「DEATHGAME」
著者:雨守



一2一

「まずさっきの話の中で注目すべき点は被害者が『ピンポイントで心臓を貫かれている』という点だ」
 聖二は真っ直ぐ悠斗の眼を見て言う。
「犯人は被害者ともみ合ったにも関わらずピンポイントで一撃で心臓を貫いている。この時点で『盲目の男』…すなわち目の見えない男にこんなマネができるはずがない」
 そう言うと、聖二は手を伸ばしテーブルの上の『盲目の男』のカードを裏返した。
「ほう…それで?」
 悠斗の表情にはまだかなりの余裕がある。
 悠斗の勝利への自身はよほど絶対的な物の様だ。
「次に注目するのは犯人が『ルームサービスです』と言って被害者を油断させたという点」
 聖二は淡々と説明を続ける。
「犯人が言葉を発していると言う事実から、喋ることの出来ない『言葉を失った男』が容疑者から外れる…」
 聖二はテーブルの上の『言葉を失った男』のカードを裏返す。
「…さすがだね」
 悠斗の表情からはまだ笑みが消えない。
 おそらくまだ余裕があるらしい。
「そして次だ。犯人は犯行後、部屋の外が騒がしくなってきたのに気付き、慌てて窓から逃走している」
 聖二は変わらない調子で淡々と話す。
「もし『耳の無い男』が犯人ならば、部屋の外が騒がしくなってきた事になど気付くはずが無い。音が聞こえないのだから…」
 聖二はそう言うと、『耳の無い男』のカードも裏返した。
 この時点で、テーブル上の残ったカードは一枚のみとなる…。
「ふふふ…なるほどねぇ…」
 悠斗の表情は少しも焦っていない。
 悠斗の勝利への自身は少しも揺さぶられてはいない様だ。
「…そして、残されたカードは一枚きり…」
 聖二がそう言うと、二人は同時にそのカードに視線をやる。
「残されたカードは『プレイヤー』…つまり犯人は君自身という事になる。それが君の答えと言うわけかい?」
 悠斗は不敵な笑みで聖二の顔を見る。
「…いや、それは違うな…」
 聖二が静かに吐く。
「…何?」
 その一言に、悠斗の表情から笑みが消えた。
「俺も始めはそう思った。しかし、俺がもし『プレイヤー』のカードを犯人に選んでしまったら、俺自身が殺人に手を染めるような人間である事を肯定してしまう事になる…」
 聖二は静かに言う。
「…でもこの場にはカードは『プレイヤー』しか残っていないんだよ?つまり犯人は君自身しか考えられないじゃないか…」
 悠斗の表情はいつの間にか、真剣なそれに変貌していた。
「ところがだ…。実はこの事件、『プレイヤー』にも犯行は不可能なんだよ」
 その瞬間、先程までとは反転して今度は聖二はにやりと笑う。
「話の中でお前はこう言った。現場には『大量の血が部屋一帯に飛び散っていた』と。犯人は被害者ともみ合っている内にナイフで刺し、部屋には血が飛び散っている。そうなれば当然犯人は大量の返り血を浴びているはずだ」
「ッ!?」
 その瞬間、聖二の言葉に悠斗の落ち着いた表情が崩壊した。
 途端に顔が強張っていく。
「話の中で犯人は慌てて窓を開けて逃走している。すなわち『服を着替える』という動作を行う余裕がないはずだ」
 聖二の口から発せられる言葉が悠斗の心に一つ一つ突き刺さって行く。
「そ…それがどうしたっていうんだい?」
 悠斗は無理矢理顔に笑いを作り、自分の余裕さをアピールしようとした。
 が、その表情が激しく動揺していることはとても隠しきれていない。
「そもそもこの『プレイヤー』と言うカードはどういうカードだったか…。お前は始めにこう言った。これは『現時点での俺を表すカード』だと…」
 聖二の口調がは次第に攻撃的になる。
「ぐ…」
 悠斗は完全に焦りを露にし、青い顔をしている。
「つまり、『プレイヤー』が犯人だとしたら、『現時点での俺』、つまり今ここにこうしている俺の服にも大量の返り血が付着しているはずなんだよ!」
 聖二はとどめだと言わんばかりに、悠斗に鋭い視線をぶつける。
「ぐ…あああ…」
 悠斗は完全に抜け殻の様な顔になっていた。
「しかし、俺の服には血なんて一滴も付いちゃいない。以上のことから…」
 聖二はテーブルの上の最後のカードに手を掛ける。
「この中に『犯人はいない』。それがこの問題の回答だ」
 聖二の手が、『プレイヤー』のカードを裏返す。
 この瞬間、テーブル上の全てのカードが裏返された。
「ば…ばかな…」
 悠斗が強張った表情のまま、がっくりと型を落とす。
「この問題…消去法で考えていけばおのずと『プレイヤー』が残る。しかし、そのカードを選んでしまったら、自らを殺人者だと認めてしまう事になるんだ…」
 聖二は既に抜け殻と化した悠斗を目前にさらに続ける。
「しかし、このゲームには命が賭かっている。心の弱い人間は『自分を殺人者にしてでも命が惜しい』と考えて、真実を見失ってしまう。そういう心理的な罠がこのゲームには仕掛けられていたんだ」
 聖二はさらに淡々と悠斗に言葉を浴びせる。
「このゲームを攻略するには自分が殺人者になるという事など『有り得ない』と言う、強い自信と信じる心が必要なんだ。それさえあれば、おのずと答えは出る…」
 そして次の瞬間、聖二はテーブルを右手で大きな音を立てて叩く。
「さあ、悠斗!お前の負けだ」
 聖二が悠斗を指差して叫ぶ。
「うわあああああああああっっ!!」
 同時に、狭い空間に悠斗の絶叫が響き渡る。
 そして…
 ドシュッ。
 部屋の隅、どこからとも無くボーガンの矢が飛んでくる。
 ドスッ。
「うぐっ…」
 そして物凄い速度でその矢は、一直線に悠斗の左胸を貫いた。
  
 一瞬の出来事だった。

 ドサッ。

 痛みを感じる間もなく、悠斗の体は鮮血を噴出しその場に崩れ落ちた。
「…これが…『罰ゲーム』か…」
 その恐ろしい光景を目前にしても、聖二の表情は少しも変わらなかった。
 そして、聖二は静かに席を立つ。
「…最後に一つだけ言わせてもらうよ…」
 立ち上がった聖二は、床に落ちている既に事切れた悠斗の肉体に話しかけた。
「奈々美がお前を選ばなかったのは、俺が完璧だからなんかじゃない…。そうやって人を蹴落として勝ち残ろうというお前の汚い性格に減滅したからじゃないかな…」
 聖二は冷たい目で、悠斗の亡骸を見下す。
「…来月…奈々美と結婚する。お前にも祝福して欲しかった…」
 そこまで言うと、聖二は床に転がる悠斗から視線を外した。
 そして元々入ってきたこの部屋の唯一の出入り口に向かって歩き出す。
 いつの間にかドアに掛けられた鉄格子は解除されていた。
 聖二は静かにドアに手を掛け、その部屋を後にした…。


 狭く薄暗い部屋…。
 やはりそこに光が差し込む事は無かった。
 相変わらず空気も悪い。
少し前と変わった所があるとすればただ一点…。
床に転がる一体の亡骸…。
そして理由は誰にもわからないが、何故かその亡骸の瞳からは大粒の涙が音もなく流れていた…。 




[終]


[ 前編へ戻る ]