「雨神ファイル2 〜キナコ警部と宝石店強盗〜 <前編>」
著者:雨守



−1−
トゥルルル!

「ほら泉川君、電話だよ」
 雨神探偵はデスクに座り新聞を広げたまま、鳴り出した電話の方を見向きもせずに真央に指図する。
「えー…」
 真央もまた椅子にもたれかかって何か文庫本を読んでいて、動こうとしない。 
「えー、じゃないでしょ。君は私の助手じゃないか」
「助手が電話に出なきゃいけないって言う法律でもあるんですか?」
「いや、法律はないけど…」
「けど…?」
「けど…、何ていうか…」
「何ていうか…?」
「だからほら…、あれだろ…?」
「あれってなんですか?」
「いや、その…。って何で君がそんなに強気なんだよ!」
「生まれ持った才能とでも言いますか…」
「ほら、電話が切れちゃうじゃないか。つべこべ言わずに電話に出ろ!」
「ちぇっ…」
 軽い口論の末、真央はしぶしぶ事務所の入口付近まで足を運び、電話を取る。

「はい、雨神探偵事務所でございます」
 雨神探偵と言い争ってた時とは別人の様に爽やかな営業用の声で、電話に対応する真央。
 助手として勤め始めてから数週間が経ち、電話対応に関してはかなり慣れてきた様だ。
「え?あ、はい…」

「雨神さん、電話です」
「誰から?」
「えっと…『きなこ』さんです」
「はぁ?」
「だから…、『きなこ』さんです」
「誰なの『きなこ』って?」
「『きなこ』さんは『きなこ』さんです」
「『きなこ』って名前の人?」
「…『きなこ』さんです」
「いや、嘘付け!そんな美味しそうな名前の人間がいるわけがない!」
「…『きなこ』さんに失礼です」
「…」
 どうも真央のペースになると拉致が明かない。
 そう悟った雨神探偵は仕方なく立ち上がり、真央から電話を受け取る。
「はい。雨神だが。…は?ああ、何だ君か」
 どうやら雨神探偵の知り合いらしい。
「うん…、ああ、わかった。すぐ行くよ」

 ガチャ。

「雨神さん、『きなこ』さんと知り合いなんですか??」
 真央が尋ねる。
「いや、『きなこ』じゃなくて『木中』だ!き・な・か」
 雨神が言う。
「木中大介と言ってね。私の高校の同級生で今は警官をやってる男だよ」
「はぁ…『きなか』さんでしたか…」
 真央は納得しつつもどこか残念そうな表情をする。
「ちょっと警察に難事件解決の手伝いを頼まれてね。これから彼の所へ行く事になった」
「わかりました」
「じゃあ行くよ」
「はい。お気をつけて」
「うん、夕飯までには帰…」
 言いかけて雨神探偵は止まる。
「って君も来るんだよ!」
「ええ〜!?」
「君は私の助手だろう?」
「助手は事件現場に行かなければならないって言う法律でも…」
「いいから来い!」
 雨神探偵はもはや真央の話に耳をかさず、むりやり真央を外に引っ張り出した。


−2−
「ちきしょう!犯人はこの辺に居るはずなんだよ!なぜ見つからん!」 
 木中警部は逆上して道端で叫ぶ。
「警部殿、落ち着いて下さい。そんなに怒ると血圧が上がってしまいますよ」
 隣にいた格下の刑事が木中警部をなだめる。
「…ん?いや、それなら心配はいらねぇ」 
 木中警部は落ち着きを取り戻して言う。
「実はこの前からホウレンソウの胡麻和えを毎日食べているんだ」
「は、はぁ?」
 木中警部の突然の言葉にその刑事は不思議そうな顔。
「胡麻和えだよ。ご・ま・あ・え。高血圧に良いんだ。お前知らないのか?」
「は、はぁ。そ、そうなんですか…」
 木中警部は体格もよく男くさい見た目のわりに、健康志向なのだ。
「おう、そうだ。お前にも今度ごちそうしてやろうか」
「は、はぁ…。それはどうも…」
「お前、名前は何というんだ?」
「は…、は。○△署の大村刑事であります」

その時。

「やぁ、遅くなってすまない」
 曲がり角の向こうから、ようやく雨神探偵と真央が現れた。
「お、雨神。お久し。悪ぃな呼び出しちまって」
「いや、他ならぬ君の頼みだ」
 雨神探偵と木中警部は互いに近付き、久しぶりの再開に握手を交わす。
 2人はかなり親しい仲の友人の様だ。

 途端に事件現場は穏やかな雰囲気になる。
 
まだ誰も知る由も無いが、この2人の再開こそが難解な事件を思わぬ方向に導く事になる…。




[ 中編に続く ]