「Wacky Pirates!!」
著者:創作集団NoNames



    ―5―

森の中にひっそりと立つ丸太小屋。
トメの曽祖父が暗号として残した地図が指し示していた場所である。
 そこは、中に入ると外見以上に狭かった。
鼻をつく木の香り。ドアを開けた瞬間吹き込む風で舞う埃。
最低限生活に必要な家具などが揃えられてはいたが、タンスからベッドまでその全てが多量の埃を被っているところを見ると、どうやら曽祖父がこの小屋を去ってから誰も立ち入っていないらしい。
「何だかずいぶん使われてないみたいだな」
「うん、こんな小屋に一体何があるのかな………」
 二人は手分けして部屋の中を調べ始めた。
調べると言っても、その部屋は片付いていて、調べるほどの物もなかった。
最低限の家具を順々に観ていく。
ベッド、キッチン、タンス、壊れた冷蔵庫、机………
「ん?」
ふと、トメは机の上に置かれている、埃を被った一冊の本に目をやった。
「これは………日記?ひいおじいちゃんのかな………」
 トメはその本の埃を手で払い、初めのページを開いて読み始めた。
「………ええと…………『我らはWacky pirates。奇妙な海賊達という意味の言葉。これは私の好きなある本に出てくる言葉だが、どことなく響きが気に入っているのでそう名乗る事にした。勿論意味はある。この船にはマスト碇もない。風向きも天候も水流も問題ではないのだ。というのも、この海賊船が航海するのは世界に広がる海ではない。人間がまだ見たことのない時空という名の大海原だ。勿論あれは私の試作品。本物の海以上の危険が待っているだろう。しかし、残り少ない私の人生だ。この危険で奇妙な航海の記録を航海日誌としてここに残し、後の者に伝えることにしようと思う』……………これは…………」
 トメはその冒頭部分を読んで絶句した。
 『時空を航海する船』………まさかとは思っていたが、時代移動の研究は本当に進められていたという事なのだろうか。
 あまりに現実をかけ離れている。
信じ難い現実を目前にして、何となくだが、トメは恐ろしくなってきた。
「トメ!これ見てみろよ!」
 丁度、背後から別の場所を調べていたヘクトの大声が聞こえた。
 よほどの物を見たらしく、その声はいつになく張り上がっている。
 トメはとりあえず読みかけの航海日誌を机の上に戻して、ヘクトの声のする方へ行ってみた。
「このテーブルの下の床、なんかおかしいぜ。これってもしかして………」
 テーブルをどけると、その下の床は正方形を描くように埃が途切れていた。
 ヘクトがその部分を強引に手前に引くと、その床は徐々にスライドしていき、入り口の様な物が現れた。
「地下室の入り口………?」
「ああ、間違いない。中はずっと下の方まで階段が続いてるし」
 床に現れた入り口から下を覗き込むと下に行く階段がずっと先まで続いているが、薄暗くて奥の方までは見えない。
「おそらくこの先にトメのひいおじいさんが残した物があるんじゃないかな」
「ええ、きっとそうよ。行ってみよう、ヘクト」
 トメとヘクトは互いに顔を見合わせてうなずきあった。
 そして先のよく見えない、長く暗い階段をおそるおそる進みだした。


