「Burst!第一話」
著者:雨守



高校生テニス区民大会、決勝戦会場。
コートを通り抜けた風が二人の髪を微かに揺らす。

中学生時代の同級生の瞬とサイ、高校になって初めての公式試合での対戦だ。
テニス暦が一年ほど多い瞬の方がさすがに試合慣れしていて、試合はここまで完全に瞬の優勢の状態で進む。

そして遂にスコアは瞬のマッチポイント。
この得点を制した時点で、瞬の勝利が決まる。


瞬は左手でテニスボールを数回バウンドさせた。
「ふふ、どうしたの?もう後がないよ?」
 話しながら、そのままバウンドを続ける。

 サイはコートの対面、疲労を押し殺した様な強がりの苦笑い。
 足は既に痛みによる震えが始まっている。
「…もう勝った気でいんのか?小物の証拠だな…」

「ふうん、まだ屁理屈叩く元気があるのか…」
 瞬は口元に微笑を浮かべる。
「じゃ、終わりにしようか?」
 同時に、左手でのバウンドを止め、テニスボールを固く握り締める。

 次の瞬間、瞬は左手のボールを大きく空中に放り、そのまま流れる様な動きでラケットを構え上体をそらす。

「ッ!!」
 
スパァンッ!

ラケットを振り上げ、自分の打点の最高地点でボールを叩く。
瞬の早いファーストサーブがサイを目掛けて一直線に襲いかかる。

『落ち着け…、落ち着くんだ…』 
 サイは肩の力を抜く。
 そして…

「見えた!」
 その瞬間、サイのコンパクトなスイング。
 スパァンッ!
 
 サイのスイングがボールを捕え、強烈な速さのリターンを瞬に返す

「ふぅん、まだそんな力が…。やるじゃない」
 瞬は少しも焦りはしない。
 軽く走りこみボールを打点に捕えると、余裕の表情でラケットを振り抜く。
 スパァンッ!

「コイツを取られるわけには行かない!」
 サイも負けずに走りこみ、打ち返す
 スパァン!

 そのまま、激しいラリーの押収が続く。
 ここまで試合を優位に進めてきた瞬の鋭い狙い。
 後がない、というサイの必死の執念。 
 二つの力がボールに乗り、コート上を飛び交っている。

 スパァン!
 スパァン!

 しかしいよいよサイの疲労は頂点に差し掛かる。
「くっ。こいつ、しつこ過ぎる…」
 体力をかなり失っているサイに対し、瞬の球の威力はまったく衰えない。
 このままラリーを続けていれば、確実にサイが打ち負けて試合終了だ。
 サイはそれに気付いていた。
「…よし、ここで流れを変える!」

 次の一球。
サイはラケットをより背中の方まで引いた状態で構える。
 こうする事により、背中のバネをフルに使い、剛球を繰り出す事が出来る。
 しかし同時にラケットの振りも普段より大きくなり、ミスにつながりやすくもなる。
つまりサイはこの一級に勝負を賭ける決意をしたのだ。
「勝負だ、これでもくらいやがれッ!」

 次の瞬間、サイの右の二の腕が軽く膨れ上がる。

「うらぁ!」

 ズドンッ!

 懇親の力を込めたフルスイングがボールを捕え、信じ難いスピードで解き放つ!
 驚くべき事に、サイのそのショットはネットを越え、瞬の側のコートにワンバウンドした後さらに速度を増した!

「ッ!?」
 一瞬、瞬は怯む。
 予想外のショットの速度に構えるのが送れたのだ。
「くっ!」
 瞬は何とかラケットを合わせたが、そのショットは速度だけではなかった。
「…重い!?」
瞬はショットの重さに耐え切れずに…

 ビシィッ!

「ぐあああっ!!」

 瞬はラケットごと右手を持っていかれる。

 そして…

 後に倒れこむ瞬…。

空高く舞い上がり、そのまま落下してくる瞬のラケット…。

 なおも威力を失わず、サイの放ったボールはコートに突き刺さる。

 審判が腕を肩と平行に上げ、「IN」のサインを出す。
 サイのポイントだ。

「…見たか」
 サイが少しよろけながらガッツポーズを取る。

「い、痛い…。痛いぃぃぃ!」
 瞬は突然右肩を抱え、地面にのた打ち回る。
 どうやらサイのショットに右手を持っていかれた反動で、肩をひねった様だ。
「あああぁぁぁ…」

「タイム!」
 
見かねた審判が試合を中断する。
 その後数人の本部の係の人間が瞬に近付き、肩の様子を見た。

 そして静かに審判に向かって首を横に振る係の男。

 結局、この試合は瞬の右肩骨折により継続不可。
 よって東宝高校、沖島サイの勝ちとなった。
 
 
 圧倒的優勢と思われた南海高校、三村瞬はまさかのリタイア。
 彼のテニス人生において、初めてとも言える屈辱を味わう事になる。

 この日からサイと瞬の終わりなき戦いの幕は開いた。




[ 第2話へ続く ]