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「な、何だよこれ・・」
改は完全に自分の目を疑った。
ドアの向こうには、全く同じ造りの展示室がもう一つあった。ただし部屋の中はひどくがらんとしていて、美術品は部屋の中央に一つ飾られているだけだった。
その、美術品はやけに大きなガラスケースで覆われていて何やら不気味な光を放っている。改が今まで見たこともない色の不気味な光だ。
しかし、異常な点はそれだけではなかった。そのガラスケースの中の不気味に光る物体とは、宝石でも絵画でもない。
「人間」なのだ。
「こいつは一体・・?まだ生きているみたいだけど・・」
そのガラスケースの中身は、体から不気味な光を放っている「光る人間」で、両手両足をロープで固定され、自由を奪われていた。
人間と言っても、もっと正確に言えば小柄な女の子だった。年齢にすれば十五歳に満たないくらいに見える。赤い果実の様な色の髪の毛に、服装も不思議な物で、まるでどこかの国の民族衣装の様に紫の布を体中に巻きつけている感じだった。思わず引き込まれそうな美しい顔立ちである。皮膚の色もどことなく青みがかっていて、少し普通とは違っても見えるがその形自体は人間にしか見えない。
その少女はあまり動かず、呼吸はしている様なのだがひどく苦しそうだ。
『クル・・シイ・・クルシイ』
「この声・・お前だったのか・・さっきから呼んでたのは」
その時、改はふとそのガラスケースに付けられたネームプレートに目をやった。
「・・『森の魔女』・・?」
それを見て改はハッとした。そういえば、最近ニュースで見た事がある。どこかの美術品コレクターが森にひっそりと住む魔女を生け捕りにしたらしいという話だ。
「まさか・・これが・・?どう見てもただの女の子だ」
改は改めてその少女を眺めてみるとその少女の体には幾つもの白い札がはられているのがわかった。
「もしかするとあれが噂の『魔封じの札』ってやつかな。魔女の生命力を少しずつ吸い取るっていう・・」
『タ・・ス・・ケ・・テ』
「あれのせいで苦しんでるわけか。酷い事すんな。まだ子供じゃねえか。あのままにしとくと死んじまうのかな」
『タ・・ス・・ケ・・』
突然、少女は先ほどまで体から発していた不気味な色の光を失った。
「おいおい、あれってやばいんじゃ・・。
・・・よしっ!」
改は足早にその少女が入っているガラスケースに歩みよった。そして両手でそれを持ち上げた。やはり大きさからもわかる様に宝石が入っていたケースに比べると明らかに重く、改が一人で持ち上げるにはギリギリの重さだった。
改はガラスケースをどけると、手早く少女の両手足のロープをはずし、全身にはられた魔封じの札をはがし始めた。
その時だった。
ビビビビビビ!
館内に物凄い音量の電子音が鳴響く。いかに館内が広くても、どこにいても聞こえるだろうという程の凄い音量だ。
その音が鳴り出した瞬間、改はすぐに自分のおかした過ちに気が付いた。
「しまった!この部屋の防犯装置は解除してなかったんだ!」
ドドドドド!
地響きでも起きそうなほどのすごい数の足音がこの部屋に向かってくる。今の電子音で館内全体の警備員がここに向ってき
いるのだろう。
間もなく数分ほどでこの部屋は完全に包囲されてしまうことが、改にはすぐに予想できた。
「くそっ。さっさと逃げねえとやばい」
改は少女の両手足のロープと体中の札を取り除き終えると少女を両手で抱き上げ、その部屋を飛び出した。
そして、そのまま廊下に出ようとしたのだが・・・。
「いたぞ!あそこだ」
「ちっ」
第7展示室の入口には、すでに4・5人の警備員達が到着していた。
十分後。ヒガシ美術館三階の廊下。
「でぃ!」
ドカッ!
「ぐっ」
改の蹴りが警備員の頬を捕える。その衝撃にバランスを崩した警備員は体ごと吹っ飛び、壁に叩きつけられた。
素手での格闘で言うならば、この美術館の警備員一人と改の力の差はかなりのものだ。しかし、今の改は魔女の少女を抱き抱えているため両手を使用することが出来ず、一度に大勢を相手にする事など到底無理だった。
そのため、改は少しでも警備員の少ない方へ逃げながら必死で戦い、いつの間にか三階へと追い込まれていた。
「待てっ」
「くそ、しつこいな」
現在改は十人前後の警備員に追われている。そして、そのほとんどが手に黒い鉄の塊を握っている。
拳銃だ。
しかもただの拳銃ではない。弾丸を詰めてそれを発射させる旧式の物とは違い、銃口から高圧電流を帯びたレーザーの様な物を凄い速度で放出する最新式だ。少しでも触れれば体中に電流が流れ、かなりの深手を負う事になるだろう。
この状況ではとても戦う事が出来ず、改はただ逃げるばかりだった。
「まずいな・・。この先には上へ上る階段しかない。階段を上れば屋上に出て追い詰められちまう」
頭では理解していたのだが、改は背後に迫る銃を持った男達を見ると階段の上に逃げるしか選択肢が無かった。
ヒガシ美術館屋上。
屋上に出ると、数分とたたない内に改は隅の方に追い詰められた。屋上の柵の裏側まで逃げ込み、後一歩でも後退すれば四階の高さから真っ逆さま。まさに絶体絶命を絵に描いた状況だ。
そして改を追ってきた二十人前後の警備員がそこに集結して銃を構えている。改は完全に包囲されていた。
「随分となめたマネをしてくれたな」
突然、改を囲む警備員達の間を抜けて、改の目の前に一人の中年男性が姿を現した。白髪混じりの頭に、立派な髭、黒いスーツを纏った一見英国紳士を思わせる姿だったが警備員達と同じ様に改に銃を向けていた。
「私はこの美術館のオーナーだ。『黒桜』と言ったかな。『クランベリープリンセス』だけでなく『魔女』まで盗みだすとは大した腕だな。この場で死ぬには実に惜しい」
改は成す術のないこの状況を理解した上で微笑を浮かべた。
「そいつはどうも」
その笑いは強がりに他ならないのだろう。
「さて何か言い残す事はあるかな?」
オーナーは改に向けている銃の引き金に人指し指を掛けた。
「くっ」
追い込まれた改はその場で必死に思考回路を働かせていた。
何とかこの場をやり切る方法は・・・。
しかしそんな方法は存在しなかった。背後には足場はなく一歩でも後退すれば四階下へ転落してしまう。そのうえ目の前にいる大勢の銃を構えた男達・・・。改は今までにもそれなりの修羅場はくぐってきた。そのため、銃撃の一発や二発なら自慢の反射神経でかわせる自信はある。だが、もしこの人数に一斉に引き金を引かれたら・・・。それも両手で少女を抱き抱えているこの状況で避けられる筈がない。
「言い残すことは無いか・・・。ではそろそろお別れの時間だ」
改はとうとう成す術のないまま、精神的にも追い詰められていた。
「く、これまでか」
小声でそうつぶやくと、同時に歯を食いしばり両目を閉じた。
そして次の瞬間・・・。
ドゥゥゥゥン!
