「Wacky Pirates!!」
著者:創作集団NoNames



  第五章


   −1−

ついに、たどり着いた広い地下空間。
 その中で、突然ヘクトとトメの前に姿を現した軍の最高司令官は、冷たい微笑を浮かべている。
「どういうことだよ、お前が軍の最高司令官って………」
 ヘクトは司令官に鋭い視線を向けた。
 司令官はヘクトの動揺ぶりを楽しむかの様に無言のままあざ笑う。
「答えろよ!ジュール!」
 それは目の錯覚などではなかった。
信じ難い事に、そこにいた司令官とは、かつての職場カプトースの仲間であったジュールだったのだ。
他の軍人達とは違う色の軍服をまとい、軍の中での身分の高さを明らかにしている。
軍の司令官というのは間違いなさそうなのだが、その男はまぎれもなくジュール本人だった。
「えっ!?ジュールって………」
 トメもかつてその名を一度だけ耳にしていた。
 TVのニュースで放送された、軍に保護されているというカプトースの男の名だった。
 保護されているとは所詮表情報であり、実際には人質として軍に捕らえられている、とヘクトたちは考えていたがどうやら現実はさらに残酷な物だった様だ。
「ジュールか…………懐かしい名前だな」
 司令官の姿のジュールは静かに口を開いた。
「もともとフロッピーは軍があの老人から受け取って、カプトースという物流経路を利用し本部に送られるはずだった。その連絡役として司令官である私自らがあの会社に作業員として潜入していたのだ。『ジュール』という偽名を名乗ってな。それだけ失敗の許されない任務だったからだ」
 『あの老人』とはトメの曽祖父の事。
 そこで話している男の口調があまりにもかつてと違っているため、ヘクトは別人と話しているような感覚を覚えた。
「潜入って………お前はロンドン本社から派遣で来たベテラン社員って聞いていたのに……」 
「それは私がカプトース横浜支社の支部長を脅してそういうことにしたまでだ。そうして私は長い間軍の連絡役として待機するため、あの会社でお前らとともに勤めてきた。ところが全ての準備が整った頃になってあの老人がフロッピーを軍に渡すのはやめるとぬかしやがった」
「ひいおじいちゃんが…………」
 トメもようやく話の流れが頭の中でつながり始めた。
「そのことでもめている間にあの老人は死んだ。あのフロッピーの行方がつかめなくなってしまっていたが、最近になって血族である天皇家の所に回っているという情報をつかんだ。そこを押収して何とかカプトースまで運ぶことが出来たってわけだ」 
「そういう事だったのね………どうりで手際が良すぎると思ったわ」
 トメは話を聞いている間に、次第に拳を硬く握り始めた。
 その様子を一瞥すると司令官は鼻で笑い、話を続けた。
「ところがここでさらに不都合が生じた。やっと手に入れたフロッピーが銀色の妙な箱に入っていて開けることが出来なかったのだ。そこで、同僚のキリバールを利用してカプトースの中であの箱を開ける技術を持つ人材を探し出した」
「それが俺だったってわけか………」
 ヘクトは未だに信じ難かった。
 いや、信じたくなかったのだ。
 敵のリーダーにあたる男が、かつて自分の一番身近にいた者だという事実を。
「そうだ。さらにキリバールを利用してあの箱をお前の手に回した。その時点で利用価値のなくなったキリバールとカプトースには証拠隠滅のために消えてもらったよ」
「くっ!そんな理由で………そんな理由で長い間一緒にやってきた仲間を殺せるのか?キリバールやおばあ、それにカプトースの皆を」
「軍人に感情など必要ない。まあお前が天皇家の小娘達と手を組む事になったのは予定外だったがな。結果として目的の場所までこうして案内してくれたってわけだ」
 司令官はまるで機械の様だった。余計な感情の一切がなく、ただ一心に任務を実行する事だけを追求する冷徹さ。まさに軍人だ。
「ジュール、お前にこの時代移動装置は絶対に渡さない!」
 ヘクトは強い眼差しで言い切った。
「もはやジュールではない。私の本当の名はメトルル。司令官メトルルだ。別に渡してくれなどとお願いするつもりはない。今の貴様らに選択権などあると思うか?」
 メトルルと名乗った男がその場を何歩か遠のき、周囲の軍人達に合図を送る。
 すると、軍人達全員が一斉に銃口をトメとヘクトに向けた。
「私たちを打てるものなら打ってみなさいよ!今私たちはタイムマシンの真ん前にいるのよ?この状態で一斉射撃などしようものならタイムマシンに風穴が開くわよ?」
 追い詰められている状況で、トメはさらに強気な言葉を吐く。
 が、それは半ば強がりにも近かった。
 この状況で時代移動装置を盾にする事などは、時間稼ぎに過ぎないとトメ自身理解した上だったのだ。
「ほほう、なるほど」
 トメの言っている事は確かに正論だったが、メトルルは少しも慌てていない。
「ならばこれでどうかな?」
 メトルルがパンパン、と二回手を叩く。
 すると地下空間の入口の方から数人の軍人に囲まれて、二人の人間が連れてこられた。
「………!?デルタ、ドリアーノ!?」
 ヘクトとトメは一斉に声をあげた。
 入口の方から連れられた二人の人間とは、捕虜として捕らえられていた仲間、デルタとドリアーノに他ならなかった。
 二人の手には、しっかりと冷たい手錠がはめられていて、二人とも傷だらけだった。
「すまん。ヘクト、トメ………」
