「DEATHGAME」
著者:雨守



一1一

そこは薄暗く狭い部屋だった。
 ドアを開いた瞬間に、押しつぶされそうな静けさと緊迫感が立ちこめる。
「何だ…この部屋は…」
 聖二は思わずその場に立ちつくし部屋の中を見渡す。
 正面の壁にあるこの部屋の唯一の窓は真っ赤なカーテンで塞がれていて、陽の光が差し込む事はまずなかった。
 聖二の着ていた灰色のYシャツがその部屋の闇に溶け込む。
さらに通気口という類の物が全くなく、一切の換気が出来ていない。
その為部屋の空気はひどく濁っていて、埃っぽさに咳き込みそうにさえなる。
「よく来たね」
ふと部屋の奥の方から声が聞こえた。
 部屋が薄暗い為、パッと見では気づかなかったが部屋の奥の方にはテーブルが一脚。
 そのテーブルに二つの椅子が向かい合わせにセットにされていて、その内の一つに男が掛けていた。
「…悠斗」
 聖二はそこに掛けていた男が悠斗だと気付く。
「何のつもりだ?こんな所に呼び出して…」
 気が付くと同時に悠斗に疑問を投げかけた。
「気に入ってくれたかい?これ僕の趣味なんだよ…」
 悠斗は無邪気な微笑みを見せる。
 『これ』というのはおそらくこの部屋の空間その物を指す指示語であろう。
「ずいぶんといい趣味だな。こんな所にあまり長くいると気が変になりそうだ」
 聖二は思い切り皮肉をぶつける。
 と言うよりも、聖二の言ったことはほぼ事実と言っても間違いないだろう。
 この部屋はとても人間の住む環境ではないし、お世辞にも良い趣味だとは言えない。
「用件があるなら手短に済ませてくれないか…」
 聖二はふてくされたような口調で言い放つと、悠斗の座る場所に一歩一歩近付いて行く。
「まぁまぁ、そんなに恐い顔しないで…。とりあえず座りなよ」
「……」
 悠斗の言葉にどこか悪い予感を覚えながらも、聖二は言われたとおりに悠斗の対面の席に着いた。
「今日はね聖二と一つゲームをしようと思ってさ」
「…ゲーム?」
 向かい合わせに座ると悠斗の嬉しそうな顔を聖二は表情を変えずに直視する。
「ゲーム…というか、ある種の『勝負』かな」
 悠斗の笑顔がいかにも何かを企んでいるという予感を漂わす。
「…何の為に?」 
 聖二は特に警戒する様子もなく、いたって冷静に対応する。
「…僕さ、正直言うと君の事が嫌いなんだよね」
 心なしか悠斗の表情に少し力がこもる。
「小さい頃から家も隣同士、幼稚園も一緒、ずっと同じ環境で育ってきた。それなのに、いつも今一歩のところで君は僕の上を行く。僕は何一つ君には勝てないんだ。勉強も、スポーツも、仕事も。それに…奈々美の事だって…」
「…やっぱり…奈々美の事か…」
 聖二は幾分が話の大元に予想がついていたらしく、ひどく落ち着いた様子で話を聞く。
『奈々美』と言う名の女性は、聖二、悠斗と共に同い年。二人の隣同士の家のさらに向かいの家に住む一人娘である。
 幼い頃から三人はずっと幼馴染として一緒に育ってきた。
「僕は小さい頃から奈々美の事が好きだった…。君も知っての通りにね。それなのに奈々美が選んだのは…君」
 徐々に悠斗の口調に憎悪が感じられる。
「何故だかわかるかい?」
「……」
 聖二は何も言わずにじっと悠斗の眼を見ている。
「君が完璧だからさ。何をやっても…非の打ち所がない完璧な人間だからさ」
 悠斗は聖二を責める様に言う。
「悠斗、それは違う…」
「違わないよ!」
 聖二の言葉を、突然興奮しだした悠斗の一声がかき消す。
「僕にとって君は邪魔なんだよ。だから…一度打ち負かしてやりたいと思ってた」
 悠斗はその瞬間から聖二への憎悪感を剥き出しにする。
「だから、この勝負を受けてもらうよ」
「……」
 聖二は再び黙って悠斗の方を見つめる。
「この勝負にお互いが賭けるものは…『命』だよ」
「『命』?」 
 聖二が悠斗に問い返す。
「このゲームは魂の駆け引き。敗者はその時点で生命を奪われてしまうという禁断のゲームさ…」
 悠斗が不敵に微笑む。
「その名を…『DEATH GAME』。どうだい?おもしろそうだろう?」
 悠斗の表情は完全に正気とは思えなかった。
