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高校生テニスの大きな大会は年に2回、春と夏にある。
そして秋に区民大会があり、その他には小さな大会がいくつかある。
沖島サイは東宝高校の硬式テニス部に入部し1年目、初めての冬を迎える。
中学までは卓球部であり、彼が硬式テニスを始めたのは高校からだ。
それにも関わらず人並みはずれた運動センスを持つ彼は一年生にしてエースの称号を手にし、部内では同学年はもちろん全員、さらに上の学年数人を既に倒している。
彼にとっての公式戦でのデビューは数ヶ月前に行われた秋の区民大会。
1〜4回戦は楽勝で勝ち進み、迎えた決勝戦。
中学時代の同級生、三村瞬とまさかの再会を果たす。
苦戦を強いられながらも奇跡の逆転勝ちをして、この区民大会を制する。
そして今冬、彼にとっては2つ目の大会になる冬の大イベント「高校生テニス大会冬」がいよいよ開催された…。
個人戦は会場・対戦相手ともに抽選で決められ、それぞれが指定された会場へ向かう。
その為、同じ会場に仲間はいない。
会場内の全ての人間がライバルである。
サイは少し山を登った所にあるとある大きな公園のテニスコートに来ていた。
既に1回戦は開始され、各コートでは選手達が激しい試合を繰り広げている。
サイは公園の真ん中の柵で囲まれたテニスコートのすぐ近く、試合が良く見えるベンチを陣取り試合を見ながら待機している。
現在自分の試合の番を待っている最中である。
「ふ〜。結構寒くなってきたな」
サイはお気に入りメーカーの黒いジャージを羽織る。
冬も始まったばかりだが、確かに黙って座っているばかりではこの気温は寒く感じられる。
「これが『テニス大会冬』か〜。すごい人数だな〜」
公園内の周囲を見渡すとテニスウェアを着た高校生達で溢れている。
サイの予想していたよりも遥かに多い。
心なしか目の前のコートで試合をしている選手達は誰も彼も強そうに見える。
「ちっ。緊張なんてしないと思ってたぜ…」
少し震え出した右手を抑える。
そして「それは寒さによる震えだ」と自分に言い聞かせる。
その時
『東宝高校 沖島君。聖ヤコウ高校、矢川君。試合を行います!』
公園内に設置されたスピーカーから本部係からのアナウンスが流れる。
「おっしゃ!試合か」
サイはその放送に反応して勢い良く立ち上がると、ラケットを持ち、駆け足でコートに向かう。
−2−
「ザ、ベストオブ1セットマッチ。沖島サービスプレイ!」
審判から試合開始のコールが叫ばれた。
コート上には既にテニスウェアを着込んで試合の準備が整っているサイと、1回戦の対戦相手である聖ヤコウ高校の矢川という男がスタンバイしている。
試合はサイのサーブからスタートする事になる。
サイはテニスボールを地面に数回バウンドさせながら、ファーストサーブの構えに入る。
「あの矢川って奴。どんなプレイで来んのかな…」
サイはボールを地面につきながら、対戦相手の様子を見る。
コートの対面で構えている矢川という男は黒の長髪で手足は細い。
しかし身長はかなり高い。サイも身長は約173cm程あるがそれよりも全然高い。
見た目ではあまりパワーテニスをするタイプには見えないが…
「ま、まずは様子見だな」
サイは左手でボールを空高く放る。
「行くぜ!」
そして落下してくるボールに、背中のバネを目一杯効かせてファーストサーブを叩き込む!
スパァンッ!
サイの剛球サーブが矢川に襲い掛かる。コース・速さ・重さ・共に申し分ない。
「…」
矢川は無言でラケットを構える。
が、サイのサーブのかなりの速さに構えるのが遅れ…
バコン!
