「あの木の下で」
著者:雨守



番外編

「こっちだ」
 晴れ渡る空を切り裂き、戦闘機の操縦士は慣れた手付きでハンドルを急旋回させ機体を大きく右にカーブさせる。
 戦闘機の青いボディには大きく『防衛軍』のマークが描かれている。

「ちぃっ、ちょろちょろと」
 自分を翻弄しようとする相手の動きにのせられまいと、後からもう一機の戦闘機が追跡する。
 こちらの薄紅色の戦闘機は『DEAD CHERRY』の物だ。
 それも『DEAD CHERRY』の上層部を示す黒い桜のマークがボディの中央に描かれている。
 この軍の隊長機だ。

 互角に渡り合ってきた戦闘機隊による空中戦も、両軍ともにほぼ全滅。
 最後に残ったのがこの二機だった。
 世界の事情など知らずにのんびりと晴れ渡る春の青空の中、地球の運命を賭けた一騎打ちが激しく展開される。

「テロリストの親玉…こいつさえ倒せば、『DEAD CHERRY』は消えてなくなるんだ」
 『防衛軍』の戦闘機に乗る青年は、唇を噛み締める。
 この戦闘により軍の仲間達は全滅し、隊長もやられた。
 よりによって最後に残されたのが自分だった。
 彼はまだ十八歳。
 こんな若い腕に地球の運命が託される事になろうとは、誰が想像していただろう。
 しかし彼は負けるわけにはいかなかった。
「それっ!」
 青年は一瞬の『賭け』に出る。
 ハンドルをめいっぱい切り、機体を大きく上空に躍らせる。
 敵の上に回ろうとしたのだ。

「馬鹿め、甘い!」
 テロリストの司令官はにやりと微笑む。
 相手の『防衛軍』の操縦士はまだ未熟らしい。動きがスキだらけだ。
 司令官は素早く相手の進行方向を予測し、レーダー上のその位地をロックオンする。
「これで終わりだ」 
 司令官は絶妙のタイミングを見極め、ボタンに手を掛ける。
 次の瞬間、薄紅色の戦闘機の両端の翼の下から、数発のミサイルが発射される。

「くっ!?」
 青年は機の背後から迫るミサイル無数のミサイルにぎょっとする。
 恐ろしく正確な射撃だ。
 少しでも後戻りをすれば一瞬にしてミサイルの的なので、かわし切る以外に道は無い。
 彼はハンドルを握る手に更に力を入れる。
「でやあああっ!」
 彼の叫びと共に『防衛軍』の戦闘機は空中で方向転換するぎりぎりの点に差し掛かろうとする。
 一方迫り来る敵のミサイルも速度を増し、後の間近まで来ている。
 そして臨界点…
 
 ズドォォォォン!

 避けきれなかった…。
 『防衛軍』の戦闘機はミサイル群の攻撃をまともに受け、空中で激しい爆音と共に煙に包まれる。

「ふ、終わった」
 司令官は冷徹な笑みを浮かべる。
 保護用のヘルメットのせいでその顔はのぞけないが、口元には確かな喜びの笑みが浮かんでいた。
 これでうっとうしい『防衛軍』はいなくなった。
 こちら側の軍もほぼ壊滅してしまったが、すぐにテロリストを再建してみせる。
 そして人間と言う罪深き存在をこの地上から…。

「っ!?」
 その時になって司令官はハッと気付いた。
 ミサイルの的になって木っ端微塵になった筈の敵の『防衛軍』の機体の存在が、まだレーダー上から消えていないのだ。
「まさか、生きて…」
 司令官は慌ててレーダーの位地をよむ。
 が、司令官の顔の動揺の色は明らかである。
 数秒前までの余裕の笑みは既に完全に見えなくなっていた。
「…上か!」
 ようやくその存在に気付く。

 炎に包まれた青い戦闘機は一直線に降下する。
「油断したな!『DEAD CHERRY』!」
 青年の叫びが響く。
 『防衛軍』の機体は確かにミサイル群の攻撃を受けた。
 左右の翼は黒く焼け落ち、ボディも黒く焼け焦げ、もはや方向制御の機能すらも果たせない程機体のシステムがやられている。
 しかし幸いな事にエンジンの火力だけは生きていた。
 翼を失ったボロボロの『防衛軍』の戦闘機は、『最後の攻撃』を決意して相手に襲い掛かる。
「お前も一緒に落ちろぉっ!」
 真下に向かう戦闘機の中、青年の眼差しは真っ直ぐ敵の薄紅の戦闘機に向けられる。


 ドオオオオン!

 激しい衝突音と共に空中で二つの戦闘機が一つに重なった。
 正確に言えば急速に下降してきたボロボロの青い機体が薄紅の機体に突き刺さったのだ。 
 二機の戦闘機は重なったまま真っ逆さまに墜落していく。

「くそっ、何て奴だ」
 司令官は力任せにハンドルを動かす。
 が、既に完全に機体は制御は出来無い状態になっている。


 やがて二機の戦闘機は落下しながら雲の層を次々に突きぬけ、地面を視界に捕らえ始める。
 偶然にも墜落すると予測されるその地点には海では無く陸地がある様だ。

 そして、数秒後…

 ゴオオオオオオオオオッ!

 物凄い爆風と炎をともない、二機の機体は地面に叩きつけられる。
 黒い煙に包まれたまま何も見えないが、その原型も残らないほどバラバラになっている事は間違いない。
 かなりの時間その落下地点は、激しく炎上を続けていた。




[終]


[ 第三話 ]