 言葉の内容とは裏腹に小さな子供の様に笑い続けている。
「…くだらない。あいにく俺は興味が無いんで帰らせてもらうよ」
 聖二は悠斗の言葉に耳をかそうとはしていない。
 当然だ。突然何の前触れも無く命を賭けて勝負しろ、などと言われてすんなり承諾する様な人間はおそらく存在しないだろう。
 目の前にいる男は正気を無くしている。そんなピエロに付き合う必要がどこにある?
 聖二は言い放つと椅子から立ち上がり、悠斗に背を向ける。
 しかし悠斗はその聖二の様子を何も言わずに、嬉しそうに見つめている。
 まるで聖二がこの様な行動に出る事を計算に入れていたかの様に…。
「…何っ!?」
 その瞬間、聖二は初めて顔色を変える。
 その部屋を出ようとして向かった先、何と自分が入ってきたドアにはいつの間にか鉄格子がかけられていた。
「言ったはずだよ…『勝負を受けてもらう』って。君は僕に勝たない限りこの部屋からは出られない」
 聖二の驚いた顔を目前に、悠斗の表情はさらに愉快になる。
「…ふぅ」
 聖二は呆れたようにため息を付くと、どうやら諦めたらしく大人しく席に戻った。
 そして、ゆっくりと落ち着きを取り戻す。
「で…ルールは?」
 聖二は再び席に着くとテーブル上に頬杖を付き、真っ直ぐ悠斗に視線をやる。
「ふふ…さすが、物わかりがいいね」
 すると悠斗は突然テーブルの上に四枚のカードを差し出した。
 トランプの様な厚めのカードだ。
カードは全て裏返しにされていて、不思議な模様が描かれた裏面だけが聖二の目に映っている。
「見ての通り、今君の目の前には四枚のカードがある。このカードにはそれぞれある人物の絵が描かれている」
 悠斗はそのカードを横に一列に並べた。
「右から順に」
 悠斗は一番右のカードをめくる。
「『盲目の男』」
そのカードには名前通り、眼に包帯を巻いた盲目の男の絵が描かれている。
そして二番目のカードをめくる。
「『耳の無い男』」
 そのカードにも名前どおり両方の耳の無い男が描かれている。
 そして三番目のカード。
「『言葉を失った男』」
 そのカードには自らの手で自らの口を塞いでいる男が描かれている。
 おそらく、手で口を塞いでいる様子が「言葉を失った」すなわち「喋れない」という性質を表現しているのだろう。
「そして最後のカードが…」
 悠斗の手が最後の一枚をめくる。
「『プレイヤー』…つまり聖二。現時点での君自身を表すカードだ」
 最後のカードには一人の極普通の男性の絵が描かれている。
 つまりその男性を自分と見立てて、『プレイヤー』という一人のキャラクターに設定せよ、という意味なのだろう。
そして全てのカードをめくり終えると、悠斗がさらに詳しい説明を始める。
「ルールは簡単。今から僕がある質問をする。その答えにもっともふさわしいと思われる人物を示したカードをこの中から選べば良い。君が見事正解できれば君の勝ち…。それが出来なければ…僕の勝ち」
 悠斗はルールを説明しながら得意の含み笑いをしてみせる。
 その説明を一通り聞いた瞬間、聖二は一瞬黙った。
 そして…
「それが勝負?随分一方的な上に俺に不利な条件じゃないか?」
 聖二は警戒するような鋭い視線で言い放つ。
「ふふふ。言ったはずだよ。君には『勝負を受けてもらう』とね。もし拒絶すれば、リタイアと見なしその時点で君の『死』を意味する」
 その悠斗の言葉を聞いて聖二は更に言葉を失う。
 明らかに気が進む様な話ではないのは明確だ。
 しかし…「NO」という返答は許されない…。
 それならば…答えは一つだった。
「…さっさとその質問とやらを言えよ…」
 しばらく間を置いた後、聖二は再び前と変わらない冷静な口調で言う。
「ふふ、いい子だね」
 悠斗の勝ち誇った様な嫌味な笑いが狭い部屋に響く。
 そして、その笑い声が止んだあとの一瞬の沈黙…。
 この瞬間から『ゲーム』が始まった…。
「じゃあ、始めるよ。…まずは眼を閉じて…」
 悠斗が言う。
 その指示に従い、聖二は何も言わずに両目を閉ざす。
「今から僕が話す光景を頭に思い浮かべてほしい…」
 悠斗はそう言うと、静かに話を始める。

