−2−
運ばれてきたコーヒーを早速口にしながら、青年は午後のけだるい時間の中、喫茶店でのんびりと時間をつぶしていた。
待ち合わせはしているのだが、その時間までにはまだゆうに一時間はある。
別段急ぐこともなければ、やることもない。
本当に、暇なのだった。
手持ち無沙汰になることは容易に予想がついていたので、キオスクで購入しておいた新聞を取り出して読み始めることにした。
時間はあるが、どうしても一面から読む気にはならず、番組欄をざっとみてから裏側の地域面から読み始める事にした。
「………あれ?」
三十八面の少し大きな見出しに、見たことのある名前が載っている。
最近、界隈をにぎわせていた連続詐欺の犯人だった。一応、彼自身が名のとおった組織にいるせいか、そういう情報には事欠かない。
「…………二十九日って言うと、徹夜した次の日か」
物騒な話だが、この街の山の一番急な道路で車ごと崖から転落したらしい。前日に港の倉庫群で女性の他殺死体が見つかったらしいので、その関連性を警察は追っているなどという締めくくりで記事は終わっていた。
「現金一億円相当を持ったかばんを持って逃走したが、黒焦げの現金は見つかっていない……かぁ。どこかに落ちてるのかな」
感慨深げに青年はその記事をしげしげと眺めると、腕組みをした。
「利用する者も、自分のハンドル技術を信用できなかったのかなぁ」
「なにいってんの」
突如、背後から聞きなれた声がして青年は振り返った。
「おわッ、緒川、なんでここに」
「待ち合わせしたの、ここじゃない。いたって別段不思議はないでしょ」
けろりと現れた少女は答える。学校帰りなのか、制服のままかばんを持っている。
「お前、まだ六時間目」
「フケてきちゃった〜♪」
少女は声を弾ませると、青年の反対側に座る。
「♪じゃねえだろ。それに制服のまま喫茶店ってまずいんじゃ」
「あんた、いくつよ。時代を考えなさい、時代を」
じと目で見られて、青年は押し黙る。
「千尋ってそういうところ結構おっさんくさいのよねぇ」
「悪かったな」
「ま、どうでもいっか」
「おい」
話を振っておいてそれはないだろう。
しかし、少女はそんなことを気にもせずに矢継ぎ早に口を開いた。
「それよりさ、新しいリストバンド買ったんだ、似合う?」
そういって、健康的な肉付きの腕をテーブルの上に出した。手首にダークグレーのシンプルなデザインのリストバンドが巻きついていた。
「さすがだな。仕事のために」
「ううん、仕事じゃなくてただのアクセサリ。可愛いでしょ?」
「………それをかわいいと言えという感性はどうかと思うぞ」
「えーっ、そうかな。結構言われたよ。紀那らしいって」
「キナくさいの間違えじゃないのか」
突如、青年の足に激痛が走る。
「このまま、足の指一本ぐらいいっちゃおうか?」
笑顔で告げられた言葉と行動はまったく違っていた。
「冗談ですごめんなさい」
痛みが和らぐ。
「………お前といると命が足りない」
「確かに、敵に回すと怖いかもね」
少女は偉そうに一度、軽く鼻で笑って見せた。
暇そうにしているウェイターが早速注文を取りにきた。
「千尋、おごってね〜」
すさまじいことを平然と言って、メニューの中の高そうなケーキを指がいったりきたりする。
「え〜と、コレと………あと紅茶ください」
その姿を眺めながら、コーヒーを口に運ぶ。
口の中に苦味が広がった。
「…………平和だなぁ」
誰にともなく、末端構成員の青年は呟いた。
【終】
[終 章・第一節]