「写真屋放浪記 #01:「酒」」
著者:白木川浩樹(とぅもろー)



 相棒は背負い鞄とカメラだけ。
 さあ、今日はどこへ行こう。
 
 
「いらっしゃい。何にする?」
「果実酒はあるかい。なるべく冷たいやつ」
「あいにくだけど、この村にそんな洒落たものはないね。町にまで行けば話は別だけど」
「いや、ここで飲むよ。他には何があるんだ」
「麦酒と芋酒。強いのがいいなら蒸留したものもあるよ」
「普通の麦酒でいいよ。ちゃんと冷えてるだろうな」
「当然さ」
「ああ、そうだ。それと何か腹にたまるものも。できれば魚がいい」
「あいよ。ちょっと時間かかるから、先に酒を飲んでてくれ」


「よう、兄さん。飲んでるかい」
「ん、俺のことか」
「ここらじゃ見ない顔だな。旅行者か? それとも商売人かな」
「両方だよ」
「つまり?」
「ほら、コイツさ」
「なるほど、写真屋か。わざわざこんな辺鄙なところまで、ご苦労なこった」
「なかなかいい村だよ、ここは。山も海も森もある」
「山と海と森しかねぇ。住むにゃ退屈な村さ」
「写真屋が気に入った村の人は、みんな大抵そう言うよ」
「かもしれねぇな」
「でもまあ、俺としてはこっちのほうが魅力的かな」
「ここらは良質の麦が取れるんだ。この村の自慢の一品さ」
「これほどの麦酒は初めてだ。いっそのこと樽ごともって行きたいね」
「いい飲みっぷりだな。気に入った、もう一杯、俺がおごってやる!」
「ずいぶんと気前がいいな」
「その代わり、よその村の話を聞かせてくれや。なんせ娯楽がなくてな。よそから入ってくる話が数少ない道楽なんだ」
「なるほど。この一杯、高くつきそうだ」


「――とまあ、西の町ではそんな祭りがやってたな」
「ほうほう。すげぇなあ、オレも死ぬまでに一度は見てみたいもんだ」
「ん……、もう空っぽか」
「よし、マスター! もう一杯だ」
「言うと思ったよ。ほれ」
「気が利くじゃねぇか。兄さん追加だ、飲め飲め」
「んじゃありがたく。それにしても……」
「どうかしたか」
「いや、ずいぶん人が増えたと思ってね。商売繁盛、うらやましい限りだ」
「ああ。酒場なんて一軒しかないからな。ここらの男どもは毎晩ここに集まるのさ」
「これで全員なのかい?」
「いんや、一人だけ来てねぇやつがいる。というより、そいつはここにゃ来ねぇんだけどな」
「そいつはもったいない。誰なんだ?」
「こっからちょっと離れた岬にいる神父さ。神様だかなんだか知らないが、この村で酒を飲まない男なんてあいつぐらいだ」
「神父、教会か」
「兄さん、興味あるのかい」
「写真屋はなんでも見に行くもんさ。明日、行ってみるよ」


「へぇ、これはすごいな」
「あんたが写真屋か」
「どうも。ちょっと教会の写真、取らせてもらっていいかな」
「好きなだけどうぞ。どうせ誰もいないんだ」
「これだけ立派な内装と彫刻なのに、参拝に来る人はいないとは珍しい」
「一昔前まではいつも誰かしら祈ってたらしいがね、今はこの通りさ」
「そのやさぐれた言葉遣いも?」
「はっきり言うね。まあいいけど。これは地だよ。ここの神父は歴代こんなもんさ」
「伝統、とは違うかな。村の風習とでもいうべきか」
「そんなもんさ。酒で死ぬのまで歴代同じさ。昨日あんたも飲んだろ」
「ああ。あの麦酒は実に旨かった」
「先代もそれがお気に入りでね。毎日浴びるように飲んでいた。なにせ死ぬ前日も飲んでたくらいだ」
「気持ちはわかるな。死にたくはないけど」
「俺もさ」
「だから神父は酒を飲まないのか? 先代がそれで死ぬのを見てきたから」
「誰がそんなことを?」
「あそこで飲むってのは、そういうことらしい」
「それなら仕方ないな。ったく、好き放題言ってくれる」
「じゃあ飲まない理由ってのは」
「決まってるだろう」

「酒を買う金がないだけだ」




[終]


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