序 章:箱庭の仔猫たち
著者:蓮夜崎凪音(にゃぎー)



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 ここから見える空は、少なくとも彼女にとって最高の色をしていた。

「………」
 誰もいない、放課後の屋上は、一人でいるのにはそれなりに適した場所だ。
 眼前に迫る夕暮れの赤。
 一日が燃え尽きるような終わりの色。
 ふと視線をそらせば、そこにはもう迫りくる藍色の陰りが天の半ばほどを覆っている。
 少女は鉄柵にもたれかかりながら、そんな昼と夜の移り変わりをじっと眺めていた。
「……ふぅ」
 少し強い風の中に、息を一つ逃がす。
 ばらける長く艶のある髪をかきあげ、その手を額の辺りでとめたまま、少女は一度唸った。
 いてはいけない場所にいる。
 もう、かなり前からこうなるものだと思っていた。
 しかし、いざとそうなると動悸はさらに早鐘を打ってゆくのがわかる。
 対照的に頭だけはやけに冴えていた。
 例えば、十分だか十五分だかの昼寝の後、やけに目が冴えてしまう、そんな感じ。

 なにを、躊躇っているのだろう。

 少女は怯える体を振り切るようにして、背を預けていた鉄柵から、「さらに外側へ」一歩踏み出した。
 眼下への展望が一気に開ける。
 鮮やかに、くっきりと。
 今なら、遠くに見える町並みさえ、きっと見渡せる。

 誰を、待っているのだろう。

「………」
 待っている。
 その答えを、少女はあえて胸の奥に押し込んだ。
 いまさら同じことを繰り返し、なにを得ようというのか。
 答えは、別のものがもう出てしまって、それが正解になった。
 しかし、この間違ってもいない答えを、捨てることはできない。

 もう一歩。

 学校のグラウンドが開ける。
 部活の掛け声、こまごまと動く、人の流れ。
 強い風にもう一度、髪を押さえて、彼女は微笑んだ。

 ………柵の向こう側にある扉が、最後の侵入者を迎え入れるまで。