前まで来ると、耕二は誰かいるのに気がついた。
 その人は23、4歳と思われる、上品な服装をした女性だった。
 耕二の部屋のドアの前にいるので、とりあえず声を掛けてみた。
「あの。そこで何をしているんですか?」
 するとその女性は耕二をじっと見た。
 神はとても長く、まっすぐに伸びている。顔にはやりすぎだと思えるほどの化粧が施してあり、強烈なにおいが耕二を襲った。
「あなたが遠藤耕二さん?」
 やや強い口調でその女性は問い掛けてきた。
「はい、そうですけど…」
 なにやら話があると言うので、とりあえず家の中に上がってもらうことにした。
 買ってきた物は台所に置いといて、片付けたばかりの居間に通した。
「で、話というのは?」
 他に無かったので、夏だが熱いコーヒーを差し出した。
 耕二が奮発して買ったソファーに座った女性は、それを受け取って一口すすった。
「私は津島理沙、鯉墨幸太郎の婚約者って言った方が話が早いかしら」
 コーヒーを持ってベッドに腰掛けた耕二に、そう告げた。
 この人が幸太郎の婚約者?
 たしかに着ているものや身に付けている貴金属、それに持っているバッグも高価そうなものだ。社長の娘というのも頷ける。
 だが、その社長令嬢がなぜこんな所に。そして、どうして耕二の事を知っているのだろうか。
 何を言えばいいか迷っている耕二のまえに、理沙はバッグから取り出した封筒を差し出した。
 十センチはゆうにある厚さで、受け取ってみると重量感もなかなかのものだ。
「これは?」
 耕二が封筒と理沙の顔を見比べながら尋ねた。
「手切れ金です」
 理沙はきっぱりと答えた。その目が真剣である事を語っている。
「あの女性、風俗の人に渡してください。あの人は、私と会おうとはしませんから」
 そして気づく、自分の手にある封筒が紙の詰まっているような重みである事に。
「二百万入っています。それと同じ物があと四つ、これです」
 バッグから同じ大きさの封筒を四つ取り出した。
「これだけ取れば満足でしょう?もう私たちの邪魔をしないよう、伝えておいて下さい」
 それだけ言うと、理沙は立ち上がった。
「ちょ、ちょっとまってくれ。こんなもの受け取れない」
 封筒を返そうとすると、理沙は軽蔑するような目で耕二を見た。
「なるほど、これだけでは足りないと言うんですね。意地汚い」
 理沙はバッグから何か紙のようなものを取り出し、そこに少し書き込みをして耕二の胸に押し付けた。
「それに加えて、もう一千万。これで文句ないでしょ」
 その傲慢な態度に内心憤りを覚えていたが、わけのわからないまま、それも女性を殴るわけにはいかない。
「これが、あんたと幸太郎の答えなのか?」
 できるだけ感情を抑えながら、それだけ聞いた。
「今日は私が勝手にやった事。でもわかるでしょう?世の中には釣り合いってものがあるのよ。それじゃあ、さようなら」
 自分の言いたいことだけ言って、理沙は去っていった。あとに残ったのは一千万と同額の小切手、そして冷めてしまった二人分のコーヒーだけだった。




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