頼りない音と共に矢川は何とかファーストサーブを打ち返す。
音だけでなく早さも威力もないへなちょこなリターンになってしまった。
「もらった!」
サイの目つきが変わる。
願ってもいないチャンスボールに、サイは力を込めて構える。
「うらぁ!」
ズドン!
サイは矢川の弱々しいリターンをフルパワーで叩き込む!
矢川は反応することも出来ず、サイのショットは容赦なく矢川のコートの角に突き刺さる!
『15 − 0!』
審判が得点をコールし、サイの得点となる。
「よっしゃ!」
サイは確かな手ごたえを感じる。
「…」
一方、矢川は無表情で顔色一つ変えず、長い前髪の間からサイをのぞき込んでいる。
そして、サイは二球目のサーブの位置に着き、構えに入る。
「何か薄気味悪いやつだな」
サイは対戦相手の矢川に少し嫌悪感を覚えた。
「でも、さっき奴は俺のファーストに反応も出来て無かったしな」
そして再び左手でファーストサーブのトスを上げる。
「いける!」
二球目のファーストサーブ!
スパァン!
今度もかなり速い。
「…」
矢川は無表情のまま反応も出来ず…
ズドン!
サイのサーブは矢川の足元を抜ける。
『30 − 0!』
サービスエース。
立て続けにサイの得点となる。
「っしゃあ!」
サイのガッツポーズ!
そして…
その後もそのままサイの猛攻撃は続き、試合の流れは完全にサイの手に。
矢川は反撃のチャンスを見出せないまま試合は淡々と進行していく。
−3−
10分後―。
『ゲーム ウォン バイ 沖島。ゲームカウント 0−4』
サイは立て続けに4ゲームを先取した。
高校テニスの公式戦は1セットマッチで行われる。1セットとは6ゲームの事を意味し、つまり先に6ゲームを先取した方の勝利となる。
サイは絶好調で、このまま一気にもう2ゲーム取ってストレート勝ちに持って行けると確信していた。
そして、ゲームカウント4−0でサイ優勢の状態で迎えた5ゲーム目。
サーブを打つのはサイ。
「この一回戦、楽勝だな」
サイはかなり余裕の表情でサーブの構えに入る。
そして、空中にボールを放り…
「行くぜ!」
スパァン!
ファーストサーブを叩き込む。
相変わらず威力の落ちないサイの速いファーストサーブ。
「…」
矢川も相変わらず無表情のままリターンの構えに入り
スパァン!
矢川は真っ直ぐサイの方へ打ち返す。
その時だった…
「よし、こいつももらった!」
大して速度もない矢川のリターン。サイは難なく叩き込もうとしていた。
「…え?」
しかしサイはその時、信じ難い光景を見た。
「これは…」
…!?
「ボールが…3つ!?」
サイの目の前に返ってきた矢川のリターンショットは何とボールが3つに分身しているのだ!
信じ難い事だが、はっきりとサイの目にはそう見えている。
これは超能力か、目の錯覚か…、とにかくサイは完全に混乱した。
「くそっ!何だよコレは!」
サイはわけもわからずとにかく3つのボールの内で一番左端のボールにラケットを合わせて打ち返そうとしてみた。
すると…
「…ッ!?」
ボールはサイのラケットにかすらずにコートの奥に突き刺さる!
『0 − 15!』
矢川のポイントとなる。
「何だ…今…ボールが消えた…」
そう、確かにサイの打とうとしたボールは消えた…。
と、言うより「幻」だったのだ。
3つに増えた様に見えたボールだが…、ボールが本当に分身する事はまず有り得ない。
つまり、3つのボールの内で本物は1つだけで残りは「幻」なのだ。
混乱しているサイをコート越しに眺め、矢川は口元に微笑を浮かべる。
この試合で初めて矢川の表情に変化が見えた瞬間だった。
「…『イリュージョン・ショット』…」
矢川は小声でそっとその切り札の名称を呟く。
サイの圧倒的勝利と誰もが思っていたこの試合…。
勝負の行方はまだわからない…。
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