一発の銃声とともにオーナーの拳銃から高圧電流を帯びたレーザーが放たれ、一筋の光となって改に向かっていった。そして、そのレーザーは改の左胸に一直線に突き刺さり、同時に多量の電流が改と少女の体に流れ出し二人の体を焼き尽くす。
・・・はずだった。
しかし、その場で常識を覆すような出来事が起こり、誰もが目を疑った。
突然、改の腕の中で眠った様にしていた少女の体が激しく光りだしたのだ。それは、先ほども改が見たあの不気味な色の光に他ならなかったが、先ほどとは比較にならない程の強い光だった。
さらに驚くべき事に、少女の体から解き放たれたその光は改の体をも包み込み、向かってくる銃弾をかき消してしまったのだ。
「な、何だ」
オーナーを始め、大勢の警備員達は強い光を放つ少女を目の当たりにしてただ驚愕の表情を露にするばかりだった。
しかし、その場で一番驚いていたのはオーナーでも警備員達でもなかった。
「こ、この光は・・・?」
改は打たれたはずの自分の体が無傷である異常事態と、突如光り出した腕の中の少女を見てただ立ち尽くすばかりだった。
しかし、この現実離れした異常な事態はそれだけでは終わらなかった。
今度は、改の体が腕に抱えていた少女もろとも宙に浮き始めたのだ。もちろん、改の意志とは無関係だ。ただ音も無く、風も無い夜空に不思議な光に包まれた改と少女の体がふわりと浮かんでいった。
「お、俺・・・・浮いてるのか?」
改はもう何が何だかわからないという顔でただキョロキョロと周りを見回した。無理も無い。自分の体が独りでに浮いているのだから。
あまりの出来事に言葉を失いただ黙って観ていたオーナーは、ハッと気が付き上空に浮かんだ改の方へ銃を向けた。
「お前ら、何をしている!やつらは逃げる気だ。さっさとやつらを灰にしてしまえ!」
オーナーの一声でその場にいた全員の警備員も、上空の改の方へ銃を向けた。
「打てー!」
ズドオオオオオオン!
全員一斉に引き金を引くと、同時に無数の光線が束になって改と少女に襲い掛かり、物凄い爆発を引き起こした。
その威力は、ヘリコプター一台を木っ端みじんにし、ビルの一廓を一瞬にして吹き飛ばす、それぐらいの破壊力があった。
すぐに辺りは爆風で視界が利かなったが、やがてそれも消えてしまうとそこにいる全員が上空を注目した。
二人の人物の生死を確認するために・・。
しかし、それも本当ならば妙な話だ。これだけの破壊力を持った爆発の中心にいるのはたかが二人の人間。当然死んでいると考えるのが普通である。それどころか、普通なら死骸さえ残らないほどバラバラになっているはずである。
しかし、全員が食い入る様に上空を見つめているのは、ある事態を想像しているからに違いない。
これだけ続けざまに現実離れした事態が起こっている今なら、考えられなくもないある事態を・・・。
そして、完全に爆風が晴れた時、上空にあった物は・・・まさに想像通りの「有り得ない光景」だった。
まったく無傷な改と少女の姿。それどころか、二人を包んでいた光のその強さも全く衰えてはいなかった。あれだけの破壊力を持った爆発でさえ、その光は受け付けなかったのだ。
「何という事だ・・・」
さすがのオーナーも言葉を失った。
その後、光に包まれ上空に浮かんでいた二人は、突然ジェット機の様な速さで飛行し始め、瞬く間に美術館の遥か彼方に消えていった。
もちろんそれも改の意思ではなく、改を包んでいた光の不思議な力によって行われた事だと考えられるが、結果的に改は美術館を脱出することに成功した。
一方、遠い空に消えていく光を鋭い視線で見つめながらオーナーは静かに口を開いた。
「あれが魔法の力か・・・。確かにすばらしい力だ。必ずこの手に取り戻す」
オーナーは口元に微笑を浮かべた。
「『黒桜』よ。お前は逃げることは出来ない。あの宝石を・・・・『クランベリープリンセス』を持っている限りな」
光が消え去ると、やがて当たりは静寂に包まれ何事も無かった様に夜が明けていった。
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