 デルタがぐったりと弱った声で言った。
「何で二人がここに………?アルムが助けに行ったはずじゃ………」
 トメは口ではそう言っていたが、頭の中には悪い予感が渦巻いていた。
 それは、ヘクトも同様だ。
 アルムが助けに行ったはずの二人がまだ捕虜として軍の手の中にいる、という事はアルムは…………
「アルム?ああ、さっき私が撃ち殺した魔術師の名か。惜しいものだな。ラム中尉を倒す程の腕の持ち主だったんだがな」
 メトルルの言葉が、ヘクトとトメの抱く悪い予感を現実へと結びつけた。
「何だって………まさか………アルムまでが………」
「嘘よ!ハッタリに決まってるわ!嘘でしょ?ドリアーノ!?」
 トメが現実から目をそむけようとする一心で叫び散らすと
「………本当だ。………全て俺達の責任だ。俺達の目の前でアルムは…………」
 ドリアーノの声は震えていた。
 あのいまいましい光景がドリアーノの脳裏によみがえったのだ。
 目の前で飛び散る仲間の鮮血。鼻を突く硝煙の匂い。
「悲しむことはないさ。お前らもすぐに逝かせてやる。ただし、お前らがその時代移動装置を大人しく渡すと言うのならこの二人だけは解放してやろう。どうだ?断ればその時点で捕虜を処刑する」
 メトルルは明らかに強引な取引を投げかけた。
 もちろん時代移動装置を手に入れた後で、捕虜の二人を解放するなどは有り得ないと言うことは馬鹿にもわかる。
 しかし、これ以上仲間の死を目の前で見たくない。
 どの道皆殺される。
 精神的に完全に追い詰められている二人を揺さぶる作戦だ。
「………それでデルタとドリアーノは助かるのね?………」
「おい、トメ!?あんな奴のいう事が信用できると思うのか!?」
 メトルルの言うことに大人しく従おうとするトメを、ヘクトは引き止めた。
「…………もうどうにでもなればいいわ。アルムもやられたんじゃどの道私達に勝ち目はないもの」
 トメは精神的にもう限界だった。
 ひどく落胆した様子で、がっくりと肩を落としている。
 まさしくメトルルの罠にハマッていたのだ。
「ふふふ。さあ、お前はどうする?ヘクト君?」
 メトルルは既に勝利を確信している。
 腕を組んだまま、見下す様にヘクトの方を見て笑みを浮かべている。
「………くっ!どうすりゃいいんだ。………ここまでかよ………」
 ヘクトは悪あがきとばかりに必死に知恵をしぼった。
 だが、この場を脱する手段などかけらも見えてはこなかった。
 見えるはずがない。
 そんなものは存在しないのだから。
「そう。これで終わりなのさ。よくやったと言いたいところだが。所詮お前らは私の手の中で踊っていたに過ぎんのだよ。お前らの負けだ」
 メトルルは目前の勝利に酔いしれ、高らかに笑い声を上げた。
『それはどうかな!』
 その時、地下空間のどこかから謎の声が聞こえた。
「誰だ!」
 メトルルを初め、軍の兵達は皆辺りを見回すが、声の発信源の姿は見当たらない。
「この声は………」
 ヘクトはその声に聞き覚えがあった。
 と、次の瞬間。
 ゴオオオオオオ!
「うあああああああ!」
 突然辺りに、赤い影がほと走り、巨大な円を描く様に地下空間を駆け回っていく。
 同時に、軍人達十数名の体が激しく炎上し始めた。
「ぐ………ああああああああ」
 体を炎に包まれた軍人達のもがき苦しむ最期の叫びが響き渡る。
「あ…………が………」
 すぐに、その肉体は焼け焦げ、やがて灰と化し地面に降り積もった。
「こ、これは………」
 メトルルが自分の周囲を見渡すと、既に兵達の三分の一が死滅していた。
 あまりに一瞬の出来事だったのだ。
「遅くなりましたね。トメ、ヘクト」
 やがて、何の前置きもなく辺りを駆け回った赤い影がその実態を明らかにする。
 不自然に変色させられた赤い髪。鍛え上げられた体格の良い体つき。
 そう、それは間違いなく………
「アルム!」
 ヘクトにトメ、それにさっきまでグッタリしていたデルタにドリアーノまでが顔を上げて一斉に叫ぶ。
 そこに立っていたのは誰もが死んだと思っていた魔術師アルム。
 間違いなく本人であった。
「貴様………!?撃ち殺したはずなのに………なぜ………」
 メトルルが有り得るはずのない人物を目前にし、さっきまでの余裕な態度を崩壊させた。
「俺の生死を確認しなかったのが運の尽きだ。あいにく俺たち魔術師の再生能力は普通の人間とは比べ物にならないんでね。弾丸の当たり所が良かったらしくて何とか助かったんだ。まあ実際死にかけはしたけど」
 アルムはにやりと笑った。
 その腹部には射撃による傷跡は既に残っていない。
 多少時間はかかったが、間違いなく自らの能力による完全治癒が施されていた。
「アルム!無事だったのね」
 つい数分前まで死を覚悟し、闘いを放棄しようとしていたトメの目に再び輝きが戻る。
「アルム………よく無事で……」
「まったく、かなわへんなあ………」
 ドリアーノとデルタも、軍人に囲まれながらもその目に微かな希望を蘇らせていた。
「よし!勝負はこれからだ!」
 ヘクトは待ち構えた反撃の時を向かえ、気合の声と共に自らの能力を起動させた。
「ふん、死にぞこないが一人増えたところで状況に変化はない。まとめて死んでもらう!」 
今、最後の闘いの幕がついに上がろうとしていたのだ。




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