序 章:箱庭の仔猫たち
著者:蓮夜崎凪音(にゃぎー)



    −1−

 ここからだと空は、少年にはとても狭く、色の霞んだモノに見えた。

「はぁ……」
 大きな安堵の溜息と共に、少年は昼食に買ったはずの焼きそばパンが手の中で潰れてしまったのを思い出した。
 ぐにゃりと、パンの中に手が沈み込むいやな感触がする。
 もはや、ビニールの中で二つに分かれたパンと焼きそば、と言う他なくなったそれを一度あきらめたように見て、少年は踊り場を前にした階段に腰を下ろした。
 二棟三階と四階の間。巨大な銀杏が青々と葉を連ねるそのてっぺんと同じくらいのところに、少年の目線がある。
 四階は特別教室が並ぶから滅多なことで人は来ない。
 そのせいか、昼の雑踏がひどく遠いように感じられた。こんなところからでは、昼の放送さえ聞こえてこない。
「………」
 窓から差し込む暖かい光と、銀杏の遙か頭上を青々と染める空。
 いい天気。本当なら、文句のないくらいに。
 とりあえずもう片方の手に握っていた紙パックのミルクティーにストローを突き刺して、空を見上げながら飲み始める。
「ん?」
 暑い日には最悪のドロリとした喉越し。そして広がる凶悪な甘み。
「ぐっ………」
 思わずむせそうになって、一度ストローから口を離した。
「ぐほっ、げほっ………なんだこれ」
 情けない音がして、へこんだ紙パックが元通りに膨らんでゆく。そしてその側面に描かれた、いちご牛乳のアマアマな図柄構成。
「……あれ?」
 こんなものを購買で購入した覚えはない。
 とりあえず、記憶を遡る。
「………」
 混戦模様の購買から抜け出してきた後、確かに紙パックを確認した覚えが無い。
 ……間違えられた。
 かといって、飲んでしまった後で交換するわけにもいかない。
 少年は肩を落としてさらに脱力した。
「……これって、こんなに甘かったっけ」
 確か子供の時はごくごく飲んでいたような気がする。牛乳は日常茶飯事だったから、牛乳バリエーションの飲み物は非常に珍しい、と認識していたような気がするからか。
「………うーん」
 二口目を飲む気には、あまりならなかった。
 昼飯がこんな状態だからお腹は減っているけど、それでも無理して食べようという気にもならない。むしろ、いちご牛乳で飲み流す気にもならない。
 とりあえず、後で捨てるにしても飲むにしても残骸パンと共に隣において、壁に体をもたれさせる。ひんやり、ごつごつした感触がぶつかった頭と背中に心地よい。

 ふわっ……はわわ………。

 こんな静かなところで何もやることないと来たら、眠たくなるのは必定。だが、下手にカンチガイされて保健室に通報されたら一巻の終わりだ。
 とりあえずここから離れて、そこで寝よう。
 幸い、後十分ほどで昼休みが終わる。生徒の出入りがなくなれば、それなりに休める場所も増える。
「………とりあえず、捨てにいこう」
 立ち上がりざまいちご牛乳のパックを拾い上げて、少年は階下へと降りていった。