「ずいぶん長いな……」
「ホント。どこまで続くのかな」
 もうずいぶん階段を下りてきた。
 薄暗いせいもあるだろうが、振り返ってももう入口も見えない程下りてきたのだ。
「ねえ、ヘクト。私さっきから気になってたんだけどさ………」
「ん?」
 トメが階段を歩きながら言った。
「暗いからあんまよく見えないんだけど、何か下に行けば行くほど天井が高くなってる様な気がしない?」
「言われてみれば…………」
 トメの言ってることは確かだった。
 下に行くほどに天井が高くなって見える。
 暗くて正確には見えないが、もう既に相当な高さだ。
 これは、この地下空間の広さが予想をはるかに超える物であることを示している。
つまりこの先にある物は、秘密の地下室などではなく、とてつもなく広大な空間と言う事になる。 
そして
「着いた。あそこが一番下だ」
 二人はついに階段の一番下までたどり着いた。
「何がある?暗くて何も見えないよ」
「ん?これなんだろ?」
 ヘクトは周囲が暗いため、壁を手で探りながら歩いていると、ふと壁に何か突起物があるのを手で感じた。
「スイッチ…………?」
 カチ。
 ヘクトの指が壁のスイッチを押す。
「うわッ!?」
 二人は突然差し込んだ光により、眩しさのあまり自分の両目を手でふさいだ。
 ヘクトが謎のスイッチを押したことにより、突然辺りが明るく照らされたのだ。
 どうやら、この地下の天井には強力な照明装置が組み込まれていたらしく、ヘクトが押したスイッチは、それらをライトアップさせる為の物だった様だ。
「ま、眩しい………」
「でもおかげで周囲がよく見える様になったわね」
 二人の目は徐々に光に慣れ始め、次第に辺りの様子が正確に映るようになってきた。
 そして、ようやくその目で見ることが出来たのだ。
 広大な地下空間の中、目の前にそびえ立つ巨大な物を………  
「すごいな…………」
「これが、ひいおじいちゃんの…………」
 二人は目の前の巨大な物を見て、思わず圧倒された。
 それは、確かに船の形をしていたのだ。
 マストは立ってなく、碇も付いてはいなかったが海賊船の様な船だ。
黒い船体には堂々と、何か不思議なマークが描かれている。
素材は、あまり見覚えのない物質だったが、かなり頑丈な船体だったのは確かだ。
照明によりライトアップされた地下空間の中、二人の目の前に、その黒く輝く巨大船は堂々と姿を見せた。
「海賊船の形に似せてデザインされてるのはきっとひいおじいちゃんの趣味ね」
「ってことは間違いないな。これがトメのひいおじいさんが残した………」
 発展した技術と一人の天才の頭脳によって産み出された傑作品はついにその姿を二人の前に現した。
 一見すると巨大な海賊船の様にしか見えないが、どことなく内部に機械が組み込まれている重々しい雰囲気も持ち合わせている。
 二人にはすぐにこの船の正体がわかった。
「これが、あのフロッピーが示していた物…………………時代移動装置。つまり………」
「タイムマシンね」
 地下の空間は、天井の照明装置以外は特に手を加えられてはいない、大きな洞窟になっていた。
 とてつもなく広い洞窟だ。
 地面には、あちらこちらに作業に使われたのであろう工具が散らばっている。
「軍の指示で進められていたひいおじいちゃんの開発は既に完成していたのね」
「なんとか軍のやつらよりも先にみつけることが出来たな」
 タイムマシンを軍の人間よりも先に見つけることは出来た。
 前にも仲間達の間で話していた通り、この海賊船型時代移動装置は、使い方しだいでは日本人保護政策の大きな助けになるかもしれない。
「じゃあ早速船の中を………」
『そこまでだ!』 
 突然聞こえた一声と共に階段の方から大勢の人間が走ってくる。
「しまった!軍のやつらだ!」
 二人はとっさに逃げるがここは地下、階段をふさがれては他に逃げ場はない。
 とりあえず海賊船の方に走って行くが、すぐに地下空間には大勢の軍服を着た男達が侵入してきて、二人は海賊船ごと軍人に囲まれれた。
「ちくしょー、何でここがわかったんだ!」
「とにかくこの場を切り抜けないとどうしようもないわね」
 二人は戦闘態勢に入るが、周りを囲む軍人はざっと三…四十人。勝てるわけがない。
「全員射撃用意!」 
すぐに軍人たちはヘクトとトメに向けて銃を構える。
 同時に辺りは緊張した雰囲気に包まれた。
カンカンカン―。
その時、どこからともなく足音が響く。
と、ふと軍人達の後ろの方から一つの人影が群れをわって姿を現した。 
「…………!?し、射撃用意中止!司令官様のお通りだ!」
 その掛け声と共に軍人たちは銃を構えるのをやめ、それを縦に持ち道を開けた。
 人影は、軍人達の真ん中を抜けてヘクトとトメの方に歩み寄る。
 どうやら、軍人達の対応からして、この人影こそが軍の親玉、司令官だと思われる。
 司令官は二人の近くまで来ると、口元に微笑を浮かべた。
「私は軍の最高司令官。二人ともご苦労だったな。おかげで時代移動装置を発見することに成功した。礼を言おう」
「ふざけないで!この装置は私のひいおじいちゃんが開発した物よ。誰があんた達なんかに………」
 追い詰められているにもかかわらず、強気な口調でトメが言う。
 その人物が、軍の中で強大な権力を持つ人物であることは色違いの軍服を身に付けている事からもトメにもヘクトにもすぐにわかった。
 その瞬間、トメには両親や仲間を殺された溢れんばかりの憎悪が込み上げてきたのだ。
 一方ヘクトは………
「…………!?……司令官……だって?まさか………どうしてお前が………」
 ヘクトの様子がおかしい。
「ひさしぶりだな、ヘクト」
司令官は何もかも見通していたかの様にヘクトをあざ笑う。
「ヘクト?」
 ヘクトの異変に気付きトメが声をかけるが、ヘクトの耳には届かない。
「お前が……司令官だって……?お前が……カプトースの皆やトメの両親、それにケントを殺す指示を出した張本人?………まさか、お前が…………お前が黒幕だったのか!?」
ヘクトとトメの前に姿を現した軍の最高司令官。
いわゆる、今回の一連の出来事の「黒幕」にあたる人物。
その人物は、驚くべき事にヘクトのよく知っている人物だったのだ。



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