『あるホテルの一室で一人の体格の良い男が殺害された。被害者は二十六才。とある有名なスポーツ選手だ。
殺害方法は黒い柄のついた長めのナイフでの刺殺。ピンポイントで心臓を貫かれている。
大量の血が部屋一帯に飛び散っていた。
この犯人は「ルームサービスです」と言って被害者を油断させておいて部屋に入り、犯行を実行した。
犯行時、被害者はかなり抵抗をしたらしく、現場には犯人と被害者がもみ合った形跡が残っていた。
激しくもみ合った結果、被害者は刺されたわけだが…刺される寸前に大声で悲鳴を上げたんだ。
その声を聞いた隣室の客が不審に思い、その事をホテルの係員に連絡した。
それをきっかけにその部屋の外の廊下では一気に騒ぎが大きくなった。
そして、犯人は部屋の外が騒がしくなってきたのに気付き、慌てて窓を開けて外に逃走した…』

そこまで話すと、悠斗はいったん話を止める。
「今話したのはある殺人事件における犯人の犯行の一部始終を説明したものだ。そして、この事件では四人の容疑者があげられた」
 悠斗はそこで一旦テーブルの上のカードに視線を落とす。
「それがこのカードの四人だ」
 さらに、悠斗の視線が聖二に向けられる。
「『盲目の男』、『耳の無い男』、『言葉を失った男』、『プレイヤー(つまり聖二自身)』この四人の中で犯行が可能なのは一体誰なのか…。それを今の話から推理する、それが僕からの質問だ」
 一通りの話を聞き終えると、聖二は静かに閉ざしていた目を開く。
「……」
 聖二は眼を開いた瞬間、黙って考え込む。
「ふふ…、ゆっくり考えると良い。何しろ命がかかっているんだからね」 
 悠斗は聖二を挑発するかの様に嫌味な笑いを差し向ける。
『この四人の中に犯人が…』
 聖二は目の前の悠斗を無視して、必死に回答を考える。
『四人の内の三人はそれぞれ体に障害を抱えている。そんな状況で犯行が可能だろうか…?』
 聖二はそう考えると、おのずと一枚のカードに視線を搾る。
『となると残るのは…プレイヤー…つまり俺自身という事になる』
 一瞬聖二の思考が混線する。
『いや…俺が殺人を犯すなんてそんな馬鹿な話は無い。やはり他の三人の中に犯人がいるはずだ…』
 聖二は深い悩みに陥っていく。
「ふふふ…さすがの聖二も悩んでいる様だね…」
 悠斗は苦悩する聖二を目前にニコニコと嘲笑う。
 まるで、悪戯好きの小さな子供の様に…。
 しかし、その時の聖二の視界に悠斗の顔など映ってはいなかった。
『問題は容疑者の中に「俺」という人間が入っているという事だ。ここに何か罠がある様な気がする…』
 聖二の思考は再び深みにハマる。
 そして、そのままの状態で聖二は思考の迷宮へと迷い込んで言った。
 出口が見つからないまま、時間ばかりがその薄暗い部屋に流れていく。


 やがて…三十分が経過した。
 時間は刻々と流れるが、聖二の考えは同じ所で止まったままだった。
『わからない…この話の中に必ず悠斗の仕掛けたトラップがあるはず…。それがわからない限り、俺に勝ち目は無い…』
 聖二はとうとう肘をついたまま頭を抱える。
 その様子を、悠斗は相変わらず嬉しそうに観察している。
 どうやら悠斗にはこの勝負に勝つ絶対的な自信があるらしい。
「ふふふ、聖二。そろそろ時間切れにさせてもらって良いかな?このまま待っていても状況が変化するとは思えないからね…」
 悠斗がわざと聖二を焦らせる様にプレッシャーをかける。
『誰だ…この四人の中で、自分の手を血に染めた人間は…誰なんだ!?』
 聖二の苦悩は頂点に達し、両手で自分の髪をかきむしる。
 その時…。
『ん…?…自分の手を…血に…染める!?』
 聖二の表情が固まる。
 どうやら、聖二の中に何らかの閃きがあった様だ。
 その瞬間から、聖二の表情からは徐々に迷いの観念が消え去って行く。
「さあ聖二、時間切れだ。聞かせてもらおうか。君の回答を…」
 聖二の表情の変化を気にも留めず、悠斗は相変わらず勝ち誇った顔で聖二を嘲笑っている。
 そして悠斗の言葉に、聖二は覚悟を決めたかの様に顔を上げる。
 しかし、その表情はひどく落ち着いていた…。
「…わかった俺の回答を言おう…」
 聖二の頭の中では、既に一つの結論が導き出されていた。
そして、再び聖二はその冷静な視線を悠斗に送り、重たげな口を開く。




[ 後編へ続く ]