「ああ、いつのまに」
著者:そば



《前》

 僕の17年間と半年の人生において3人の「村山」の存在はことごとく僕の人生を狂わせてきた。
 1人は中学時代の体育教師「村山」康平(やすべえ)。ジャージに小太り。おまけに竹刀と薄い頭。さらにおまけに青い口周り。なぜか3年間僕の担任に居座り(3年間一緒なのは僕だけ)、その格好以上の時代錯誤さで僕をいじめ続けた。
「俺の『康』の字はなぁ、かの徳川家初代将軍、徳川家康公からもらっているのだ。がはははははは。」
 あの毛深い塊が大きな口を空けると、まるで原人だ。夏はジャージが腕まくりされ、そのたくましい(?)腕毛がこんにちは。それはすでにセクハラだと思う。大体なんでその毛が頭にいかないのだろう。どんだけ遠い親戚か知らないけど、奴を見ていると徳川が260年で滅亡したのも、なぜかうなずける。ていうか、徳川家なら『家』の字を継げよ。この原人。もう西暦も大台に乗ったんだから、いいかげん紀元前に帰れ。でなきゃ進化してみろ。
 でも、これが一言でも彼の耳に入れば、それ相応の、いや、それ相応以上の制裁が待っている。格好に似合わず、人に屈辱を味合わせることにかけて天才的だったあの将軍野郎は、必ず人前で、しかも目立つように人を叱る。僕なんか全校生徒の前で何度生徒や先生の注目を浴びたか分からない。とにかくこいつのせいで、僕の楽しいこともあった中学生活は、いいとこ「±0」ってとこだ。
 1人は小学校4年生2学期の転校生で「村山」駆礼(くれい)。とにかくチビで、ウルトラマン似の目に信じられないくらい大きい瞳。それでさらさらの髪、とくればもう、女子のおもちゃ………もとい、マスコット的キャラ決定である。まぁ、母性本能なしの男子の目から見れば駆礼というよりはグレイ的な人、といった感じだが。しかし、僕にとってはグレイというよりは嵐のような奴だった。
 当時、グレイを抜けば男子で1番小さかった僕は、前に並んでいる僕の目線よりさらに10cmほど小さい頭のグレイに、「宇宙の真理を追究する会」に誘われ、月400円の会費を払って、仲間に入れてもらった。しかし3ヶ月支払ったところで彼は挨拶もなしに突然引っ越し、計1200円は彼と共に消えてしまった。今思えばなんで彼の口車に乗ってしまったのか分からないが、確か彼のアパート(これも宇宙的不可思議空間だった)で、ものすごく分厚い宇宙図鑑を見せてもらった記憶がある。とにかくこの「グレイ事件」で僕は当時1200円という、小4としては超ミステリーサークル級の痛手をおったのだった。
 そして、もう1人の「村山」が、今僕の右隣で泥酔している僕の幼なじみ、「村山」美喜というわけだ。
 快活明朗、頭脳明晰、容姿端麗、才色兼備、焼肉定食、エトセトラ、エトセトラ………。でも、幼なじみの僕から見れば、彼女は間違えなく「傍若無人」だ。
 小学校のときはよく遅くまで虫取りに付き合わされてさんざん遅くなった挙句に、嘘泣きでおとがめなしの美喜をよそに、親にたっぷり叱られたし、中学校のときはいきなり「校門で待ってて。」と言われて、待っていると他校の昭和テイスト満点の鉄下駄番長に「美喜ちゃんはどうしたぁぁぁ!」と、しこたま殴られるし(中学生なりに説明されなくてもなんとなく理解した)、これが美喜の「遊び」なんだからたまったもんじゃない。この間の徒競走だって美喜の邪魔さえしなくちゃ勝てたかもしれないのに………。何よりあの人をバカにした態度が気に入らない。でも………。

