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「全員打てっ!」
メトルルの一声と共に闘いが始まった。
兵士達はアルムの先制攻撃により、かなりの数が減っていて状況は完全に変わっていた。
一斉に飛び交う銃弾を交わしながら、ヘクト、トメ、アルムは三方向に散って逃れた。
ズドン。ズドン。ズドン。
ヘクトは自分に向けて放たれる銃弾を軽快な動きで次々に交わし、敵との間合いを詰めていく。
「ていっ!」
ドゴッ!
ヘクトは自らの能力により、活性化した右脚をそのまま兵士の延髄に叩き込む。
「ぐあっ!」
兵士はその衝撃に耐え切れず、その場に倒れこんだ。
兵士達は十分に狙いを定めて銃弾を放っているのだが、ヘクトの活性化された脚力の前には到底およばない。
普通の人間がヘクトの動きを止める方法があるとすれば、彼の能力を事前に見抜き起動する前に足を潰すくらいしかない。
「せいっ!」
「ッ!」
トメの回し蹴りをまともに腹部に喰らった兵士は腹を抱えしゃがみこむ。
天皇家の血が流れるトメには、常人外れた身体能力を授かったという特権があった。
戦闘にはさほど慣れてはいないが、体術のみで言えばヘクトにも匹敵するかもしれない。
「やあっ!」
バキ!
すかさず、しゃがみこむ兵の後頭部に力を込めた肘打ちをおみまいする。
たまらず、兵は意識を失った。
「デルタ、ドリアーノ、伏せてろ!」
どこからともなく聞こえてきたアルムの声に反応し、二人はとっさにその場にしゃがみ込んだ。
「ハッ!」
ゴオオオ!
「ぐああっ!」
どこからか無数に乱射された炎の礫がデルタとドリアーノを囲んでいた兵士達数名を一気になぎ倒す。
炎の礫を受け倒れた兵士達は、地に這いつくばり徐々にその肉体を焼かれていった。
「二人とも、無事か!?」
周囲の兵士達の姿がなくなると、二人の背後からアルムが走ってくる。
「アルム!」
「助かったよ」
「うん、今手錠を外してやるから」
アルムは、自らの能力を手に集中させ、二人の手にはめられた手錠をねじ切った。
「ここは危険だ、二人とも階段を上って外に逃げろ」
「心配するな。自分の身ぐらい自分で守れるから」
ドリアーノは自分たちを気遣うアルムに力強く答えた。
デルタとドリアーノは長い間天皇家に使えていた、いわば「選ばれた人材」にあたる学者だった。
二人は天皇家に使える者の中でも武器に関しての研究のエリートだ。武器の事に関しての知識は勿論、その扱いについてもプロ並みだった。
とくに、ドリアーノに関してはその体格の良い体を活かした、体術の心得も少しはある。
トメには到底及ばないが。
デルタとドリアーノならば、他の三人ほどのものではないが、多少の戦力にはなると思われる。
ちなみに、殺されたもう一人の仲間ケントは、魔法に関しての研究を進めていた。魔法というものを深く研究し、知識を深めていたためその頭脳は誰よりも冴えていたのだが彼は戦闘向きではなかった。
「よっしゃ、行くか」
デルタは掛け声とともに、地面に落ちていた既に戦闘不能になっている兵士の銃を拾い上げた。
「おう」
ドリアーノはぐっと拳を握りしめた。
「二人とも無理はするなよ」
デルタとドリアーノ、それにアルムは一箇所にかたまって、迫り来る兵士達を迎え撃つため身構えた。
その後、激しい攻防は続いたが、アルムの登場により勢いを取り戻したヘクト達は次々と兵士達を倒して行った。
一瞬にして形勢逆転、という流れになり兵士たちは一人、また一人とその場に倒れていくのだった。
そして………
「メトルル!」
ヘクト、トメ、アルム、デルタ、ドリアーノ、五人は一つの場所に集結して敵の最高司令官メトルルを追い詰めた。
周囲にはもう戦える兵士はひとりもいない。
激しい戦いの末、ヘクト達は一人残らず兵士を倒し、ついにメトルルの前に立ったのだ。
「メトルル、もう逃げ場はない。お前の負けだ」
「あんたさえいなくなれば軍の政府認可部隊の力も一気に衰える。反対派の人民も立ち上がり、今まで通り権力を盾にして好き勝手やったりは出来なくなるはずよ」
ヘクトとトメはメトルルに鋭い視線を向けた。
「フフフ…………」
メトルルは不敵に微笑んだ。
その表情からは、追い詰められているという焦りは微塵も感じられなかった。
「気が変になったか?もうお前を取り巻く兵は一人もいない。こっちには俺とヘクトという魔術師がいるんだ。普通の人間であるお前に勝ち目などはない」
アルムは冷静な言葉で追い討ちをかける。
「………『普通の人間』………?……………フフフ……………ハハハハ!」」
メトルルは突然狂ったように笑い始めた。
そして、メトルルは静かに自分の髪に手をやると、勝ち誇ったようにヘクト達を見る。
メトルルは自らの切り札に被されたヴェールをその手ではごうとしていたのだ。
その数秒後だった。
完全に優勢と信じていたヘクト達の表情が驚愕へと変わり始めたのは。
「…………な、何!?」
「ま、まさか…………!?」
そこにはまさに予想を覆す物があった。
目の前にちらつく薄紫色の影。
メトルルの髪の毛を覆っていた大部分は人工的に造られた髪であり、その中からあの恐ろしい物が姿を現したのだ。
「まさか………こいつも……」
「…………『魔力持ち』……!?」
その明らかに変色させられている色の髪が、恐怖をあおった。
そこにいる男は正真正銘の『魔術師』だったのだ。
「取り巻きの兵?あんな物は所詮オプションに過ぎん。あんなゴミの集団を掃除したくらいで勝ったつもりとはおめでたいやつらだ」
その瞬間メトルルの体中から発せられるオーラに、即座に反応を示したのはヘクトとアルムだった。
よみがえる恐怖。それは戦火の中を潜り抜けた経験のある二人がかつて実感したものと全く同じ感覚だった。
同時にメトルルが自分たちよりも遥かに格上である事も二人は悟り始めていた。
「…………おい、アルム。やばいんじゃないか?」
「くそっ、こうなったらこいつを倒すしかない」
ヘクトとアルムの表情がみるみるうちに恐怖に満ちていくのが他の三人にも感じられた。
「さあ、本当の恐怖はこれからだ!」
そして、ついにメトルルは今まで地に着けたままだった足を踏み出した。
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