「仁史………仁史!ちょっと!聞いてんの!?」
 美喜の声がクレッシェンドしていく。まったく、もう高校生なんだから少しは考えて飲めよ。あ、高校生は飲んじゃいけないのか。
「お前酔いすぎ………」
「ぅお前に『お前』って言われたくないわよぉ!」
「『ぅお前』ってお前、勢いつきすぎだろ。」
「お前なんか『ぅお前』で十分よぉ。」
「『魚前(うおまえ)』って、お前、俺はどっかの魚屋かよ。」
「あっははは。里中君って面白いね。美喜ちゃんと夫婦漫才みたい。」
 向かいの小久保さんと大久保さんが笑っている。大久保さんは笑い上戸なんだろうか、「魚屋………」と笑いまみれで転げまわっている。
 クラス替えしてまだ2ヶ月ほどしか経ってないから、あんまり知らない人達だけど、面白いって言われれば悪い気はしない。
 新学年になってから1ヶ月と少しで行われる体育祭は短期間で準備される割には結構盛り上がる。1年生の時は入ったばかりでわけも分からず、縦割りで決められた上級生のプログラムについていくのがやっとだが、2年ともなるとそうも言っていられない。3年生の指示に従いつつ、初対面で緊張する1年生とコミュニケーションをとり、個人種目の練習もこなさなくてはならない。しかし、大変なら大変なほど、達成感はあるというもの。実際今日の打ち上げは高校生のパワー全開の様子がうかがえる。
 幹事の山田はどうやったかは知らないが、打ち上げ会場に小さな居酒屋を用意して、奥の座敷は未成年30人強の団体で貸し切りになった。
「芳子ほら笑いすぎ!………今日スカートなんだから気をつけなきゃだめでしょ。」
 子どもを叱るような口調の小久保さんをよそに、大久保さんの向かいの僕は目のやり場に困り、ふと横目で美喜を見た。
 ふわふわした半そでのセーターに短い短い灰色のプリーツスカート。生意気に黒のストッキングなんかはいてやがる。ツヤツヤしたショートカットの耳には小さくて黒い………いや、黒の中に濃い黄色の三日月が浮かぶピアス。結構似合ってるじゃないか、これで黙ってればいい女なのに………。
「じろじろ見ないでよ!仁史のド変態!!」
「お前を見ただけでド変態なら俺や敦志はとっくに牢屋行きだよ。そうだろ、敦志?」
「なになに?」
 左隣で女の子2人と楽しそうに話していた敦志の美顔がこっちをむく。女たちがこの浜田敦志の顔に惚れしていくと思うと結構うらやましい。
 村山家が「お隣さん」なら、浜田家は「お向かいさん」で、里中家も入れた3家はうちらの生まれた頃から、家族ぐるみのお付き合いをしている。つまり敦志も美喜の「遊び」の被害者というわけだ。まぁ、敦志の場合はそんなに嫌がっていない様子だったが。
 敦志は3人でつるんでいる時も、美喜抜きの時、美喜の愚痴をこぼす時もよく付き合ってくれる、顔だけじゃなく性格もいい奴だ。
「なぁ、敦志?」
「あぁ。ほんとだよ………で、何の話?」
「聞いてないなら答えないでよね。」と、美喜のツッコミが入る。
「あっははははははは。」
「こら芳子!気を付けてってば!でも、3人そろうと、まさにかしましいね。」
 転げる大久保さんを抑えつつ小久保さんが言った。
 確かに僕ら3人がそろうとうるさい。今年みたいに3人のクラスが同じになれば、その機会も、注意される機会も増えるんだ。まぁ、3人そろうこと自体が小中高あわせても今回が3回目だけど。
「てゆーか、こいつらはあたいの舎弟だから。ほら、せっかくなんだから2人でなんかやっておいでよ!」
 どうやら美喜は酔うとひどい無茶振りをするらしい。
「アラホラサッサ!」と、敦志はダミ声で敬礼した。
 安請け合いすんなよ、敦志。大体タイムボカンシリーズなんてうちらの世代は知らないだろ。
「あっはははははははは!『アラホラサッサ』ってボヤッキーとトンズラーじゃないんだから!」
 大久保さん知ってたのかよ。
「じゃあ美喜ちゃんがドロンジョ様ってわけね。」と、小久保さん。
 おいおい、今平成何年だよ。
 あきれている僕の隣で敦が耳打ちしてくる。
「この間のアレやろうぜ。」
「今から浜田君と里中君でなんかやりマース。」
 いきなり立った美喜がデカイ声で言うもんだから、その場が盛り上がってしまって、後に引けなくなってしまう。打ち上げなんだし、みんな酒も入ってるからしょうがないけれど………。
「敦志と仁史がお送りするショートコント!『小悪魔ぁ』!」
 敦志、いきなり始めるなよ。
「ねぇねぇヒィー君。」腕に絡みつきながら敦志が言う。
「なぁに、ア…ツ…コ?」
「明日の私の深夜バイトの帰り………車で迎えに来て欲しいんだけどぉ。」
「えー、だってアツコの家超遠くじゃん。」
「ねぇ、お願い?」
「………」
「お願い、おねがぁーい?」
「しょうがねぇなぁ。」
「わーい。嬉しいぃぃ♪」
「アツコはほんとに子悪魔だな♪」
「………ど、どうして分かった。」
「え?」
「ブエブラギャギボヴァヴァヴァヴァ」
「ぎゃあぁぁ!アツコから羽根が生えて顔が割れて、なんか気持ち悪いの出てきたぁぁ!」
「はっはっはっは。ばれたからには。一生わたしにしたがってもらうぞ。」
「こいつは小悪魔なんかじゃない。悪魔だぁぁぁ。」
「プラダのバック買ってぇ♪」
「やっぱ小悪魔かよ!!」
 会場がどっと笑いに包まれる。美喜はなんだか小さく微笑んでいた。そういう風に笑ってる分にはかわいいんだけれどもな。
 美喜は僕にとって、悪魔とまでは言わないが、災難をもたらす女だ。小さい頃から散々痛い目にあってきた。何より、あの人をバカにした態度が気に食わない。でも………、でも、それなのに僕が彼女を毛嫌いしないのはなぜだろう。




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